第四十四話:ドMとクラスメイトとSMの都への再訪
「ここを少し行くとアッブートと呼ばれていた町の跡になるけど……。物騒だから行かない方がいいと思うねえ」
まだしばらくこの村に滞在するという、バザーのおじさん。
親切に僕たちに教えてくれた。
アッブートっていうのは、僕と新聞屋がいた町。
委員長とマドンナは、僕たちとは別にこの町に転移してきていて、自分たちの勢力を築き上げて争っていたのだ。
そこに僕たちが介入して、色々あって町が壊滅した。
新聞屋が余計な能力に目覚めて、委員長とマドンナの能力を消してしまったから、今まで恐怖で支配されていた町の人たちが反乱を起こしたんだ。
それで委員長とマドンナが危ないっていうところで僕が助けた。
そこで戦ったのが、聖王国からやってきていた聖騎士のザンバーさん。
マドンナを処刑しようとしていたところを僕が止めて、それで戦いになった。
あの時は、手も足も出なかったなあ。
ザンバーさんが新聞屋に攻撃しようとしたんで、慌てた新聞屋が広範囲殺戮魔法をぶっぱして、その上でグレモリーちゃんのゲートに飛び込んで僕たちは町を脱出した。
その跡の町の事はしらないなあ。
「アッブートはひどい被害を受けてねえ。町の大半が消し飛んで、歓楽街しか残らなくなったんだよ。歓楽街の連中は、魔女ブンヤー様を崇めるってことで、聖なる動物タヌキ……猫の仲間らしいと聞いたんだけど……を祀った、双尾の猫っていう集団を作ってあそこにばかでかいスラム街を築いたんだ」
「ほへー」
まだ僕たちが去ってから一ヶ月も経ってないのに、随分大きな変化があったもんだ。
町じゃなくてスラムだっていうのは納得。
この間新聞屋がぶっ飛ばした盗賊の宿場町を思うと、まともな瓦礫も残らなそうだもんね。
「やったのは、ハリイとアミでしょう」
「えっ、そ、そんな、あっしは無実っすよ!?」
ズバリとエリザベッタ様に言い当てられて、鈍い汗をかく新聞屋。
新聞屋は嘘ばかりつくくせに、物凄く嘘を隠すのがへたくそだ。
「嘘おっしゃいな。こんなことができるのなんて、名前のある悪魔でも強いものか、黒貴族か、魔王しかいないわ。そうでないというなら、私が知ってる限りではアミしかできない。でも、アミの魔術は自分も巻き込んでしまうんでしょう?」
「はっ、コントロールができないっすね!」
「うん、それ致命的な弱点だし、元気よく言うことじゃないよね?」
「だから、アミはハリイと二人でいれば、自分の魔術からも守ってもらえる。アミがこうして無事でいるっていうことは、そこにハリイもいたと考えるのが自然だわ」
よく分かってらっしゃる。
僕と新聞屋が感心した声を漏らすと、エリザベッタ様は得意げにふふーんと鼻を鳴らした。
可愛い。
ということで、村をあとにした僕たち。
せっかくだからアッブートの跡地を見物していこうと言う事になった。
馬をぱっかぽっこと走らせる。
そうすると、見えてきた見えてきた。
更地が。
見渡す限り更地だった。
そこに町があった跡形なんて何も無かった。
クレーターになったり、湖になったりしてないだけ優しい被害だと思う。
ただ、多分ここにいた人の生存者はザンバーさんだけだね。
そのうちあの人が血眼になって僕たちを追って来そうでちょっとゾッとしない。
「見事なものねえ」
エリザベッタ様はしみじみと言い、手にしたパンにハムを挟んで食べた。
ハムは村でたっぷり仕入れてきたんだ。
原木からもらってきたから、切り落とししながらたっぷり食べられるぞ!
あと、野菜として豆を発酵させた瓶詰め。
不透明な瓶に発酵豆をつめて蓋をしたものらしい。
中ではずっと発酵が進んでるので、次々に食べていかないとシュールストレミングみたいなことになる。
この豆はやっぱりパンに載せて食べる。
酸っぱい納豆みたい。割と美味しい。
「新聞屋、エリザベッタ様、お茶どうぞ」
「おっ、気が利くっすね!」
「ありがとうハリイ」
無残な跡地を眺めながら食べる昼食。
美味しいです。
ちなみに僕たちは、こうやってエリザベッタ様のフラストレーションを発散する機会を設けている。
何せ人ごみに入ると、エリザベッタ様は目隠ししなければいけないのだ。
せっかく外に出られたし、新しい町にやって来ても、何も見る事ができないのではストレスが溜まるだろう。
今現在、エリザベッタ様はなんとかイライラを爆発させずに発散しているようだ。
まあ、塔の中でずっと我慢してきたんだから、いまさらなんだろうけど。
ご飯を食べ終わったところでまったり。
僕たちが向かう先はベルゼブブのお城だけど、イリアーノから持ってきた地図によると、そこはまだまだ遠い。
あちこち寄り道していってもバチは当たらないだろう。
「ということで、双尾の猫って言う人たちに会いに行ってみよう!」
「おー! 賛成っすよー!」
「わーわー」
新聞屋とエリザベッタ様がもろ手を挙げて賛成する。
そんな訳で、食休みを終えた僕たちは、同じく辺りの草を大体食べつくした馬を連れて更地の奥のほうに向かうことにした。
そこはなんていうか、昼間なのに薄暗い感じのところだった。
ピンク色の煙が流れてくる。
この煙、僕が雰囲気付けのために作らせたいかがわしいお香だね!
この先にいる集団、間違いなく僕と新聞屋の顔見知りだ。
荷馬車を走らせてパカポコと、無防備に近づいていく。
そうすると、
「おうい、そこの馬車! 止まれー」
髪の毛をそり上げたいかついおじさんが僕たちを止めてきた。
うん、旅をする中で、ひたすらおじさんと接触しまくってる気がするぞ。
僕は随分馬の御し方に慣れてきたというか、馬が僕を同類だと思ってきたのか、それなりに仲良くなっていたので、馬車は大人しく止まった。
「なんだ、子供が御者なのか……んん? ん!? ん――――ッ!?」
おじさんは近づいてきたと思ったら目を見開き、駆け寄ってきた。
僕を覗き込む。
鼻息がすごい!!
でも、ちゃんとお香で体臭とか口臭をケアしてるみたいで嫌な臭いはしないぞ。
「あっ、あなた様はーっ!!」
ははーっとひれ伏すおじさん。
そういえばこのおじさん、魔女ブンヤーの館に出入りする人の中に見た事がある気がする。
「おっ、なんか騒がしいっすねー」
新聞屋が奥から出てきた。
彼女を見て、おじさんは今度は五体投地する。
「おおおお、魔女ブンヤー様まで!! うおー! なんという日なのかーっ! 我らに生きる希望を与えて下さった不死身の少年とブンヤー様が共に訪れて下さるとはー!!」
「なにっ! ブンヤー様だと!?」
「不死身の少年まで!!」
「生きておられたのね……!!」
スラムの方からわんさか人が沸いてきた。
おじさん、おばさん、エッチなかっこのお姉ちゃんに、年端も行かない子供もいる。
みんなで僕たちを囲んで拝む拝む。
なんだか、ちょっと離れている間に僕たち神格化されてない?
「ふ、ふふふ、ははは、はぁーっはっはっは! 敬え! 崇め奉れっすー!!」
新聞屋が僕の横に立って、調子に乗って高笑いを始めた。
「おおっ、あの傍若無人な態度!!」
「頭に輝くタヌキの耳!」
「魔女ブンヤー様だー!!」
「伝説は本当じゃったー!」
伝説って何さ!?
そして、なんだか荷馬車の奥でうずうずしているひとの気配を感じる。
やばい!
ここでまた大虐殺を起こすわけにはいかないぞ!
「そ、それじゃあみんな、案内してくれるかな。僕たちはとある目的があってここに来たんだ! そのついでに、みんなが良くやっているかどうか見に来たんだよ!」
「な、なるほど……! では、お二人は大いなる目的のために旅立たれたのですな……!」
「うん、そう、それ」
そう言う事にしておこう。
「お二人が去られるのと同時に、マドーとイイーの支配地域がまるごと消え去りまして」
うん、よく知ってる。
「そこに暮らしていた人間たちも根こそぎ消えてしまいまして」
あー、胸が痛むねー。
「ですが、何故か我らの地域だけは無事で」
それは普通に奇跡だよね。
結局、僕たちが支配していたSMクラブ領域は被害を免れて、そこから各地域の生き残りを取り込んで規模を拡大したらしい。
いかがわしい宿屋もたくさんあったから、宿場町としての機能もあるし、基本歓楽街だから旅人たちもどんどんお金を落としていく。
僕の方針で、クラブの運営は明朗会計でやっていたので、ボッタくられる心配もないということで、今も評判は大変いいらしい。
で、彼らはそこで歓楽街の商業組合を作り、双尾の猫と名乗ったのだそうだ。
僕と新聞屋、二人の力で守り立てた町なので双尾。
本当はタヌキにしたかったけど、マイナーな動物過ぎて伝わらないので近そうな生き物として猫にしたそうだ。
タヌキは犬に近いんだけど、犬はなんか尻尾って言うイメージじゃなかったんだって。
「時折、外部から来た悪徳業者がボッタクリの店を展開しますが、我らは自警団を組織して随時摘発しております」
むふー、と鼻息も荒く言うのは、僕たちが来る前に歓楽街で一番偉かったおじさんで、ディアスさん。
今は総支配人という役職らしい。
ちなみに、未だにオーナーは僕と新聞屋。
その地位は僕たちが戻るまで、永久欠番なんだとか。
「SMクラブだけではいささかニッチでしてな。今では酒場や賭場、普通の娼館もやっておりましてな。今までも細々運営していたのですが、これをSMクラブ同様の明朗会計のスタイルにし、健全なイメージにしました」
「おおっ、素晴らしいです!」
この人はよく分かっている。
安心感と清潔感のある歓楽街! 誰でも足を運べて、予算に応じて楽しく遊べる街!
これはとっても大事なのだ。
娼館とか賭場とかはよく分からないけど、何事も正直な商売をしている方が後々良かったりするのだ。
「でも、なんかあっちの村ではスラム街って呼ばれてましたけど」
「あー、まだ城壁やら、とても再建できませんからなあ。その分、方々から傭兵を集めていますぞ。連中がここに集まることで、武力と言う壁ができますからな」
どうやらアッブートは、僕の手を離れて動き出しているみたいだ。
ディアスさんは誇らしげに、この街の未来の展望を語った。
うんうん。
喜んでもらえるなら、街一つうっかり滅ぼしてしまった甲斐があったってもんだよ。
でも正直な話はとてもできないね!
この街で、僕たちは数日間のんびりすることになる。




