第六十話:ドMとクラスメイトとコスト消費
悪魔ヴァプラってやつは、見た目ライオンだった。
鷲みたいな翼が生えてて、肌色は凄く悪い。青ざめたライオンって感じだ。
そいつは偉そうな喋り方をしながら、僕たちを眺め回す。
「そこに見えるは人間の勇者どもか? 雑兵相手ではさぞや退屈したことだろう。この我輩が胸を貸してやろうではないか」
「抜かせよ!」
サリアさんが行ったー!
彼女はぶんぶんと槍を振り回すと、びしっとヴァプラ目掛けて突きつける。
ヴァプラは低い声で笑った。
「一人でよいのか? 我輩は寛大ゆえ、貴様が助力を求めるならばそれを認めるにやぶさかではないぞ?」
「あたし一人で充分だっての、この獣やろう!」
叫ぶなり、サリアさんがヴァプラに襲い掛かる。
踏み込みながら、嵐のような突きの連打だ。
これ、一発一発が隼斬りよりも速い!
僕はしっかり見えてるけど、まあ回避は無理だよねー。
「やったか!?」
新聞屋、フラグ立てるやめよう。
案の定っていうか、ヴァプラはライオンそっくりの巨体に見合わぬ速度で、サリアさんの攻撃を捌いていく。
ライオンの爪が槍の穂先をそらし、肉厚な腕で柄を弾き飛ばす。
さらに突き出される槍を、紙一重でかわしながら距離をつめる。
「あたしの連続突きを見切ってるだと!?」
「うむ、人間にしてはよい腕だ。我ら”名前のある悪魔”でなければ歯も立たなかったことだろう」
ヴァプラはそう言いながら、その太い前足を振り上げた。
「ぐはっ!」
サリアさんが胸元を強く弾かれて、吹き飛ばされる。
こういう時に僕はいい動きをするぞ!
ズザーッと滑り込んで、落下してくるサリアさんのお尻をばっちり受け止める!
顔で!
「ぎゅう!」
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
『愛がアップ!』
「す、すまねえ! ちょっとしくじった!」
サリアさんはまだ元気みたいだ。
だけど、彼女はこの場にいる聖騎士たちのほとんどよりも強い。
そんな彼女を真正面からあしらってしまうヴァプラはもっと強いわけだ。
これは結構厄介かもしれない!
「まだ行くぜ!! おらああ!!」
サリアさんがヴァプラに向かっていく。
胸元の革鎧がざっくり裂けて、ダメージだって負ってると思うんだけど、やる気はまだまだ満々。
サリアさんは矢継ぎ早に槍を突き出して、石突を振り回して、ヴァプラに反撃の隙を与えないようにする。
「ほう、良い反応速度だ!」
今度のサリアさんの攻撃は、ヴァプラの胴体を何度か打ち据える。
一瞬ヴァプラが動きを止めたところで、サリアさんは全身から魔力みたいなのを放った。
「決めてやるぜ! ”流星衝”!!」
僕と戦った時は、遠距離から投擲する技だったけど、彼女なりに工夫を重ねたらしい。
ほとんど密着するような距離から、ヴァプラの巨体目掛けて輝く槍を叩き込む!
「おおお!!」
ヴァプラも驚いたようで、叫びながら光を受けて吹っ飛んだ。
「やったか!?」
「いや、だから新聞屋……」
「いやあ、ついやってしまうっす」
案の定、流星衝による攻撃跡で地面を大きくえぐりながらも、ヴァプラはピンピンしていた。
あ、でも血が出てるからダメージは入ってるっぽい。
「さすがだな人の子! もう少し世代を重ねて練りあがれば、アマイモンが言っている勇者とやらになるのかもしれんな! だが、惜しい。実に惜しいぞ!」
ヴァプラは起き上がると、翼を羽ばたかせて少しだけ舞い上がる。
「我ら悪魔の力を示す為、見せしめが必要なのだ。悪く思うなよ、勇者に近き人の戦士よ! ”矢のルーン”」
ヴァプラの言葉とともに、そいつの体に変わった文字みたいなのが浮かび上がった。
そうしたら、ヴァプラは凄い速度を出してサリアさんに突っ込んでくるのだ。
「なんだと!?」
今までのヴァプラよりも全然速い!
サリアさんは反応する余裕もなく、真正面からその突撃を受け止め……させないよ!!
飛び込んでいた僕が、真正面からヴァプラの突撃を受け止める。
サリアさんごとちょっと後ろに下がってしまうけど、なんとか受け止めた!
うへえ、これ、アマイモンのデコピンくらいの威力があるぞ!
「我輩の突撃を受けきるか! 人の子供よ! 貴様も勇者に続く者か? いや、この守りの硬さ……! 勇者そのものと言って良いだろう!」
「勇者ってなんなんですかね!」
準勇者級とかよく聞くけど、勇者そのものってのは会ってないなあ。
「我ら悪魔の悲願よ! 貴様ら人族がたどり着く進化の形! ”剣のルーン”!」
振り回されたヴァプラの腕が、まるで剣みたいな威力で僕を打つ。
見た目的にはダメージが入ってないけど、しっかりHPは削れてるぞ。
「じゃれるのはそこまでにしないか!」
僕は叫びながらクロスカウンター!
僕のアッパーカットを受けたヴァプラの顎が反り返る。
「勝機!! ”一文字斬り”!!」
そこに飛び込んできたザンバーさん。
僕だって良く見えないほどの速度で、ヴァプラの胴体を一文字になぎ払った!
「ぬおーっ!!」
ヴァプラが堪らずに飛び上がる。
「す、すまん、助かった」
「いいんですよ! 綺麗なお姉さんが減ってしまうのは世界の損失ですから!」
僕はサリアさんにとてもいい笑顔で言った。
「おっ、張井くんがよそ見してる隙にライオンが致命的な魔法を使うっすぞ」
「えっ!?」
のんびりと指摘する新聞屋の声に、慌てて僕が振り返ったら、ヴァプラが呼び出した光の玉みたいなのが戦場一帯に降り注ぐところだった。
うわー!? 眩しくて周りを見てられないから、全体ガードで守れるのはほんの少しだぞ!
これは聖王国側の大損害になるかもしれない!
そんな事を思ってたら、なんと意外な人物が飛び出してきた。
「ルミナ! 君はどうしてここに!」
ザンバーさんの驚きはいかほどだったんだろう。
だけど、階さんは答えない。
青ざめた顔のまま、空の光を見据えている。
手には、彼女の能力であるファイルがある。
「”コスト:橋野本翔空! 効果発動、気流操作”!!」
階さんは一瞬で、その呪文を口にした。
次の瞬間だ。
僕たちに降り注ごうとした光が、いきなり発生した空気の流れに飲まれた。
青く光る風の流れが生まれて、ヴァプラの光を巻き込んで上空に舞い上がっていく。
「な、な、なんだこれはーっ!?」
ヴァプラは驚きながら、風に巻き込まれてしまう。
そして、翼を傷めたらしくて落下してきた。
「ほいほいー”光の電磁砲”っす!」
そこに新聞屋がスッと放った魔法が、空を引き裂いてなんか焼けた匂いを周囲に漂わせながら、ヴァプラをぶち抜く。
「ぎょえーっ」
あっ!
ヴァプラが消滅した!
攻撃力にステータス全振りしている新聞屋の魔法はやっぱり威力がおかしい。
「うーむ、張井くんにはいつもこれくらいの魔法を叩き込んでるっすが……悪魔っちゅうのは軟弱っすなー」
「えっ!? あんなもん僕に撃ってたの!?」
この魔法の威力を見て、サリアさんもザンバーさんも口をポカーンと開けている。
今まで戦場で新聞屋が魔法を使わなかった理由は簡単。
彼女の魔法は範囲の制御が効かないので、仲間諸共葬ってしまうのだ!
今回は運よく、ヴァプラが空にいたので魔法をぶっ放す事ができたわけ。
それはそうと!
「ふう……」
階さんがへなへなとへたり込んだ。
完全に腰が抜けてしまったみたいだ。
こうしてみてると、階さんも普通に女の子なんだなあと実感する。普段は屁理屈マシーンみたいに見えるのに。
彼女の指先で、なんか見覚えがある男子が描かれたカードが、サラサラと崩壊していく。
「なんか橋野本くんのカードが消えた気がしたんだけど」
「はい、コストとして消費しましたので」
「あー、そっかー」
そういえば、最初の頃に階さんが言ってた気がする。
そうかそうか。
消費しちゃったかー。
さらば、橋野本くん!
「これでいよいよ、私は帰るわけにはいかないですね」
階さんが沈んだ様子で言う。
「えっ、なんで」
「さっぱり理由が分からないっすなー」
僕と新聞屋が真顔で首かしげると、彼女は目を丸くした。
「だ、だって私、クラスメイトを犠牲にしてしまいましたから、彼のご両親に顔合わせが」
「それはそれ、これはこれじゃない? あれをやらなかったらもっとたくさん人が死んでたし。あと、階さん元の世界に戻らないんでしょ?」
「は、はい! こっちには私にしか出来ない事がありますし、そのつもりです!」
「だったら問題ないっすよ!」
快活に笑いながら、新聞屋が階さんの肩をパンパン叩いた。
まあ、僕たちはまだ中学生だし、ここは異世界だし、小難しい事を考えても答えなんて出る気がしないしで、とりあえずこの問題は棚上げすることにした。
「よく事情は分からんが、助かった。恩に着る」
「い、いえ、そんなことは」
ザンバーさんが頭を下げてきたんで、階さんがドギマギしてる。
まるで普通の女子だ!
ともかく、みんなの活躍で人魔大戦の初戦は聖王国側の勝利となったわけだ。
「過去に聖王国が受けた悪魔からの襲撃は、この地域を担当する名前のある悪魔による、何度か繰り返される攻撃だったように記憶しているが……」
ニックスさんが、聖王国に残されている文献を紐解きながら言う。
「初戦で悪魔が撃破されたのは歴史上初と言っていいだろう。正直この先どうなるのか、私にも全く読むことができない」
「ははー」
「ほほー」
僕と新聞屋はばかみたいにポカーンと口を開けた。
実際に何も考えてなかったのでその比喩も間違ってないと思う。
「ルミナはどうやら、誰かの命を犠牲にしたことで悩んでいるようだね」
今度は彼の目線が階さんに注がれる。
階さん、ちょっと緊張した面持ちで膝の上で拳を握った。
今、僕たちはニックスさんの私室で、テーブルの向かいに座っている。
ザンバーさんとサリアさんもいる。
「あの、私……橋野本くんは嫌な人だから、別にいいやって、思って、彼を消費したんですけど、すぐに大変な事をしちゃったってわかって……」
「ふむ」
ニックスさんは顎を撫でた。
「ルミナ。どうやら君が住んでいた国は、随分と人々の権利が認められた社会だったようだね。その地からやってきた君が、己の成してしまった行為に心を痛めるのも分かる。だが、世界によって人の命の重さとは変わるものなのだよ」
階さんは真面目な顔をして聞いている。
「君が一人を犠牲にしたことで行ったあの魔術は、恐らく数百と言う人間の命を救った。彼らが救われたことで、彼らが守る聖王国の民の命が数千、数万と救われる。これは、一人の命が生み出した対価としては破格などというものではない。少なくとも、君はこの世界であれば、誇れるべき事をしたのだよ」
ほうほう。
よく分からない。
まあ価値観とかは世界によって色々ってことだろうか。
僕は同じくぼやっとしている新聞屋を連れて外に出る事にした。
「それはそうよ。ハリイもアミも、自分から一番危険な場所で命を晒して活躍してたんだもの。ルミナの悩みとかは、随分前に通り越えてきたはずよ」
エリザベッタ様が言った言葉に、なるほど、と思う。
だけど、新聞屋は首をかしげたままだった。
「うーむ、あっしたちは一度も悩まずにスッと通過した気がしてならないっすよねえ」
うん、僕もそんな気がする。




