第四十話:ドMと姫と聖王国と
成り行き任せでイリアーノ国境を抜けた僕たち。
遠くの方に見えるお城は、聖王国の王城グレートホーリーとか言うやつ。
物凄く大きい。
「本で読んだことあるのだけど、五百年前に魔術の力で建てられたお城らしいわ。何度か改築しているらしいのよね」
エリザベッタ様が、保存食をパクパク食べながら言う。
一国のお姫様が干し肉とかどうかなーと思うけど、これはこれで美味しいって。
「聖王国に入ったら、また弁当でも買うっすかねえ。道が舗装されてないとこんだけやりづらいんすねえ」
「僕たちの国ってすごかったんだねえ」
「ホソウ? ホソウってなあに? 本でも読んだことが無いわ」
「舗装っていうのは地面をなんか、こう、アスファルトとかコンクリで覆って平たくして、車で走りやすくするやつっすな」
「へえ、地面を何かで覆うなんて聞いたこともないわ」
エリザベッタ様が目を丸くしている。
でもすごく興味ありそうだ。
「あれって何が材料なんすかねえ? 土砂? なんかそのまんまにしとくと固まっちゃう灰色の土砂っすかね?」
「なんだろーねえ。アスファルトとか黒くてベタベタした土?」
「へええ……それってとっても興味があるわ」
後日、この僕たちの話から、エリザベッタ様が街道を整備する技術を開発するんだけど、それはまた別の話。
イリアーノ側からは追手がかからなくなった……というかイリアーノの追手と国境の守備が悲しい事故で全滅したので、僕たちはこうやってのんきに休憩している。
馬ももりもりと草を食べている。
「でも、これって不用心じゃないかなあ」
僕が疑問を口にすると、ふふーんと新聞屋が鼻を鳴らした。タヌキイヤーがピコピコしている。
「あっしの大魔法があるっすよ! 多少被害が出るっすけど、あれさえあればなんとかなるっす!」
「でもあれって、委員長とマドンナが居た街だとザンバーさんに通じなかった気がするんだけど」
「あ、あれであやつは死んだかもしれないっすし! あっしもパワーアップしてるっすし!」
「聖王国ってあのレベルの人がぞろぞろいた気がするんだよなあ」
「ギギギ」
エリザベッタ様が首を傾げている。
そうだなあ。このお姫様、今までずっと塔の中に閉じ込められていたから、世の中のこととか全然知らないのだ。
「エリザベッタ様、聖王国というところは、すごく強い騎士がたくさんいるんです。聖騎士っていうらしいです」
「聖騎士は知ってるけれども、そこまで強いものなのね。お伽話ではなかったのねえ」
「そうそう。少し前の僕が全然刃が立たなかったのです」
「まあ」
わっはっは、と三人で呑気に談笑しているとだ。
いきなり目の前に、見覚えがある人が登場した。
「あっ」
「やあ、久し振りだね」
なんだか瞬間移動してきたみたいに見えるけど。
「きゃ、いけない」
エリザベッタ様が慌てて顔を隠す。
だけど、視線で間違いなくその人を捉えてしまったみたいだ。
瞬間移動してきた人の周りで、何か透明な光みたいなのが、何枚もパリンパリン割れる。
「おおっ……これがエリザベッタ姫の即死の魔眼……!! 結界を張っていなければ私も危ないところだったよ」
「あなたはニックスさん!」
「ああ、久し振りだね二人共、あの時グレートホーリーから逃げ出してしまった時は、随分驚かされたものだよ」
この人は、聖王国で宮廷魔術師をやっているニックスさん。
なんだか凄腕っぽい人だ。
「あの時は騙されたが、君たちが連れていた小さな女の子は悪魔だったのだね」
「はい、嘘をついておりました。ごめんなさい」
「むっ」
素直に謝られるとは思っていなかったようで、ニックスさんがちょっと困った顔をする。
「あのう、私たちは別に聖王国に何をしようと言うわけでもないので、このまま素通りしたいのだけど」
「そうはいかないのだよエリザベッタ王女。仮にも非友好国の王女が国内を通過するなど、許されることではない」
「やっぱり」
顔を隠したままガッカリするエリザベッタ様。
どうやらニックスさんが呼んだ聖騎士たちがやってくるらしい。
ガシャガシャ音がするんだけど、途中で音は止まってしまった。
ニックスさんが困った顔をする。
「……というのが建前なのだが、鍛え上げた精強な聖騎士といえど、エリザベッタ王女の魔眼に一睨みされてしまえばおしまいなのだよ。これ以上、彼らは近づくことが出来ない。弓距離であっても、エリザベッタ王女の視界に収まってしまったらおしまいなのだからね」
「ええっ、私、そんなにチラチラ人のこと見たりしません」
「今も私の結界がちょっとずつ壊れていっているのだが……。チラチラ見ているのでしょう?」
「は、はい」
実は好奇心旺盛なエリザベッタ様かわいい。
好奇心旺盛と、見たものを殺す魔眼のコンボ。これって凶悪かもしれない。
「じゃあ、僕たちをスルーっとスルーすればいいんですよ!」
…………。
ちょっとだけみんなが静かになる。
ひゅるーっと風が吹き抜けた。
「おお!? 今張井くん上手いこと言ってやったとか思ったっすね!? さむっ! 超サムイっすよそのギャグ!!」
「や、やめろよ新聞屋、掘り返すなよう!!」
『精神がアップ!』
『魔力がアップ!』
「ザンバー卿も帰還していることだし、おそらく先ほど国境線が壊滅したのは君たちの仕業であると喝破していたよ。再戦を望んでいるようだが……私としても、聖王国防衛のかなめとなる騎士を無駄死させる気はなくてね」
ニックスさんがチラチラお姫様を見てる。
これで分かったのは、お姫様の即死効果はステータス依存じゃないということ。
見た瞬間にその相手が100%死ぬ効果……というのとはちょっと違うっぽい。
感じ的には、エリザベッタ様に見られると、ものすごい速度でHPが減るんだ。で、HPがゼロになったら死ぬけど、なるまえに即死耐性を閃けば死なない。
どんなに強くても、即死耐性を閃かないと死ぬ。
そういう能力なんだこれ。
多分、エカテリーナ様は即死耐性を閃いたくちなんだね。
あれっ、じゃあ僕と新聞屋も即死するところだったんじゃないか?
ひえー。
「全ての聖騎士団は私が止めているよ。彼らがここに来たところで、全滅する可能性があるからね。君たちが連れている王女というものは、それほど危険な存在なのだよ。たった一人でこの世界のバランスを崩す存在と言っていい。………いや、それを言うなら君たち二人もそうだな」
「あー、確かに僕と新聞屋はベルゼブブが作ったシステムのバグみたいな感じだって思ってたんですよね」
「え、あっしはバグっすか!? デバッグとかされたくないっすなあ」
「???」
僕たちは呑気に語り合う。
ニックスさんとしては、妥協点を探り出したいみたい。
エリザベッタ様が顔を隠さないで周りを見回すだけで、一つの国が滅びてしまいかねないとか。
多分、エリザベッタ様に見えないところから狙って一撃で仕留める以外に方法はないんだと思う。
だけどそれが、万一エリザベッタ様に見られたら、狙撃しようとした人が死ぬ。
エリザベッタ様はちょっと触ると死んじゃいそうなくらいひ弱だけど、触らないで無数の人を殺せる。
ふむふむ。
「そんじゃあ、僕たちを通す方法があればいいんですよね? 大義名分?」
「うむ、そういうことになるね」
「めんどくさいからあっしが聖騎士団を一掃するというのは!」
「それは全力で止めさせてもらおう」
おっ、ニックスさんが本気だ。眼が光る。
新聞屋は半笑いになって揉み手した。
「えっへっへ、やだなー、あっしがそんなことするわけ無いじゃないっすかー。旦那も人が悪いっすなー」
おっ、なんか嫌な汗かいてるよ!
新聞屋は本能的に強い相手を見ぬく能力は高いからね! 今はまだニックスさんに勝てないと踏んで……って、ニックスさんどれだけ強いんだ!?
「じゃあ、僕たちはイリアーノからの大使にするとか」
「君たちは彼の国の正式な認可を受けていないだろう? というかエリザベッタ王女を拉致するも同然のやり方でここまで来ているはずだ。国家間のマナーとしては、他国の要人は迎え入れなければならないのだよね……」
「いやあ、事をめんどくさくしてすみません」
「ああ、私もなんとなく、君たちが世の中の決まり事やルールを無視して動く存在だということがだんだんわかってきたよ」
「おお、あっしたちの理解がハヤイ! ニックスさんは出来た大人っすなあ」
「私も、望んでハリイとアミに連れ出してもらったのよ。二人共とっても面白いの」
「ああ、我々としては面白いどころが頭が痛くなる案件ばかりもってきてくれる二人だがね」
結局僕たちは、聖騎士団を岩山一つ越えたところに待機させつつ、今後の方針を話し合った。
そして、常に丘や岩山を一つはさみながら、聖騎士団に追い出される格好で聖王国領をぬけ出す方向で話が決まったのだった。
「いろいろめんどくさいっすなあ。国の面子ってやつっすか」
「そういうことだな。私も任期中はこの面子を守っておかなくてはならなくてね」
結局、僕たちと同行できる唯一の存在がニックスさんなので、このおじさんを含めて四人で行動することになった。
聖王国側から水と食べ物も買い取り、いよいよ突破だ。
ベルゼブブの城に続く、小国がたくさんある地域を行くことになる。
「では、私はここまでだな。なるべく騒ぎは起こさないでくれよ。聖王国としては揉め事があると、裁定に行かねばならない事があるからね」
「前向きに検討します!!」
僕は玉虫色の答えをすると、馬を走らせたのだった。




