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第四十五話:ドMと姫と黒貴族

 かつてアッブートと呼ばれた町は、そんなに面白みがないところだった。

 大きさはそこそこだけど、商店街は大した大きさじゃなくて住宅地も彩りが少ない。

 僕が以前インターネットで見た記憶だと、あんまり特徴が無い地方都市みたいな感じだった。

 そこに魔女が二人降臨して、悪い意味で町は変わった。


 魔女イイーに率いられた地域は、カチカチッと規格が定められたお堅い感じに。

 魔女マドーに支配された地域は、とにかく荒れ放題。強いものが弱いものから奪う世界だ。

 町の人はこれでアッブートもおしまいだと絶望してたらしい。


 魔女ブンヤーと僕が作り上げた歓楽街は、不夜城だった。

 新聞屋が作った、物凄く長持ちする光の魔法が町を照らし出す。

 家々の作りはそんなに変わらないけど、どこの家も門戸を開いて娯楽施設になった。

 お酒に、笑い声に、楽しい事がたくさん。

 とにかく遊んで遊んで遊んで、そのほかの事は後で考える町になった。

 僕たちはアッブートにとっての救いだったのだ。



「だってさ」


 真夜中の町を見下ろしている。

 隣にはエリザベッタ様。

 こう暗いと、明かりの近くを注目しなければ人間なんて判別できない。

 なので、エリザベッタ様の魔眼も発動しないと言うわけだ。

 多分。

 実証はしてないよ!


「街明かりがとってもきれい……! それに、イリアーノの城下町と比べても、随分栄えたところなのね」


「人が集まってきてるんだと思いますよ。僕と新聞屋がここを離れた時よりも全然大きくなってますし」


 町じゃなくて、間違いなく街になってきている。

 そのうち国になるかもしれない。


 昨日、ディアスさんからはこの街に留まって、またみんなを率いてくれないかとお願いされたけど、僕は断った。だってこの街は、僕がいなくても全然やっていけるようになっていたし、それに僕は元の世界に帰るつもりがあるからだ。

 思い出すのは、今はもう懐かしい幼馴染の小鞠さん。

 またコブラツイストをかけてほしいなあ……。うへへ。


 ってことで、この街はディアスさんの街、という感じの名前に変わっていくはずだ。


「それじゃあエリザベッタ様、ご飯を食べましょうか」


「あら、アミはいいの?」


「新聞屋はきっとどこかで油を売ってるんですよ」


「こらー!!」


 噂をしたら出てきた。

 僕たちはこの街で一番高い建物……双尾の狐の本部に間借りしてるんだけど、ここはその最上階。

 新聞屋は僕たちの夕ご飯にはデザートが足りない! とか言って、下の階まで行っていたのだ。

 階段を上がってきた彼女は、両腕にいっぱいのフルーツを抱えている。


「あっしを置いてご飯を食べ始めようとは!! おのれ張井くん、血も涙も無い奴っすな!!」


「でも僕が同じ立場だったら、新聞屋は先に食べ始めるだろ?」


「もちろんっす」


 こいつめ。

 僕と新聞屋の間に流れたビミョーな空気に、エリザベッタ様が笑い出した。


「本当、二人といると全然退屈しないわ。ほら、アミもこっちに来て。みんなで頂きましょ」


 丸いテーブルに三人で向かい合い、食事を始める。

 もちろんノンアルコールだ。

 新聞屋は、この間のキッスからのえれえれ事件以降、全くお酒を飲まなくなった。随分ショックだったらしい。


 開け放たれた窓は大きくて、部屋の西と東についている。

 風が吹き抜けていくのが気持ちいい。もう少しすると冷たいくらいの温度になるので、ちょうどいい塩梅の風を感じられるのは今だけ。

 食事も大体終わって、そろそろ窓を閉めようかという頃合だ。

 僕たちを訪ねてやってくる者がいる。



 普通の人がここにいたら、みんな恐怖で凍りついたり、そいつの凄いプレッシャーで動けなくなったと思う。

 ちょうどベリアルの時と同じみたいに。

 ただ、そいつは僕たちの教室に初めて現れたとき、プレッシャーみたいなのを感じさせないように振舞う事ができた。

 今回はそれをやってないわけだから、ちょっと悪意を持ってやってきてるのかもしれない。


「僕も入って構わないかな?」


 窓際に腰掛けていたのは、僕と背格好が変わらないくらいの銀髪の少年。

 貴族っぽい服を着て、半ズボンで、高級そうな靴を履いている。

 顔はすっごい美形。


「あれ、あんたどっかで見た事あるっすね」


 見た事無いフルーツをもぐもぐやりながら新聞屋。

 エリザベッタ様も、きょとんと彼を見ている。

 そう、エリザベッタ様に見つめられても彼は死なない。

 そういう存在なのだ。


「お久しぶりですベルゼブブさん」


「やあ、久しぶり。僕の気配を感じてもなんとも無いんだね? 驚いた。随分強くなったものだ」


 彼は屈託の無い笑顔を浮かべた。


「お知り合いなの?」


「あ、はい。僕たちをこの世界に招いた黒貴族のベルゼブブさんです」


「これはこれは、当代一の魔眼の持ち主、エリザベッタ王女。お初にお目にかかる」


 芝居がかったベルゼブブの挨拶に、エリザベッタ様もきちんとした作法どおりの挨拶を返した。


「で、今日は何の用事ですか?」


 僕が聞くと、ベルゼブブはガクッと膝から崩れかけた。

 ノリのいい人だなあ。


「……君たちは僕の城を目指して来ていたんだろう? 再会できると思って楽しみにしていたら、寄り道ばかりでいつまでもやってこないから、こっちから来たんだよ」


「おおー、ご丁寧にどうもどうも」


「んお!? ま、まさかあっしたちをこの世界に呼び込んだあの銀髪っすか!? げげーいっ! これは危機的状況っす!!」


 理解が遅いよ新聞屋!?

 五分くらい遅い!

 あのタヌキ娘はすっかりゆるゆるになっていたらしい。


「で、君たちの望みと言うのは」


「エリザベッタ様の魔眼は本当にやばいのでなんとかしてください」


「うん、大変分かり易い望みだね。確かにこれは稀有な力だが、放置しておくと冗談抜きに人間が全滅しかねない。僕としてはそれはそれで楽しいのだけど……それを恐れた人間が彼女を殺したら勿体無いし、人間が減りすぎたら下から突き上げを食らってしまう。管理者として、大変難しい立場だよ」


 彼はそんな事を言って肩をすくめた。


「よくわかんないんですけど、つまりやれるんです?」


「やれない事は無い。だが、この能力は彼女の才能だ。それこそ僕ら黒貴族にも匹敵するほどのね。完全に封じ込める事はできない」


「と言いますと」


「スイッチでオンオフ可能にならできるよ。ちょっと面倒なモノが必要だがね」


「ほうほう、面倒なものっすか」


 そこで、ベルゼブブは目を細めて僕たちを見た。


「で、どうして僕が無償でそんな事をして上げなければいけないんだい?」


「あ、お金がかかるんですか」


「守銭奴っすなあ」


 おー。新聞屋は怖いものを知らないなあ。

 ちょっとベルゼブブのこめかみがピクッとしたぞ。

 あれだ。なんか僕たちもステータスが上がってきたせいか、ちょっとやそっとではビクつかなくなってきてる。

 エリザベッタ様が平然としてるのは以外だけど。


「お金なんか価値はないよ。ちょっとお使いをして欲しいのさ。お使いで手に入る副産物が、王女の魔眼をコントロールする助けにもなるだろう。……それから、ちょっとは口に気をつけろよ。これでも僕はガーデンを統治する黒貴族なんだからな」


「へえへえ」


 新聞屋が適当に返事をした。

 そうしたら、ベルゼブブがちょっと動いた。

 僕は咄嗟に「”かばう”」と宣言。

 直後にとんでもない衝撃が襲ってきた。僕はぶっ飛ばされて、危うく屋敷の壁を突き破りかける。

 多分、目にも見えない速さでパンチをしたんだと思う。

 だけど僕だってやられっぱなしじゃない。


「とりゃあっ」


 カウンターだ!

 相手の攻撃力によって威力が上がるぞ!

 僕の反撃を食らって、ベルゼブブの顎がカツッと音を立てた。


「へえ……」


 目を丸くしてベルゼブブが声を漏らす。

 顎を撫でながら、ちょっと笑った。


「君さ、今僕の攻撃を認識して反撃して来たね。これって僕が決めたルールの範囲を超えた反応速度だよ。それに」


 ベルゼブブは新聞屋を見た。

 新聞屋が無言でかざしている手のひらから、物凄く大きな槍みたいなのが出てきている。これを、ベルゼブブも片腕で止めているんだ。


「彼女の魔術も、常軌を逸した次元に足を踏み入れてる。これは一体、なんだい? どうして君たち二人だけが僕のルールを飛び越えて、これほど強くなっている?」


 口調は戸惑ってるのに、ベルゼブブの顔は凄く嬉しそう。

 にやけるのが止まらない感じだ。


「君たちはバグだ。僕の設定したシステムに発生したバグだね。これは……ちょっと予想がつかなくなってきた。暇つぶし以上の娯楽になりそうだぞ」


「御託はいいっす……! あっしの最強の土魔法を片手で受け止めるとは……お、お、お許しをー!!」


 あっ!!

 ちょっとかっこいい風だった新聞屋がいきなり土下座した!!


「新聞屋かっこ悪いぞ」


「うるちゃーい!! あっしの最強の個人攻撃魔法っすぞ! それが指先一つでダウンさせられたっすぞ!? も、もうだめだー! どうか、どうか命だけはお助けをー!!」


「アミは平常運転ねえ」


「ですねえ」


 この姿に、ベルゼブブは毒気を抜かれた顔になった。


「まあいいや。君たちはこれからもどんどん強くなりそうだ。ひょっとしたら、二人なら僕と本当に戦えるようになるかもしれないね? 楽しみにしているよ」


 そう言って去っていこうとした。


「ちょっと待って! ベルゼブブさん、ミッションとか言い忘れてるから!! お使いって何!」


 慌てて呼び止めた。

 ベルゼブブはうっかり、という顔をして、


「あ、ごめんごめん。あんまり興奮して忘れちゃってたよ。ええとね。この街の地下に、僕の友人であるアスタロトが作った新しめの迷宮がある。だが、そこが本格的に稼動する前に厄介な奴が住み着いてしまったんだ」


「厄介な奴ですか」


「そう。地竜さ。土や岩の中で生きるドラゴンの一種。年経た地竜は、名前を持つ悪魔をも凌駕することがある。そいつを……退治するか追っ払ってくれ。その時に、地竜の玉が手に入るかもしれない。それがエリザベッタ王女の魔眼を制御するための材料になるわけさ」


「おー。分かりましたー」


 とりあえず、当座の予定が決まった。

 今度は迷宮探索というわけだ。

 レヴィアタンがいた迷宮とはまた違うっぽい。


「アスタロトが殺す気満々で仕掛けた罠だらけだからね。期待しててよ」


「期待したくないですねえ……」


 ベルゼブブは楽しげに笑うと、窓枠に足をかけた。


「それじゃあ、楽しみにしてるよ。いつか僕の元にたどり着き、楽しい勝負ができることを祈ってる」


 彼の背中に、羽が生えた。

 薄い一対の虫の羽だ。それがぶぶぶぶぶ、と羽ばたきを始めてベルゼブブが宙に浮かび上がった。


 彼はそれなりの高さまで飛び上がると、消えた。

 その直後に、空を切り裂くような轟音が響く。

 これってソニックブームって奴じゃないだろうか。あいつ音より速いぞ!?


「ふいーっ、なんとか切り抜けたっすねえ。やっぱ化け物っすなあ」


 新聞屋が床にへたりこんでいる。


「あやうく漏らすところだったっすが、直前にトイレに行っておいて助かったっす」


「台無しだよいろいろ」


「まあまあ。でもまあ……かばってくれて、助かっちゃった。ありがと、張井くん」


「え、今なんて?」


「なんでもないっすよ! さあさあ、フルーツはまだ残ってるっすよ!! 張井くんが食わないならあっしが全部いただくっすー!!」


「うおー! 一口も食べてないのにー!!」


「私のデザートなら分けてあげるのに」


 そんなこんなで、明日からは迷宮探索ということになった。

 サクサク終わらせるぞ!

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