第四十三話:ドMと姫とお買い物
「眠り草は少量を摂取すると、媚薬としての効果を発揮するの。アミがおかしくなってしまったのは、きっとそのせいね」
エリザベッタ様は博識だ。
暇な時、塔の中で何冊も本を差し入れてもらって読んでいたんだって。
この世界、印刷技術は無いんだけど版画方式で文字を紙にプリントした本がある。
だから、それなりにお金があれば庶民だって本を買える。
文字を読めるかどうかは別だけど。
ということで、エリザベッタ様の住まいは本に包まれていて、お陰で色々な雑学に詳しくなったみたい。
この間の事件でショックを受けている新聞屋に、エリザベッタ様は得意げに語った。
新聞屋の彼女らしいところは、町ひとつを消してしまったというのに、気にしているのが自分の唇のことという所。
まあ僕の全体ガードも間に合わなかったからね。仕方ないね。
「地図で見るに、あの宿場町は盗賊の根城の町でもあったみたい。見て、ちょっとだけ主な街道から外れているのね。盗賊たちに襲わせて、ここに追い込んでから身包みをさらにはいだり、人買いに売ったりするのね。ひどい人たちだわ!」
「うむ、あっしたちは悪くない!」
「そうだそうだ!」
そう言う事になった。
この話はこれでおしまい。
「いいっすか、張井くん。あの事件はアルコールと眠り草がやらせた一時の気の迷いっす! あっしがあんな、あんなことを」
「初キッスは酸っぱい味がしたよ!」
「きちゃまー!!」
「うわー! 痛い痛い! 僕を叩きながら魔法を連打するなよう!」
『HPがアップ!』
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
『魔力がアップ!』
『精神がアップ!』
『愛がアップ!』
『魅力がアップ!』
「あらあら、二人は本当に仲良しさんなのね」
くすくす笑うエリザベッタ様、本当にやめてほしい。
むしろ僕は、エリザベッタ様みたいな深窓の令嬢っていう人が好き……なのかしらん?
「ぬうぅぅ、張井くんを倒すには今のあっしの力では足りないっすね……! さらに強力な魔法を作り上げないと……!」
前々から、新聞屋が次々に新作の魔法を繰り出すので疑問に思っていたんだけど、どうやら新聞屋は持っている魔法を組み合わせたり発展させたりして、新しい魔法を次々に作れるらしいのだ。
光魔法のレベルごとに、魔法融合みたいなのが用意されてるんだって。
何そのチート。
「あっしが万を持して作り上げた魔法をことごとく跳ね返すあんたが言うっすかー!!」
「いやー、だって攻撃されればされるほど硬くなるんだもの!」
あっ、今のちょっとエッチな意味合いも含んでたね。
そんな風にわいわい騒ぎながら、僕たちはまた街道に戻ってきた。
少し行くと牧歌的な感じの村が見えてきた。
普段は静かでのどかな雰囲気なんだろうけど、今日はなんだか賑やかだ。
どうしたんだろう。
「あらー、色とりどりの屋根が見えるわね」
「あっ、エリザベッタ様、これ以上見ないでください!」
「あっ、ごめんなさい」
危うく村で謎の大量死が発生するところだった!
僕と新聞屋は、いつものフードをエリザベッタ様に被せた。
視線を遮るので、エリザベッタ様が周りを見回すことができなくなるんだ。
ちょっとかわいそうだけど、オープンにしてるとそれこそ地獄絵図になるので仕方ない。
歩くのも大変になるので、僕か新聞屋が手をひいて上げる必要が出てくる。
「お、あれは行商人が来てるっすね! 村の中心にバザーができてるっすよ!」
「素敵! ねえハリイ、アミ、私行ってみたいわ」
「じゃあ行きましょうか」
そういうことになった。
僕たちはこの村からするとよそ者ということになるんだけど、外見が子供っぽいというのは悪い事ばかりじゃないみたいだ。
「なんと、子供だけで旅をしてるのかい。そりゃあ大変だなあ」
今度は本格的に気のよさそうなおじさんが声をかけてくる。
顔や手とかが赤銅色に日焼けしていて、普段からずっと農作業をしてるっぽい人だ。
この辺はいわゆるステップ地帯っぽくなってて、あちこちに畑みたいなのがある。
「この乾燥している土地に育つ作物というと、ディア麦ね。地中深く根を伸ばして、地下水を吸い上げる多年草よ。麦に良く似た実をたくさん実らせるの」
根が長くて、土の中から幅広く養分を吸収するので、植えておくと五年間くらい収穫できるらしい。それで、その後十年くらいは土地を休ませてまた養分を蓄えさせる。
なので、あちこちに何も実ってない畑もある。
「ほれ、食っていきな。うちの麦で作ったパンだ」
「ありがとうございます!」
「坊主小せえなあ! たっぷり食ってでかくならないと駄目だぞ!」
「はーい!」
おじさんは僕の頭をぐりぐり撫でる。
ディア麦のパンはぼそぼそしてて、物凄く濃い麦の味がした。塩と小麦粉しか使ってないので仕方ないのかもしれない。
これを家畜のミルクと一緒に食べるんだって。
僕の横では、新聞屋がアクセサリーみたいなのを手にとってエリザベッタ様に手渡している。
エリザベッタ様は、渡してもらった商品をフードの中に入れて眺めているみたい。
「素敵ねえ。私も何か欲しいなあ」
「そっちのお嬢ちゃんが顔を隠してるのはどうしてだい? 今日は曇っているし、顔を出したって焼けやしないぜ」
バザーの商人さんが不思議そうに言う。
「そりゃあ女の子が顔を隠すって、決まってるっすよ! 察して欲しいものっすなあ」
「あ、お、おお、そうか! こりゃあ悪かったな!」
なんか勝手に察した。
とりあえず僕も何か見繕っておこう!
実は、新聞屋とSMで内政無双したときに結構お金を溜める事ができたのだ。
僕のお財布には、ひと財産と言えるくらいのお金が詰まっている。
「じゃあ、このブローチください。あと、こっちの指輪!」
「おや、坊や太っ腹だね! 女の子たちへのプレゼントかい?」
「そうです!!」
包み隠さぬ僕の男らしいこと!
商人のひともおじさんも、ほっこりした顔をしている。
僕が選んだブローチは、エリザベッタ様に。金色の猫目石が台座にはまっていて、石の中央に、一直線の銀色の線が入っている。
指輪は新聞屋に。魔法使いって指輪とか杖とか使って魔法使いそうじゃん。
「ありがとうハリイ! 大切にするわね」
「な、なにぃ! 指輪……だ……と……!? 馬鹿な、あっしの退路は既に断たれているというのか……!!」
「色々な意味で新聞屋の反応は面白いなあ」
赤瑪瑙の指輪。
どっちも石は大きくないし、そんなに立派なものじゃないけど、派手すぎるとまたこの間みたいな盗賊に狙われそうだし。
「それじゃあ、私からは二人に、おそろいのマントを買ってあげる」
「お揃い!?」「お揃い!?」
僕と新聞屋の声がハモッた。
僕たちの光景が楽しげに見えたのか、村の人たちも寄ってくる。
外見が外見なので、僕たちは全く危なく見られない。おじいさんおばあさんから、大人や子供まで来て、僕たちは旅の話をすることになった。
お昼ごはんをご馳走になりながら、割と正確にこれまでの経緯をお話したんだけど……。
「うわー、面白いなあ。兄ちゃんたち詩人になれるよ!」
「本当に。まるで本当の事みたいにお話を聞かせてくれるのだもの。楽しいわー」
うん、作り話だとしか思われて無いみたいだ!
地下洞窟でレヴィアタンと会って、砂漠を森に変えた話とか。
町ひとつを支配する二人の魔女と関わった話とか。
塔に閉じ込められたお姫様を助け出す話とか。
確かに、我ながら事実とは思えないなあ。
結局、何度かアンコールされてお話をしたところで日がとっぷり暮れた。
僕たちは店じまい前のバザーで、明日以降の食料をたっぷり買い込んで荷馬車に戻った。
「張井くん、エリザベッタ様、ここのおじさんが井戸を貸してくれるっす! 馬の世話も手伝ってくれるっすから、今の内に体を洗っておくっすよ!」
新聞屋が荷馬車の幌から顔を出した。
なるほど、では僕はまた外で待たなければいけないんだな。
安全の為にも、僕はすぐ目の前で二人の姿を目に焼き付けたいと言うのに!
「張井くん、覗いたらコロス!!」
「はっはっは、できるものならやってみたまえ」
軽口を叩き合って、荷馬車の陰と外に分かれた。
影から水音が聞こえてくる。
……おや?
村の若い衆らしいのが何人か、そろりそろりと荷馬車の陰に近づいている。
いけない!
死ぬぞ若い衆!
そこで水浴びしているのは、悪魔とか魔物よりもずっと危険な女子二人だ。
「こんな村に若い女の子が来るなんてな」
「見たかよあのおっぱい! 俺はあの子を嫁にするんだ」
「フードの子も手とか真っ白でなー。きっと美人なんだぜ!」
僕は彼らの背後に近づいた。
こんなところで若い命を散らしてはいけない。
君たちの煩悩は痛いほどよく分かるけど、今君たちの目の前にあるのは桃源郷じゃないぞ。
地獄の入り口だ。
彼らが荷馬車と畜舎の間に作られた、即席の水浴び場を覗こうとしたところで、僕は後ろから襲い掛かった。
「”河津掛け”!!」
「ぐわーっ!!」
「だ、誰だー!!」
一人が反撃しようとするのに合わせて、
「”全体カウンター”!」
「ぐわー!」「ぐえー!」「ごわー!」
彼らは僕のカウンターを食らってばたーんと倒れた。
「随分騒がしいっすな?」
「やあ新聞屋、安心するんだ。賊はやっつけたよ! あと今日も眼福ありがとう!!」
「ぎにゃー!! 見るなっすー!? ”土の……”」
「うおー!? 新聞屋やめろー! ここには他の人もいるんだぞー!?」
僕は慌てて、倒れた人たちを引きずりながら逃げた。
しかり新聞屋のうっかりぶりにも大変助かる……いや、困ったものである!
少しすると、倒れていた人たちも気づいたみたいだ。
「うう、こ、ここは」
「ごめんなさい、僕がやりました! でも覗きはいけないと思います」
「うっ、そ、そうだな」
「くっ、あわよくば夜這いしようとしたなんて言えないぜ」
ひえーっ。
若い女性に飢えている田舎の村は、これはこれで危険だなあ。
どう危険かと言うと田舎の村の若者が全滅する。
ここも、明日には発ったほうがよさそうだ。
その夜、僕がうとうとしていたら、誰かが僕の懐に丸いものを載せた。
これは……ヘルメット?
「ま、張井くんには必要ないと思うっすけど、何の役に立つかわからないっすしな。これからもあっしの盾として励んでくれたまえ! はーっはっはっは」
「アミ……うるさい……」
まあ、半分夢みたいなものだ。
あの新聞屋がプレゼントをくれるなんて、ありえないのだ。
僕はヘルメットを抱きかかえたまま、今日もまたぐっすりと眠った。




