第五十二話:ドMとクラスメイトと少年の主張
馬井くん。
フルネームは馬井尚紀。多分。
彼は異世界に来るまで目立たない一般生徒だったけど、実は胸の中に暑い正義感を秘めた男だった。
うまい棍という駄菓子を召喚することで強くなる、トリッキーな能力を持っている。
正直、どうやればまともに戦える能力なのか僕は全く分からない。
一応、納豆味のうまい棔を召喚したときだけ、ファイナルストライクという攻撃ができる。
これがどれだけ威力があるのかは知らない。
そんな馬井くんが練習用の剣を構えて、ピエール王子と向かい合っている。
体格の差が凄い。
ピエール王子は多分、二十代の前半くらい。この年でまだ独身の王族って珍しいんだって。エカテリーナ様も、ピエール王子と結婚すると正妻っていうことになる。これはこれで、第七王女のエカテリーナ様としては大出世みたいなものなのだ。
そのピエール王子、体をしっかり鍛えている白人男性なので、黄色人種の中学生である馬井くんよりも全然体が大きい。
馬井くんは革鎧を身につけているけど、剣で戦うのはどれほどやれるんだろう。
「無茶しない方がいいよ」
「大丈夫だ。俺もこの日のために、鍛えてきたんだ」
「張井くん、馬井くんは強いよ」
馬井くんの言葉に賛同するのは、出羽亀さん。
いつの間にかみんな中庭に出てきていた。
クラスメイト勢ぞろいだ。
階さんは難しそうな顔をしているし、委員長とマドンナはなんか真っ当に、馬井くんを応援してる。彼の恋する姿に感情移入してるのかもしれない。
富田くんはすっかり馬井くんの相棒って感じで、なんかアドバイスしてる。
だけど、熊岡くんが姿を見せると、その場の注目は彼に集まった。
やっぱり、熊岡くんは別格扱いみたいに見られてる。
中学生離れした体の大きさで、上背ならピエール王子に近いくらいあるもんなあ。
彼は無言で馬井くんを見つめている。
なんだなんだ。
なんか二人とも、言葉が無くても通じ合ってるみたいな感じだ。
あれだ。僕はそういう男同士のアイコンタクトみたいなの知らないぞ!
「んー、まあ、十中八九瞬殺っすなあ。王子が本気を出したらっすけど」
割と冷徹な新聞屋の言葉だ。
出羽亀さんが肩を怒らせた。
「亜美、それでも友達!? 馬井はずっと頑張ってきたんだよ! エカテリーナ様を守る為に、能力なしでも強くなれるようにって!」
「うーん……頑張りは分かるっすけどねえ。あっしはほら、そういう強くなる努力が快感っていう変態を知ってるっすから」
何でこっち見てるの新聞屋!?
「それに、悪魔の偉い奴と接したあっしたちは、とてもそんな甘い事は言えないっすね」
あ、それは同感。
ベリアルも、ベルゼブブも、努力とかそういう次元じゃない。
でも、そんな奴に勝たないと僕たちは元の世界に戻れないわけで。
多分本当なら、ベルゼブブを倒して元の世界に戻るこれは、無理ゲーなんだろうなあ。
ベルゼブブの話だと、僕と新聞屋がこれだけ強くなってるのはおかしいってことだし、そういうバグで強くなった僕たちが地道に努力してる馬井くんをどうこう言うのはどうかなーなんて思うけどね。
「おっ、試合が始まるっすねえ」
新聞屋が、どこで調達したのか木の実を乾かして甘く味付けした奴を、木の器にいっぱい盛って来た。
「あ、ロクの実ね。これ美味しいのよね」
「あたしも結構好き。味付けは蜂蜜なんでしょ?」
委員長にマドンナも集まってきて、三人で木の実をつまみながらどっかりと座り込む。
観戦モードだ。
「ほら、張井くんも座って」
委員長に袖を引っ張られて、僕も彼女たちの中に腰掛ける事になった。
三方を女子に囲まれている……!
「私もいいかしら」
エリザベッタ様も来た! 四方を女子に囲まれたぞ!
そんな中、余興の試合みたいなのが始まった。
馬井くんは身構えて……いない。何やら空中に手をかざしてぶつぶつ言ってる。
あれは知ってる。うまい棔を召喚するつもりだ。
彼の能力って、うまい棔を召喚することで能力をアップさせるものなんだけど、具体的にファイナルストライク以外がどうなってるのかは見たことが無いな。
すると、馬井くんの手のひらに、三本のうまい棔が出現する。
コンポタ味と明太子味、そしてチーズ味。王道の三つの味だ。
それが、駆け出した馬井くんの体の前で弾ける!
コンポタ味が黄金の輝きを放ち、それを浴びた馬井くんの速度が加速した。
「ほう……!」
王子が目を細めた。
一瞬なら、僕が戦ってきた準英雄の人たちに匹敵する速度だ!
そして、剣が振り下ろされる。
ピエール王子はこれを軽々受け止める。だけど、ぶつかった直後、明太子味が弾けた。
そうしたら、いきなり王子の足元の地面が、グッと沈み込む! 威力が上がったのだ。
「これでっ!!」
「悪くは無いが……っ!」
ピエール王子は馬井くんの攻撃を受けつつも、じりじりと押し返す。
うまい棔でブーストした彼の攻撃を、地力で上回ってるんだ。
「なんのっ!」
馬井くんの周囲でチーズ味が弾けた。
その瞬間、馬井くんの周りに残像が出来た。
まるで巻き戻すみたいに彼の体が一瞬で後ろに下がって、また同じ位置に改めて一撃!
連続コンボみたいな効果があるんだなあ。
なかなか奥深いぞうまい棔!
「お願い……お願い……! 勝って……!」
なんか思春期の乙女みたいな祈りが聞こえてくるなと思ったら、出羽亀さんが必死の顔で手を握り合わせ、目をギュッと閉じている。
あれあれ、これって?
「おや気づいてなかったのですか張井くん。出羽亀さんは馬井くんのことがモガー」
例によって空気を読まない階さんの口を、背後から富田くんが塞いだ。
ううむ、僕たちの知らない間にクラスメイトの人間関係が変化していたのだなあ。
一見して、馬井くんはうまい棔の力を利用してトリッキーに動き、ピエール王子を圧倒しているように見えた。
小柄な……と言っても、僕より背が高いんだけど……彼の体がコンポタ色の輝きとともに試合場を縦横無尽に動き回り、明太子色の輝きの斬撃を放つ。そして、チーズ色の残像が連続攻撃を加えるのだ。
「いける、いけるってこれ!」
「馬井、頑張って!!」
「馬井くん、そこよ!」
「馬井ってやるじゃない……! 凄いわ!」
「モガー」
富田くん、出羽亀さん、委員長とマドンナが声援を送る。
まだ階さんは口を押さえられていてモガーとしか言えない。富田くんそろそろ放してあげなよ。
で、熊岡くんは例によって無言なんだけど、なんだか彼の表情が厳しい。
楽観視してないっていうか、クラスメイトの中だと彼だけが異色だ。
あ、僕と新聞屋は除く。
新聞屋はすっかり試合に興味を失って、木の実をエリザベッタ様と食べさせあいっこしている。仲いいなあ。
奥まったところで試合を見ているのは、エカテリーナ様。
彼女は表情を変えず、じっと二人の戦いを見守っている。
エカテリーナ様にも、状況がどうなっているのか分からないはずがない。
だけどあえて水を差すようなことは言わないんだ。
「たあっ!!」
金属が弾ける音がした。
何度目かの攻撃をいなされて、馬井くんが王子から離れたところに着地する。
肩で息をしている。
対する王子は汗一つかいてない。
最小限の動きで、馬井くんの攻撃を見切って防ぎ続けているんだ。
そうだねえ。
「くそっ、なぜ通じないんだ! ……こうなれば、奥の手を!」
馬井くんが決意を固めた顔をする。
何か新しいうまい棔を呼び出そうとしている。
そうしたら出羽亀さんの表情が変わった。
「駄目! ……尚紀!」
名前で呼んだー!
何か馬井くんが凄い事をするんだろうか。
そう思ってたら、彼が召喚したうまい棔が明らかに色合いが違ってた。
あれはチョコレート味!
それが砕け散ると同時に、馬井くんの全身が黒いオーラで包まれる!
なんか闇堕ちした正義の味方みたいな感じだ。
「おおおおおっ!!」
咆哮をあげる馬井くん。
びりびりと空間が揺らいだ。
彼はダッシュしながら剣を振る。
その速度がすごい。スピードアップしていたさっきまでとは比べ物にならないほどだ。
これには王子もちょっと驚いたらしい。
初めて構えらしきものを取る。
必殺! って感じで繰り出された、チョコレート色の光を纏った一撃。
これに、王子は剣を触れ合わせた。
その瞬間、剣にかかっていたはずの全ての力が方向を狂わされて、地面に向かって流れ落ちた。
王子の剣がまきつくように、馬井くんの剣を叩き落す。
「”巻き打ち”……。あれほどの精度で使いこなすものがどれだけいるか」
エカテリーナ様が技の解説をしてくれた。
つまり、相手の武器を払い落とすタイプのカウンター技だね。
それも物凄く精度が高い奴。
同時に、ピエール王子は馬井くんのわき腹にキックを入れた。
馬井くんが物凄い勢いで吹っ飛ぶ。
中庭の大きな木にぶつかって、そのまま落っこちた。
お、動かないぞ。
「ふう……」
王子が汗を拭った。
おー、ピエール王子に汗をかかせるとはなかなか凄い!
僕は馬井くんを見直した。
だけど、みんなの反応は違ってたみたいだ。
「馬井!」「尚紀!」「馬井くん!」「ちょっと、大丈夫馬井!?」「あー、これはもう駄目ですね」
空気を読まなかった階さんがマドンナに蹴られて転がった。
美味しいなあ階さん。
倒れている馬井くん、どうやら口から血を吐いてるみたいだ。
マドンナが水の魔法を使って、彼のダメージを回復させている。
委員長が、抗議したそうな顔をして王子を見た。
「ここまでやらなくても……!」
ピエール王子は肩をすくめる。
委員長はむかーっと怒った顔をして、王子に詰め寄ろうとする。
「待って、奈緒美。ピエール王子は悪くない。あの技は、馬井の命を削る技なの。あそこで止めてくれたからこれくらいで済んだのよ」
な、なんだってー!?
そんな、命を削って使う強化技なんて……まるで主人公じゃないか!
くそう、馬井くんは僕の前にどこまでも立ちふさがるのか。
「おっ、張井くんがクズっぽいことを考えてるっすな! 基本的に張井くん小物っすからなあ」
「何で分かるのさ!? っていうか新聞屋にだけは言われたくないよ!?」
「アミはハリイのことならなんでも分かるものねえ」
「ちょっおまっ、ちがっ違うっすよおおお!?」
わーわー僕たちが騒ぐ。
騒いでるのは僕たちだけじゃない。
見物にやってきていた、城の人々もみんな盛り上がっている。
というのも、期待されていなかった馬井くんの意外な健闘が凄かったからだ。
イリアーノでの彼の評価が上がったみたいだなあ。
騎士団の偉そうな人が、馬井くんに熱視線を向けている。
「ほえー、やるもんだなあ。お前らやっぱ、ただのガキじゃないんだなあ」
イヴァナさんが感心して言った。
言いながら新聞屋が抱えた器から、木の実を一個ちょうだいして食べる。
「ウマイは強くなったな。あれだけの戦士がいれば、私がいなくなったとしてもイリアーノは安泰だろう……」
エカテリーナ様が感慨深げにうなずく。
おっ、馬井くんの頑張りが、むしろエカテリーナ様に政略結婚に向かう決意を固めさせてしまったような。
「さて……そろそろ出てこられてはどうかな、ハリイ殿」
そんな中、ざわめきの中でも良く通るピエール王子の声。
「ご指名っすぞ!」
新聞屋が僕のお尻をパーンと叩いた!
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
『愛がアップ!』
振り返ると、新聞屋はタヌキ耳をピコピコさせた。
「お座敷剣法と実戦の違いを叩き込んでやるといいっすよ!」
新聞屋が叩いたビッグマウスに、場は騒然。
ピエール王子も不適に笑う。
うわー!
止めて欲しいなあ。
かくして、僕はてくてくと試合場の真ん中に向かうのだった。




