第五十一話:ドMと王子と余興の決闘
「不死身の少年と魔女。噂は聞いているよ」
トイレに行く途中で会ったピエール王子は、僕にそう言った。
このイリアーノ城、なんとトイレが無かったのだ。
それに僕たちのクラスメイトが猛抗議して、空き部屋一つをトイレにすることになった。
下の階にあって、し尿を運ぶ業者さんが出入りするところなのでちょっと行くのが大変なんだけど。
それまで、トイレはツボや甕に溜めて、使用人の人が下に運んでいって海に捨ててたみたい。
海に捨てるのはいかがなものかなーと思うけど、この国だと衛生観念があんまり発達してないっぽい。
街中なんか、窓の外にドジャー! だし!
一応、法で決められているみたいで、海に面した家しか窓の外に捨てられない。
そのほかの家はやっぱり、甕に溜めて捨てに来たりする。
し尿業者さんが各家を回って甕を集めて、荷台に載せてロバで運ぶ。
で、海にドジャー! と捨てる。
なので、イリアーノの海は臭い。
ちょっと離れた海で取れた魚を食べてるみたいだけど、いかがなものかしら。
「ああ、この国の衛生観念は進んでいるな」
「えっ!?」
僕は、ピエール王子が僕と新聞屋の事を知っていたことより、イリアーノのこの有様を進んでるとか言う事に驚いた。
正気ですか王子!
「わが国の貴族など、その辺りの庭や廊下で用を足す始末だ。それゆえに香水などが発達していてな」
不衛生すぎる!
幾ら僕でも、スカト〇プレイはごめんである!
それにエカテリーナ様をそんな不潔な国に送っていいものかなあ。
「何を言うのだ。北方諸国など、みなそのようなものだぞ。このように海に面しており、排泄物を処理する業者が存在する事自体が大変文化的なのだ」
「そんなものなのですかー」
確かに、イリアーノ側で泊まった宿は、出すものは甕に出してたなあ。
でも、聖王国側は空気が乾燥してるせいか、出すものを集めた場所があって、そこで乾かして肥料みたいなのに再利用してた。
南の国の方が清潔な気がする。
「ところで、私が君たちを知っていたことには驚かないのだな」
「あ、はい、ぶっちゃけ興味がないので」
「ほう、剛毅だな!」
ピエール王子が楽しそうに笑った。
この人、フレート王国の第二王子なんだけど、身のこなしとかが王族のボンボンって感じじゃない。
むしろエカテリーナ様に近い気がする。
多分かなり強いと思う。
なんか気さくに僕に話しかけてるみたいだけど、この人、お城の兵士たちには一瞥もくれない。
「君が強い事はよく分かる。あの動物の耳を生やした魔女と共に、異世界から来た少年少女たちの中では別格だな。唯一君たち以外で見るところがあるのは……あのクマオカという少年だけだ」
おっ、熊岡くんの評価が高いぞ!
「ほう、熊岡くんは見所がありますか」
「うむ。異世界の少年少女たちは、我々と同じような形で技を学ぶ事ができないようだ。ゆえに、個々人が持っている資質に左右されるのだろう。あのクマオカという少年、この私の剣を一度ならず、二度も防いで見せた。フレートにもあれほどの守りの技を持つ者はいない」
パリィ! ってやつだね。
ピエール王子、エカテリーナ様を娶りに来ただけの人じゃなく、結構武人らしい。
イケメンで王子で強いとか!
なんだろうこの人。チートかな?
僕たちは熊岡くんの話題で盛り上がりながら、トイレから帰ってきた。
まさか王子様と連れションするとは!
「おっ、張井くん随分王子様と仲がいいっすな」
毎日の日課の金貨風呂を終えたらしい新聞屋がやってきた。
金貨風呂といっても、金貨に埋まるわけじゃないらしい。
たっぷりとお湯を張った特大の浴槽で、磨き上げた金貨をたくさん沈めて、そのうえでまったりするんだって。
僕には分からない娯楽だ!
「あっしが今、どれほどの価値のあるお金の上であられもない格好をしているかと思うと……いやあ、寿命が延びるっすなあ」
「分からないなあ」
「分からん趣味だな……」
ピエール王子も戸惑った顔をしている。
ちなみにこの後、ピエール王子はエカテリーナ様と会食。
王様には色々思うところはあるのかもしれないけれど、人魔大戦が始まる以上、他の国との連携は必須なんだって。
そのために、フレートがイリアーノの王女を娶り、互いの関係を深めようと提案してきたのは渡りに船って感じらしい。
イリアーノは聖王国と仲が悪いので、同盟とか死んでもいやそうだし。
「今日の昼食は赤身魚のソテーだ」
エカテリーナ様がおごそかに言った。
僕と新聞屋とピエール王子はいやそうな顔をした。
魚が嫌いなんじゃない。
あの海からとれた食べ物で料理を作ったのかと思ったら、嫌な顔になったのだ。
「安心せよ。はるか一刻ほど行った地中海の半ばで獲った魚だ」
そうそう、この世界の海も地中海というのだ。それぞれの国の湾には別の名前もついてるけど、概ね地中海で通じるらしい。
とりあえず、陸地から離れた海でとれたなら大丈夫かな、と、僕と新聞屋が魚のにおいをかぐ。
「これ、行儀が悪いぞ」
半笑いでエカテリーナ様がたしなめてきた。
この食事に同席しているのは、エカテリーナ様とピエール王子。あとは、それぞれがつれてきた女官とか偉い人とか。
なぜだか、僕と新聞屋が同席してるのは、すぐ隣にエリザベッタ様もいるから。
「こんなにたくさんの人と一緒に食事をするなんて始めてだわ。なんだかドキドキする」
「エリザベッタ様! あっしが作法とかを教えてあげるっすよ! ふふふ、この新田亜美にお任せあれっす……!」
おお、新聞屋はエリザベッタ様に食事のコーチをする気満々だ。
エリザベッタ様も、「それじゃあお願いするわね、アミ」って言って嬉しそう。
その光景を見ているエカテリーナ様もほっこり。
「噂に聞いた魔眼の姫が、すっかり愛らしいお姫様か……。君たちの成した成果は凄まじいな」
僕にだけ聞こえるように、ピエール王子がささやいた。
そう、なぜか僕の隣はピエール王子。向かいがエカテリーナ様。
なんで僕がピエール王子側に座ってるんだろう。
「うむ、ピエール殿下と仲がよさそうだったのでな」
しれっとエカテリーナ様が言う。
「これから仲良くしたいと思っていたのですよ。彼と彼女の噂は、遠く海を越えてフレートまで届いておりますから」
「ほう、耳聡いことだ」
「ここ半年ほどで、イリアーノから聖王国、さらに南方で起こった様々な事件……全てが偶然起こったとは思えませんからね。人魔大戦で共闘する友となる以上に、世界の動きに目を光らせておかねばいかにフレートと言えど生き残る事は出来ない時代です」
「ほうほう」
ピエール王子も薄っすら微笑みを浮かべている。
エカテリーナ様と交わす言葉もなんか鋭い。
合間に僕が間抜けな相槌を挟んだら、その場にいた人たちが「空気読めよ」って顔をした。
仕方ないので、ナイフとフォークで魚を食べる。
このナイフとフォークの文化も悪魔が伝えたものだって伝承があるらしい。
トイレが無いのに食器はあるんだねえ。
「あら、アミ、お作法はこうしてフォークを使うものだと思ってたけど」
「あ、あ、あっしも今言おうと思ってたっす! 知ってたっすよ! ほんとっすよ!?」
あっちでは予想通りというかなんというか、新聞屋が既に威厳を失ってる。
作法をエリザベッタ様に教わってるぞ。
僕もあっちに加わりたいなあ。
羨ましそうに見ていたら。
「では余興に、ハリイ殿と手合わせをしてみたいのだがいかがかな?」
ピエール王子がとんでもない事を言い出した。
「ええーっ」
僕が嫌そうな声を出したら、エカテリーナ様が笑った。
「ハリイ、ピエール殿下はな、フレートに一人でも強い戦士を迎え入れたいのだ。お前に目をつけているのだよ」
「ええっ!? 男にもてても嬉しくないです!」
僕が正直な心情を口にしたら、ピエール王子の部下みたいな人たちがいきりたった。
「無礼な!」
「殿下! このような礼儀知らずの小僧など、無礼打ちにしましょう!」
「まあ待て待て。こちらにいるハリイ殿は、お前たちが束になっても叶わぬお方だぞ? それに、エカテリーナ殿下の懐刀である彼らを、外様である我らが勝手に罰する事はできまい?」
「……ということだ、ハリイ。私の顔を立てる意味でもやってはくれないか?」
ずっこい!
ピエール王子、部下を利用して僕を持ち上げたけど、これで僕が断ったらエカテリーナ様がちょっと気まずい感じになるじゃん!
うーむ、この王子様結構いやらしいぞ。
イケメンで家柄もよくて強くていやらしいとか、チートか。チート悪役か。
結局、僕はみんなが見守る中、イリアーノの中庭にある広場でピエール王子と余興の決闘をすることになってしまった。
僕はちょっとむくれてたけど、世話役でイヴァナさんが来たのですぐに機嫌が直った。
「うふふ、イヴァナさんー。もっと、そう、革鎧をこう抱きつくみたいに締めて下さい!!」
「あっ、てめえ! どさくさであたしの胸揉みやがったな!? スケベめ!」
イヴァナさんのパンチが僕を殴打する。
うひょー!
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
こうしてステータスアップ作業に余念がない僕なのだ。
向こうでは、刃をつぶした練習用の剣を携えて、ピエール王子が周囲のギャラリーに手を振っている。
女の子の黄色い声援が! 妬ましい!!
あ、なんかおば様たちの声援もある。これはいらないなあ。
「張井くん、目に者をみせてやるっすよ!!」
「あ、新聞屋は僕を応援してくれるんだね!」
「もちろんっす。張井くんが勝てば、あっしは王子から今夜のおかずを一品もらえる約束をしてるっすからな」
「僕の価値はおかず一品なの!?」
「こんなこと言ってるけど、アミはハリイが負けるはずがないって自信満々だったのよ? ハリイのこと何でも分かってるのね」
「ギャワワー!! エリザベッタ様やめるっすー!! それはあっしへの風評被害になるっすー!!」
お、怒りなのか新聞屋が真っ赤になってエリザベッタ様をぽかぽかしてる。
「まー、とにかく新聞屋のおかずのために、僕は頑張ってくるよ」
「う、うむ! 頑張るっすよ!!」
なんか新聞屋に応援されるのは変な気分だ。
ちなみに、クラスの仲間たちもここまで来てるんだけど……中庭には入れていないみたいだ。
僕や新聞屋は本当に特別扱いなんだなあ。
……と思ったら。
ざわめきがした。
誰かが止める声がして、それを振り切った奴が一人、中庭に飛び降りてくる。
あいつは……馬井くんだ!
「無礼を承知で、お願いする!」
馬井くんは鋭い動きで、止めようとする兵士たちをかわし、あっという間にピエール王子の前に来ていた。
「決闘は俺とやってほしい! 誰が、より彼女に相応しいのかが分かるはずだ……!」
うわあ、こじらせてやがる!