第五十三話:ドMと千日手とアマイモン
そんなこんなで僕が登場なのだ。
普段着で手ぶらで出てきたものだから、周囲の騎士や兵士がびっくりしている。
「せめて鎧と剣を……」
「僕のサイズに合う鎧が無いです! あと、剣は重くて振り回せません!」
いまだに腕力ステータス一桁の僕である。仮に重いものを持つとしても、可愛い女の子以外は持たないぞ!!
「うーむ、さすがは張井くん。全く覇気とかつわものオーラが無いっすな! 見事なまでに凡人」
「ハリイ頑張ってー!」
新聞屋の講評とエリザベッタ様の応援を背に、ピエール王子と差し向かう僕。
「一見すると隙だらけ……というか、隙しかないな」
苦笑しながら、歩み出るピエール王子。
そして、そのまま流れで試合が始まったのだ。
「さあ、どこからでも打ち込んで来たまえ」
「えっ」
「えっ」
ピエール王子が言った言葉に、僕は困った顔をした。
そうしたら王子もちょっと戸惑った感じで返して来た。
「あの、僕はカウンターがメインなんですけど」
「何、私も返し技に長けているのだが」
遠くでエカテリーナ様が吹き出した。
「なるほど、フレート王国随一の返し技の使い手、ピエール王子。その名に偽りは無いらしいな」
これはいけない。
お互い攻め手が無いぞ。
間合いを保ったまま、二人でじっと考える。
……どうしよう。
あまりに僕たちが動かないので、ギャラリーがざわざわしだした。
野次を飛ばそうにも、片一方は他の国の王子様なので飛ばせない。
なんか微妙な空気になってくる。
「じゃあ、僕が行きます」
「分かった」
なんか約束稽古みたいになってきた。
僕は間合いをつめた。
っていうか、ずんずん進んで近づいていった。間合いも何もない。そもそも僕はそんなもの分からないし、攻撃をかわす技なんてないぞ。なにしろ素早さや器用さステータスも安定の一桁だ。
あ、ピエール王子が困った顔してる。
それで、仕方なさそうに剣を打ち込んで来た。
これはなんとなくやる気がなさそうな一撃なんだけど、それでも速い。多分馬井くんがコンポタ色の光を纏ったのと同じくらい速い。
僕は動きは全部見えてるけど、対応は出来ない。
ということで、もろに剣を頭で受けた。
びっくりしたのはギャラリーだろう。
王子の手先が消えたと思ったら、剣が振られていて、それが僕の頭に普通に命中したのだ。
僕は棒立ちである。
そして、かきーんと間抜けな音がして、剣が折れた。
「おお」
王子が半笑いで折れた剣を見る。
「いかに練習用とは言え、全く通じないか! ははは、これは参ったな」
笑いながら、王子はお付きの人たちに何か要求する。
あ、お付きの人の顔色が変わった。
「王子、それはいけません! 死にます! 相手が死にます!」
「大丈夫だ。私を信じろ」
物騒な事言ってる。
そして、お付きの人たちが差し出してきたのは、緑色の刀身の片手剣だった。
「魔剣”パラリシア”か……。噂には聞くが、この目で見るのは初めてだ」
「おお、知ってるっすかエカテリーナ様!?」
「うむ。その刀身に魔法毒を宿し、斬った相手の肉体を蝕む魔剣だ。たとえ手傷程度の負傷であっても、そこから広がった魔法毒が相手の命を奪う」
「なんだ、毒っすか」
新聞屋が興味を失った。
その理由は簡単。
僕も新聞屋も、毒耐性があるので毒が効かないのだ。
これはすぐに証明された。
パラリシアが僕の胸に突きこまれたけど、僕はけろっとしていたのだ。
「やはり効かなかったか」
王子が凄く嬉しそうなんですけど。
「では本気で行くぞ」
「え?」
なんかピエール王子の声色が変わった。
そう思った瞬間、王子の姿が消えた。
あ、いや、周りは消えたように見えるんだと思う。
実際は物凄い速さでバックステップして、地面を蹴って低い体勢から剣を振り上げてきた。
「ええと、”クロスカウンター”!」
僕は明らかに王子の攻撃を食らってからカウンターを発動する。
あまりに技が速くて、ぴったりとタイミングを合わせられないんだ。
まあ、僕のカウンターは受付時間が結構ルーズなので完全に攻撃を食らっても発動する。
パラリシアが僕のお腹に、その刃を食い込ませる事も出来ずに止まっている。
そこに、僕のうち下ろすようなカウンターが決まった。
「ぐはっ!」
王子が地面でバウンドしながら吹っ飛んだ。
だけど、カウンターを予知してたみたいで、なんか手ごたえが薄い。多分勢いを殺された。
少し離れたところで立ち上がるピエール王子、にやにやしている。
「凄まじい頑強さだな。そして攻撃を最深部で受け止めながら放つ返し技か。なるほど、これは強い! 思っていた以上の逸材だなハリイ殿」
「どういたしまして」
別に男の人に褒められてもなあ……。
ちなみに、王子の攻撃は全然効いてないわけじゃなく、ダメージはそれなりに入ってる。
この人、多分ザンバーさんと互角くらい。
僕のステータスが上がったので、攻撃に耐えられるようになったんだ。
ただ、この人の得意なのはカウンターだから、一番威力がある技は僕には打てないんだろうなあ。
うん、お互い実に相性の悪い相手だ。
結局その後、ピエール王子は大げさな技を次々繰り出して、僕がそれを弾いたりカウンターで返したりという展開になった。
この王子、結構サービス精神旺盛なのだ。
僕の強さはある程度理解したはずなので、派手な技を出す理由はギャラリーを楽しませるためだろう。
ピエール王子と僕にとっては演舞みたいなものなので、それがわかる目をしたエカテリーナ様や新聞屋には、さぞや退屈だろう……と思ったら。
なんか新聞屋はニヤニヤしながら見てる。
なんだなんだその嬉しそうな顔は。
調子が狂っちゃうだろ。
大体終わった頃合には、夕方が近かった。
今回の余興の試合は、イリアーノとフレート王国の間になんとなく連帯感みたいなのをもたらすことになったらしい。
フレート王国にはこれだけ強い戦士がいるし、イリアーノの食客である僕たちもこれだけ強い。
お互い顔を立てあって終わった感じだ。
で、王様はしぶしぶながら……本当はしぶしぶとか政治的には見せてはいけないってエリザベッタ様が教えてくれた……エカテリーナ様の政略結婚を認めた形だ。
これで、イリアーノとフレート王国は、人魔大戦に向けて連合を組んだことになる。
倒れた馬井くんは相当無理をしてたみたいでまだ立ち上がれない。
あのチョコレート味うまい棔、HPを削るとかじゃなく、もっと体に負担をかけるものだったらしい。
とりあえず、イリアーノからは使者がフレート王国に向かった。
伝令が伝われば、二つの王国の間で大々的に、王子と王女の結婚式が行われる事になる。
言ってしまえばそれまで僕は暇なのだ。
ピエール王子とエカテリーナ様にお願いされて、僕も新聞屋もおいそれと国外へ旅立つ事ができなくなっている。
どうしたもんだろう。
「とりあえず、散歩に行こうかと」
「お、あっしも行くっすー」
「え、あたしも行かなきゃいけないじゃん。面倒くさいんだよな」
新聞屋と、ぶうぶう文句を言うイヴァナさんがついてきた。
イヴァナさんは僕の直属の部下みたいになってるので、ついてこないといけないのだ。
部下にしては僕を小突いたり蹴ったり踏んだりしてるけど。
三人でイリアーノの王都が見渡せる丘までやってくる。
日が沈むまで、ここでのんびりするつもり。
近くの畑で美味しそうなブドウが成っていたので、何房か買ってきた。
三人でブドウを食べながらのんびり。
「あっ、ブドウが生ってるモン! お腹すいたモン!」
なんか甲高い男の人の声が聞こえた。
振り返ったら、いつの間にか背が低くて丸々っとした、燕尾服の男の人がいた。
ぷくぷくしていて顔にも手にもシワとかが全くない。
何歳くらいなのか、どこの国の人なのか、全く分からない。
「このブドウちょうだい! お金? 困ったモン! 僕お金をもってないモン!」
「ブドウならたくさんあるっすぞ! 金は立て替えてやろう! その代わり体で返すっすぞ!」
なんかブドウくらいで新聞屋が太った人に恩を売ろうとしてる!!
「ホントかモン!? 君はいい人だモン!」
日に照らされたその太っちょは、なんか肌色が青い。
で、新聞屋にブドウ代を立て替えてもらって、ニコニコしながらブドウを受取り、僕たちの横に座った。
「美味しいモン! イリアーノは土の栄養が少ないから、ブドウはたっぷり栄養を溜め込もうとするモン! だからワインにする前のブドウも美味しいモン!」
「へー、詳しいんですねー」
「伊達に長く生きてないモン!」
「なんかあんたもプニプニしてて美味しそうな外見してるっすねえ」
「よくブドウの粒に似てるって言われるモン!」
「肌青いもんねー」
僕たちが談笑していると、イヴァナさんはじっと太っちょを見つめている。
そして、ススッと後ろに下がると、僕の影に隠れた。
「あれ、どうしたの?」
「ばっか、お前、あのデブ悪魔だぞ!? 全然覇気とか瘴気を放ってないから分からなかったけど、動きに全然隙がねえ!」
「え、そうなの!?」
「そうだモン!」
「悪魔が普通にお金を出してブドウを買うっすか」
「ここはアリトンの管轄だモン! それに僕たちは人間を管理するのが仕事だモン! 管理者が率先して秩序を守ってるところを見せないと誰もついてこないモン!」
「おおー!」
ちょっと僕はこの太っちょを見直した。
いいこと言うじゃない。それに実行してる。偉いおでぶだ。
「それから、今日は挨拶に来たモン! これからしばらくこの辺は騒がしくなるモン!」
「あれ、それって何かイベントが? 結婚式の事?」
「結婚式があるモン!? 美味しい料理とか出そうだモン! 是非お呼ばれしたいモン!」
なんだか毒気の無い言葉に、新聞屋もあっけにとられたみたい。
「調子が狂うやつっすねえ。王国同士でやる結婚式っすから、適当に参加したら飲み食いできるっすよ!」
「本当かモン!? じゃあ絶対来るモン! いいこと教えてくれてありがとうだモン!」
太っちょはブドウを食べきると立ち上がった。
それで、僕を見る。
「あ、忘れるところだったモン。エカテリーナ姫とピエール王子に挨拶しようと思ったけど、君の方が強いモン。だから君でいいモン」
「? それってどういうこと?」
僕が首を傾げたら、太っちょは僕の額に手を近づけて、デコピンした。
!?
周囲の風景が凄い速度で遠ざかる。
僕がデコピンで吹っ飛ばされたんだって気づいたのは、丘の一部を砕きながら、土の中にめり込んでからだ。
あれっ、結構洒落にならないダメージを受けてる。
致命的じゃないけど、これって、ピエール王子の剣よりも全然やばい攻撃じゃないか?
「ひえっ!? 何をするっすか! ええい死ねえおでぶ! ”光の斬撃”!!」
「ひゃーっ!? 危ないモン!! そっちの君も強いモン!? 想定外だモン!」
新聞屋が放った魔法で、周りの丘一つがなで斬りにされて平地になる。
そのすぐ上に太っちょは浮いていた。
土の中から起き上がった僕を見て、ふむふむ、と頷いた。
「やっぱり、この程度じゃ通用しないモン。これは人魔大戦が楽しみだモン!」
「人魔大戦っていうことは、君はー」
「僕はアマイモン。今回の人魔大戦を取り仕切る南の魔王だモン」
口の周りをブドウの汁で汚した太っちょは、威厳たっぷりにそう言った。
とっても魔王らしくない魔王なんだけど……。
なんだろう。この世界、らしくない奴ほど強いぞ。




