第四十八話:ドMと勝利と制御装置
「何をしたかは教えないっすからな!?」
「はれんち! 辰馬、あんたいつの間にそんな破廉恥に!」
「さっぱり意味が分からないよ!!」
なぜか女子二人に糾弾される僕!
僕はただコブラツイストにかかっていただけなのに、どうして新聞屋は顔を真っ赤にして距離を取り、小鞠さんは動揺して膝とかをガクガク言わせてるのか。
「あー、私も見たかったわ……」
奥のほうからエリザベッタ様の声が聞こえてきた。
でもまあ、確かなのはこうやって、危機を脱したということだ。
「よし、新聞屋、ここでダメ押しして小鞠さんをやっつけよう」
「お、おう」
なんで僕が近づくとその分遠ざかるのか。
こっちをチラチラ見ながら唇に触っている。
むむむ、このままでは小鞠さんが体勢を立て直してしまう!
今の僕たちでは……というか僕たちと小鞠さんでは相性が悪すぎるのだ!
だけど、いつまで経っても小鞠さんは攻撃を仕掛けてこなかった。
なんだかもじもじしながらぶつぶつ言っている。
「そんな、まさかまさか辰馬に先を越されるなんて……! 中学生よ。中学生だよ!? 有り得ない、ありえないわー。あたしってまさか遅れてる? あたしが遅い? あたしがスロウリィ? ぐぬぬぬぬ」
「アミ、ダメ押しでもう一回キスなさい!」
「むむむむ、無理っすー!? あっしの精神が崩壊してしまうっす!! どうか、どうかそれだけはご勘弁をー!!」
鋭いエリザベッタ様の指示。
だけど、新聞屋は五体投地しそうな勢いで土下座した。
キス!?
またってどういうことさ。
えーと、つまりさっきのは、新聞屋の……。
じーっと見ると、新聞屋と目線があった。
……うひゃーっ。
僕の顔も物凄く熱くなったぞ。
「むきーっ!!」
小鞠さんがおサルみたいな叫びをあげた。
なんだか分からないけれど、とにかく我慢の限界に達したみたいだ。
彼女は涙目になって僕たちを指差すと、
「覚えてなさい!! あんたたちがこっちに帰ってくるころには、あたしだって素敵な彼氏を作ってるんだから!!」
そう言うや否や、地竜がいる暗闇の中にのしのし入っていってしまった。
何かをげしげし蹴る音がする。
「早く戻しなさいよ! あんた戻さないとひどいわよ!!」
『む、むう』
地竜が困ってる!
「あんたね! あたしは修学旅行の最中なの! 忙しいのよ! 早く戻さないとひどいわよ! 辰馬と辰馬の彼女をけしかけるわよ!」
『う、うむ。まるで悪魔のようなたちの悪さだ』
地竜はぶつぶつ言いながら、何か呪文を唱えた。
すると、小鞠さんの気配が消えた。
なんだか分からないが、僕は小鞠さんが元の世界に帰ったのを知ったのだ。
……あれっ? これを利用したら、僕たちも帰れるんじゃない?
だけど、地竜は僕たちの気持ちを察したらしい。
『汝らには黒貴族の呪いがかかっている。解呪の儀式を行わねば帰ることは叶うまい』
「そっかー」
『既に我には、汝らに抗う術は無い。そこの魔眼の女が視力を取り戻せば、我は殺されてしまうだろう』
闇の奥で、巨大なものが動く音がした。
『故に……我は逃げる』
あっ、迅速な判断だ!
小鞠さんを帰してから三分くらいで、地竜は撤退を開始した。
暗闇もどんどん遠ざかっていく。
いつもなら、逃げる相手を嬉々として追撃する新聞屋だが、なぜか大人しい。
弱い相手にはどこまでも強い系女子(クズだね!)の彼女が……!
「うぐううう……この戦いで勝利を得たっすが、あっしは大きなものを失ったっす……」
さめざめと顔を覆って泣くのである。
視力が戻ったエリザベッタ様は、目に入った砂埃のせいか目を赤くして、新聞屋をよしよしと撫でた。
あれか。キスか。
地上に戻ってきた僕たち。
なんと、入り口にベルゼブブがいた。
「ちょうど戻ってくる頃だと思ってたんだ」
にやにや笑いながら、地面に広げていたカードを回収し始めた。
「それ何さ」
「タロットカードだよ。暇つぶしの遊びにはちょうど良くてね。知っているかい? タロットはその人物の魔力を使って効果を発揮する。誰がタロットを使ったかによって、現れる結果は変わってくるのさ。僕ほどの黒貴族がタロットで占えば、その結果は大いなる現実となる」
チラッと見えたのは、塔の正位置、戦車の逆位置、月の正位置。
「いよいよアマイモンが始める気みたいだね」
「始めるってなんすか?」
新聞屋の問いに、ベルゼブブはウィンクして見せた。
「人魔大戦さ。これで第七次になるのかな」
「伝承には聞いた事があるわ。百年に一度、或いはもう少し短い期間に、悪魔が人間の世界に戦争を仕掛ける事があるって。その度に世界は大きな被害を受けて、たくさんの人が死ぬ」
「その通り。だが一つだけ抜けている。戦争は進歩を生むのさ。戦いという極限環境が、人間を強く強く鍛える。これは必然的な試練なんだよ」
「ほー」
「へー」
「なるほどー」
僕と新聞屋とエリザベッタ様はふむふむと頷いた。
三人ともよく分かってないと思う。
期待した反応と違ったらしくて、ベルゼブブはちょっとずっこけた。
意外とノリがいい奴なのかもしれない。
彼はすぐに気を取り直して、
「それで、例の物は持ってきたのかい?」
「ああ、うん。これだろ?」
僕はポケットから、黄色く光る小さな玉を取り出した。
地竜が去って行った後に落っこちていたのだ。
「そうそう。これは竜玉。竜の体内で生成された結晶体さ。多大な魔力を含んでいるが、竜が魔術を行使した時にしか生まれない。極めて稀な物質なんだ」
ベルゼブブは僕から玉を取り上げると、何処からか取り出した、複雑な形の金属にそれをはめこんだ。
玉と一体になったそれは、髪飾りみたいに見えた。
「これが魔眼を制する髪飾りだよ。魔眼の姫、こいつを髪に差してみてよ」
エリザベッタ様、髪飾りを受け取ると、物珍しそうに眺めている。
「あら、なんだか摘まみがついているのね」
「その摘まみを回す事で、魔眼の力を段階的に解放できのさ。弱めなら人間を痺れさせる程度にできる。ただし注意しておく事だね。これは魔眼を封じ込める力を持っているんじゃない。魔眼が発現するのを無理やり止めているんだ。その間、魔眼の魔力は溜まり続ける。時々発散してやら無いと、髪飾りはいつか魔力に耐えられず壊れてしまうぞ」
むしろそうなって欲しいという顔でベルゼブブ。
「随分親切に教えてくれるんだね」
「僕だって世界を管理する仕事がなければ、説明無しにこれを与えて破滅する様を存分に見たいさ。だけど今は立場があるからね。下手をするとペイモンやアマイモンがうるさい」
顔をしかめて見せた。
なんだかこいつ、随分フランクになったなあ。
「一応言っておくけど、君たちはすでに、人間よりも僕たち悪魔に近い存在になってきている。黒貴族である僕が、こうして普通に話してやってもいいと思えるほどさ。いやあ、とんだバグだよ。まさか君たちみたいなものが生まれるなんて」
ベルゼブブがべらべら喋る横で、エリザベッタ様は髪飾りを身につけた。
すると、彼女のぐるぐる渦を巻いていた紫の瞳が、すうっと落ち着いていく。
すぐに、エリザベッタ様の瞳はキラキラと輝く綺麗なものに変化した。
「ちょっと、試してみるわね」
そう言うと、エリザベッタ様はてくてくと歩き出した。
茂みから何かが顔を出している。
あれは……狼かな?
じいっとエリザベッタ様を見ている。
エリザベッタ様も狼を見る。
狼が唸る。
エリザベッタ様が近づく。
……!
危ない!
僕は慌てて、全体ガードを発動した。
狼が壁にガツンと当たったみたいになった。
エリザベッタ様に飛び掛ってきていたのだ。
危うく大変な事になるところだった!
「ふふふふ……」
だけど、エリザベッタ様は笑っていた。
「うふふ、あはははは……!」
嬉しそうに、その場でくるくる回りだす。
「ややっ、さては頭がパーになったっすか!」
すごく失敬な事をいいながら新聞屋が近づくと、エリザベッタ様は「えいっ」と叫びながら新聞屋に抱きついた。
「ぎょわーっ! ま、まさかの奇襲ー!!」
叫ぶ新聞屋を抱きしめたまま、エリザベッタ様はくるくる回った。
「やった、やったわ! 見ても死なない! 狼が死なないの! これで、私は誰も殺さないでよくなるわ!」
気が付くとエリザベッタ様は泣いていた。
望まないで得てしまった魔眼の力で、まともな人生を歩む事ができなかった人だ。
そこに希望を得たんだから、どんな気持ちだろう。
僕も嬉しくなって、ほっこりした。
「ククッ」
ベルゼブブの声がした。
僕と背丈が変わらないくらいの、銀髪の少年。
新聞屋を抱きしめて、感激の涙を流すエリザベッタ様を、彼は目を細めながら見つめていた。
ベルゼブブはなんだか嫌な感じの笑みを見せて、
「いや失礼。それじゃあ、僕は忙しいので、これにて失礼するよ。君たちが僕を倒しに来るのを首を長くして待っているからね」
そう言うと、指を鳴らした。
彼の頭上に、虹色の輪が出現する。
グレモリーちゃんが使っていたゲートの魔法と同じものだ。
ベルゼブブは詠唱もしない。
ゲートは、すぐに黒貴族を飲み込んで、消えてしまった。
なんだか嫌な予感がする。
欝展開のフラグに見えるけどその辺はなんとかなるよ!




