第四話:ドMと半魔娘と姫騎士
新聞屋大暴れでござる。
突然だが、僕は今投獄されている。
能天気にみんなで街道のど真ん中を歩いていたのだが、けもみみとオークを引き連れていたのが悪かったらしい。
悪魔に与する者だと言われて、通りかかった騎士団に捕まってしまったのだ。
「ぶひいっ! お、俺は人間だぞ!!」
「どこに豚のような頭をした人間がいると言うのだ! くそっ、こいつ凄い力だ!」
「みんな、話せば分かる! 何故だか日本語が通じるみたいだから、話せば分かるったら分かるんだ!」
富田くんを捕まえようとする騎士に僕が話しかける。
いきなり切りかからないだけでも人道的な気はする。
僕たち丸腰だしな。
よく考えたら、丸腰でのしのし街道を練り歩いていたのが間違ってた気がするなあ。
すると、騎士団の偉い人っぽいのがでてきた。
長い金髪をポニーテールにして、兜代わりのかっこいいデザインの鉢金をつけた綺麗な女の子だ。
「悪魔にしては弱すぎる気がするな……。おい、お前たちは何者だ?」
「僕たちは……げぶう!」
「てえーいっ!! 隙ありっすー!!」
いきなり僕は、新聞屋に背後からダイビングボディプレスを食らって顔面から転倒してしまった。
むうっ!!
後頭部におっぱいが当たる!
絶対これ、宝の持ち腐れだよね!?
「へっへっへ、騎士さまぁ、実はあっしは、こいつらに無理やり脅されて従ってただけでして……」
新聞屋がもみ手しながらへりくだる。
「そ、そうなのか?」
「エカテリーナ様、このような者の言葉に耳を傾けるなど……」
「へっへっへ! あっしはもう、騎士さま! エカテリーナ様のために、こうして! このにっくき奴を、勇気を振り絞って制圧したわけでして! ええ!」
新聞屋が倒れた僕の頭に座る。
うおお、お尻のボリュームがすごい!!
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
『愛がアップ!』
『魅力がアップ!』
しかも強くなったし!
「う、裏切るのか新田あ!!」
「裏切るぅ? ハッハァー!! あっしは最初からお前らのことなんざ気に入らなかったっすよぉー! ささ、エカテリーナ様! いえエカテリーナ殿下! 閣下! 陛下! この豚めをサクーッとハムにしちゃってくださいませ!」
「あ、ああ」
エカテリーナも騎士たちもちょっと引き気味である。
僕は感動すら覚えていた。
ここで裏切るか新聞屋! 凄いなあ……!!
そんなわけで、僕たちは新聞屋の手引きによって全員捕らえられたのである。
(新聞屋にやられて)ぼっこぼこになった僕は、地下牢みたいなところに転がされている。
これは臭い。
「ああ!? なんで男があたしの牢に入れられてるんだよ!」
ドスの効いた声がした。
おおっ! こ、この声は……。
僕の背筋が、期待でゾクゾクする。
なんとか起き上がった僕の目の前に現れたのは、黒い肌の野生的な美女だった。
「その女はな、悪魔との混血なんだ。近場の村で殺しや盗みを働いたから、こうして処刑される日まで閉じ込められているんだよ」
「あたしはやってねえ!! 濡れ衣だって言ってるだろうが!!」
黒い肌に、硬質の黒髪。耳の上から、小さなヤギの角のようなものが生えている。
瞳の色だけが金色で、それがなんとも神秘的だ。
「僕は信じてますよ、お姉さん!!」
「なんだよお前は!? 気持ち悪い!」
僕が彼女をフォローする声をあげたら、いきなり蹴り倒された。
「そうやってスケベな目つきで眺め回してくる男は、あたしは信用しないことにしてるんだよ!!」
むき出しの筋肉質な足が、僕の胸を上から踏みにじる。
こ、これいいぞぉ。
「はあ、はあ、お、落ち着いてくださいお姉さん! もっと、もっと下を踏んでください!!」
『HPがアップ!』
「くっそ! なんだよお前! 気持ち悪い!!」
ガンガン僕を踏みつける。
靴なんか履いてないから、直に足の裏の肉感が分かる。
『HPがアップ!』
『愛がアップ!』
これを見ていた兵士が、慌てて牢を手にしていた棒で叩いた。
「おい、やめろ! 死んでしまうだろうが!!」
棒で牢の隙間からお姉さんを突けばいいのに、そうしない。
きっと、そうしたらお姉さんに棒を奪われてしまうのかもしれない。
「とにかく……あたしはやってないんだ!! それに、あたしはちゃんと名前がある! イヴァナって言う、母さんからもらった名前があるんだ!」
「分かりましたイヴァナさん! では存分に踏んでください!」
「くそおおおっ!!」
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
さて、たっぷり踏みつけられて、満足した。
なんだこの牢獄。
パラダイスか。
そうこうしていると、兵士がエカテリーナ様を呼んできたようだ。
彼女はイヴァナに踏まれて喜ぶ僕を見て、絶対零度の視線を向けてきた。
うは、すごい! 見下されるとゾクゾクする。
『魔力がアップ!』
魔力きたわあ。
「お前たちの素性を調べさせてもらった。あのルミナという女から聞いたのだが、なんとも信じられぬ話だ」
瑠美奈は階さんの名前だ。
彼女のことだから、包み隠さず克明に語ったことだろう。
「もう一度、お前にも問おう。お前たちは、ベルゼブブが召喚した異世界の人間なのか? つまり、あの黒貴族の玩具なのか?」
「黒……貴族……!?」
それまで、割と楽しそうに僕を踏んでいたイヴァナさんだったが、黒貴族という単語を耳にすると青ざめ、牢にへたり込んだ。
「な、なんだよお前、あいつらの回し者なのか!? いやだぞ! あたしは絶対、悪魔なんかにならない!」
「落ち着いてください。僕たちは別にベルゼブブの回し者じゃないです!」
僕は落ち着き払って立ち上がった。
踏まれすぎて、ちょっとふらつく。
お、これHPがやばいかな。
どれ、ステータス。
名前:張井辰馬
性別:男
種族:M
職業:M
HP:28/36→123
腕力:3
体力:9→11
器用さ:5
素早さ:3
知力:4
魔力:0→1
愛 :15→17
魅力:2→3
取得技:ダメージグロウアップ(女性限定、容姿条件あり)
あ、思ったよりダメージ受けてない。
って言うか、HP上限がガッツリ上がったんだなあ。
これ、どうやって回復すればいいんだろう。
誰か回復の魔法を使える人はいないかな。
「へっへっへ、張井くん、観念した方がいいっすよ! 姫にして騎士であらせられるエカテリーナ様の前では、全ての真実は丸裸っすからね!!」
「うおっ、出たね新聞屋!」
なんか、こいつだけこの世界の衣装に着替えて、すっかりエカテリーナ様の腰巾着みたいになっている。
「よし、兵士! 棒を貸すっす! こんな男、この棒でこうして! こうして! こう叩けば真実を吐くっすよ!! げっへっへ!!」
「きゃあ、いたいいたい!」
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
痛いのに、ピンポイントでゾクゾクくる辺りを叩いてくるから、また強くなったぞ。
これってどういうマッチポンプなんだ。
しかし、嬉々として僕をいたぶる新聞屋。
こいつ、チラチラとエカテリーナ様を見てるから、媚びてるつもりなんだろうなあ。
「ぼっ、僕たちはベルゼブブが、暇つぶしに呼んだって言ってましたよ!! ぼ、僕たちがベルゼブブを倒せば戻れるって! だから、そのために力をもらったんです!」
「なに、力だと!?」
エカテリーナ様は兵士に命じて、新聞屋を羽交い絞めにさせた。
「グエエエー!? は、はなせー! ばかなー! あっしはエカテリーナ様の右腕だったはずーっ!?」
「何を気持ち悪いことを言うのだアミ。私の右腕ならここにあるぞ……? おい、ハリイとやら。お前が手にした力とはなんだ? それを教えてくれ。あの強大な黒貴族を倒す助けになるかもしれん!」
調子に乗りすぎた新聞屋は、兵士どもに押さえ込まれて、棒でお尻を叩かれている。
ぎゃぴー、とか、ぎょえー、とか女子にあるまじき悲鳴が聞こえてくる。
「はい。僕の力は……」
「力は……?」
「女の子にいじめられると、ぐんぐん強くなる力です……!!」
「は?」
「はあ?」
エカテリーナ様と、固唾を呑んで見守っていたイヴァナさんが、ぽかんとした顔になった。
その横で、解放されたらしい新聞屋がへたり込んで、涙目になっている。
「ひええ、ひどい目にあったっす! あっしが何をしたと言うっすかあ……! ぐぬぬ、ただでさえ大きいお尻が腫れてしまったっすよ! ええい、”癒しの光”っす」
きゅぴーん、と新聞屋の指先が光って、どうやら回復効果があるらしい光が放たれる。
新聞屋、君、能力を自己申告した時に嘘ついたね!?
「ひひぃっ!? あ、あっしは悪くないっすよ!? そ、そう、これはたった今覚醒した、あっしに秘められた力っす!!」
「癒しの魔術……!! しかも、詠唱することなく……!! お前たちは本物なのだな!」
かくして、僕は牢から解放され、新聞屋はあと三十回ほど尻を叩かれた。
エカテリーナは、イリアーノ王国という大国の第七王女にして、騎士団を率いる騎士団長の一人。
僕たちはこの、姫騎士エカテリーナの食客となったのである。