第四十九話:ドMと姫と隣の方の国の王子
半月くらいかけて僕たちは帰還したぞ。
思えば遠くにきたもんである。
エリザベッタ様を人目にさらしたらダメという縛り付きで、あれくらいの犠牲で澄んだのは、むしろ僕たちいい仕事をした!
「やっぱり、人目を気にしないでいいって最高ね!」
真っ昼間の屋台街で、エリザベッタ様は骨付き肉を手にしながらご満悦だ。
彼女は活動的な格好をしてて、長い髪は背中の中ほどでバッサリ切って、紐で結わえてる。
「ひゃっはー! 肉だ肉だー! うめえー。うめえー」
がつがつお肉を食べるのは新聞屋。
「あ、パンおかわりください!」
僕はパンを貰って、それにお肉を挟んで食べている。
あの後、ニックスさんとまたうまく連絡がとれて、聖王国から送ってもらった。
今はイリアーノからちょっと入った宿場町で、海が近い場所にいる。
このお肉はなんと、イルカみたいな動物の肉なのだ。
徹底的に血抜きをしてからじゅうじゅう焼くらしいんだけど、癖はあってもこれはこれで美味しい。
保存食に比べたら天国だ!
エリザベッタ様は、完全に魔眼を隠す必要がなくなったということで、こうしてお昼からオープンな感じで出歩くことができるようになっている。
むしろ今までの鬱憤を晴らすように、人が多いところを歩きまわっているみたいだ。
ちなみに髪飾りが魔眼を溜めておける期間は大体3日くらいらしい。
4日目になった暴発して、見渡すかぎりの農村が死の平原に変わったので間違いないね!
あれはエリザベッタ様がショックをうける前に、僕と新聞屋で彼女の顎を打って脳を揺らして気絶させたから大丈夫!
「張井くん、あっしは気づいたっすよ」
「ほう、なんだい新聞屋。何に気づいたんだい」
「うむ。エリザベッタ様の魔眼が暴発しそうな時は、髪飾りが紫色の渦っぽく光るっすよ。ほれ、今みたいに」
「あっ、ほんとだ」
ご機嫌でお肉を食べるエリザベッタ様の頭の上で、髪飾りがぐるぐる光を放っている。
通り過ぎる人が珍しそうに見ているけれど、うん、あまり直視すると多分これ死ぬよ!
「じゃあ新聞屋、任せたよ!」
「えっ、あっしがやるっすか!? やだなー。いまちょうど新しい肉が来たところなのに」
「お肉と町一つどっちが大事なんだい」
「お肉」
「ていっ」
「いたぁっ!? 張井くんがあっしにDVを!? おのれえっ!!」
「うきゃー! 新聞屋! 僕をもみくちゃにする暇があったら早くエリザベッタ様をー!!」
「おっ! そうだったっす!」
自分のことが話題になっているから、エリザベッタ様はきょとんとして僕たちを見ている。
新聞屋は名残惜しそうに肉を置いて立ち上がると、
「エリザベッタ様、そろそろ溜まってるのを出す時間っす」
「なんか下品な感じの物言いだなあ」
「うるちゃい!! さあさあ」
「あら、そうなの。もうそんな時間なのね」
特に疑問も感じず、エリザベッタ様は立ち上がった。
そして二人で、家の影に行く。
……あっ、女の子二人の後を追って、ガラの悪い男たちがついていったぞ! なんて運のないやつらだろう。
僕はこの場で、周囲の人達全員を対象に全体ガードをかける。
そろそろガラの悪い男たちが、二人に声かけたりしてる頃かなって辺りで、建物の裏がピカーッと紫色に光った。
「な、なんだあの光は!」
「うおー!! 家が、家が崩れていく!」
「草木が枯れていくー!!」
しばらく溜め込まれた魔眼のパワーはなかなかすごい。
もう、生物無生物関係なく、周辺の何もかもを滅ぼし尽くす感じだ。
人が近くにいると、一瞬で骨になって骨も粉々になって消える。
ただまあ、こうやって定期的に発散してるとそれなりの範囲で済むので、イリアーノに帰ったらエリザベッタ様専用の魔眼発散所を作ってもらえば大丈夫かなーなんて考えている。
村の人達が無事なのは、僕の全体ガードで守られてるからだ。
まだどよめきが収まらない屋台村に、エリザベッタ様が新聞屋を連れて帰ってきた。
「ねえハリイ。なんだか男の人たちを灰にしてしまった気がするのだけど……」
「気のせいだよ!」
「気のせいっす!」
「そうかしらね?」
そういうことにした。
「なんか死の大地って感じになったけど、あれってちゃんと元通りになるのかなあ」
「さあねー。あっしには分からないっすなー」
「戻ればいいわねえ」
僕たちは他人事みたいに言いながら入りアーノに向かって帰っていくところ。
徒歩なのでのんびりの旅だ。
たっぷり一週間かけて王都に到着した。
この旅のおかげで、随分エリザベッタ様も頑丈になったみたいだ。悠々と一週間の道のりを歩いている。
それで、特に問題もなく……っていうか、問題があっても問題にもならないんだけど、僕たちはイリアーノの王都に帰ってきた。
もうこの世界が自分の庭みたいな感覚だ。
「はーっはっはっは! あっしたちが帰ったっすぞー!!」
「げえ!」
門番をしていた兵士たちは僕たちの顔を知っていたみたい。
ここにとどまっていてください、となんだ凄く下手に出たお願いをされて、一人が奥の方に人を呼びに行った。
門番の人にお茶をいれてもらいながら、詰め所で待つこと多分二時間位。
「おお! 帰ったか!」
エカテリーナ様がじきじきにお迎えにやってきた!
「エカテリーナ! 私、ついに魔眼をなんとかできるようになったわ!」
興奮して飛び出してきたエリザベッタ様。
エカテリーナ様は目を丸くしながらも、飛び込んできた妹を受け止めた。
「おお……! 本当か! これもハリイとアミのおかげということか……!」
「ええ。ハリイもアミも凄く良くしてくれたわ。本当に、感謝してもしきれないくらい」
「いやー、褒めてもらうとむずがゆいです」
「ふっふっふ! あっしに金一封を送ってくれても構わないっすよ!」
「ちなみに王宮では、エリザベッタを連れだしたお前たちを極刑に処すべきだという意見も多くてな」
「ひいっ!? あ、あっしは何もしていないっすぞ!! 悪いのは全部張井くんっす!!」
「あっ、裏切ったな新聞屋!」
僕たちのやり取りを見て、エカテリーナ様もエリザベッタ様も笑った。
「お前たちを害せる者など、このイリアーノには一人もおるまいよ。だが、また事情は変わってきていてな。ちょうどいい時に帰ってきてくれたのかも知れん」
「ちょうどいい時ですか」
エカテリーナ様が微妙な表情をしたのが気になった。
そのちょうどいい時というのは、なるほどなかなかめんどくさい状況になっている謁見の間を見てわかった。
見知らぬ男の人と、その人の部下らしい騎士たちがいる。
見覚えがない鎧だ。イリアーノじゃないし、聖王国の方でもない。
ということは……。
「西方のフレート王国の使者だ」
エカテリーナ様の説明でよくわかった。
なんか涼し気な目元のイケメンだ。いけすかないぞ!
「おお、エカテリーナ殿下。お隣におられるのが、噂に聞く魔眼の姫、エリザベッタ王女殿下ですか」
イケメンは貴族っぽい作法で会釈した。
「フレート王国第二王子、ピエールと申します。この度は、イリアーノ王国へ人魔大戦の共闘を申し出に参った次第」
玉座では、王様や王子、王女たちが苦々しい顔をしている。
実際、イリアーノ最強戦力はこのエカテリーナ、エリザベッタ姉妹だからなあ。
あ、なんかピエール王子がこっち見た。
じーっと見てる。
「ひえっ!? あっしを凝視してるっすよ!?」
「物珍しいんだよ。ワータヌキとかなかなかいないじゃん」
「失礼ながら、この可愛らしい女性は?」
「彼女はアミ。私の友人よ」
「ああ、心強い私たちの味方だ」
「ほう……」
ピエール王子が目を細めた。
なんかあれだ。
この人、多分女好きなんじゃないかなー?
って、なんか僕を見ている。
「ふむ、あれなら男でもなかなか」
うひー!
背中がぞわぞわしたぞ!!
「って、やめてよ新聞屋!? 僕を前に押し出さないでよ!?」
「いやいや! あっしの代わりに張井くんが貞操を差し出せばいいと思うっすよ! ほら! 張井くんかわいい系男子っすから!」
「やめてー!?」
ぎゃあぎゃあ言って揉み合ってたら、王様が玉座で咳払いした。
おっと、ここは謁見の間だったよ!
「フレートからの申し出はよく分かった。伝説に聞く人魔大戦がじきに起ころうというのは、にわかには信じ難いが……嘘や冗談で第二王子を遣わすほど、フレートも酔狂ではなかろう」
「はい。我がフレートはガーデンの西端を守る国。それゆえに、西方を支配する黒貴族ペイモンの言葉を直に受けることがあります。この度の大戦は、ペイモンからの使者が伝えてきたこと。悪魔側の先達は、黒貴族アマイモンが務めるとのことです」
随分詳しいところまで話が進んでるなあ。
っていうか、事前連絡しあうわけだから、戦争って言うよりはなんか競技とかみたいだ。
「だからと言って、フレートの要求を飲むのは難しい……」
「両国にとって得となる婚姻ですよ」
ピエール王子が言った。
なんか今、婚姻って?
「フレート王室は、エカテリーナ王女殿下を迎えたいと、そう言っているのです」
「ええええええええっ!?」
僕と新聞屋とエリザベッタ様が、異口同音に叫んだ。
エカテリーナ様が!?
結婚!?
結婚するって本当ですかっ!?




