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第三十三話:ドMとクラスメイトと聖騎士団

 心配していた……というわけじゃないんだけど、やっぱり聖騎士団はやってきた。

 イリアーノ王国vs遊牧民の対決は、決闘で僕が勝利した事で、一応はイリアーノの勝利と言う事になった。

 撤退していく遊牧民を見送りながら、さて、この地域を占領するぞと軍隊が動き出した時だ。


「この戦争は我々が預かろう」


 そんな事を言う人が現れたのだ。

 それが聖王国エルベリアの聖騎士団。

 背中に大き目の斧を背負ったごつい男の人が先頭だ。


「聖騎士団か……」


 何故だか、エカテリーナ様の口調がほっとしていたような気がする。


「これでこの戦争は無しになった。聖騎士団の介入を受けたわけだからな」


「どういうことなんです?」


 僕が首をかしげると、階さんが代わりに返答した。


「それはですね。この世界では見たとおり、戦争は儀礼的なものなのです。人的被害を出し過ぎないように小競り合いをして、決闘によって最後の決着をつけます。なぜなら、人類共通の敵は、人類ではなく悪魔だからです。この戦争は、悪魔と戦うために人類が互いを鍛えるための行為という建前になっています。だから、決闘の結果は絶対。遊牧民の方たちが去っていくのでも分かると思います」


「おお、階さん詳しい」


「暇な時間に資料を読ませてもらっていましたから。そして、聖王国は絶対に自ら戦争を仕掛けず、領土拡大を行わない国家です。そして、聖王女という特別な力を持つ女性を輩出することから、世界の裁定者としての役割を持っているそうです。彼らがこの戦争に意義はなく、即座の停止を命じたなら、それに従わねばなりません」


 なるほど、色々ルールがあるんだなあ。


「彼らの権力を裏打ちするのが、聖騎士団という集団ですね。一人ひとりが、最低でも先ほどの遊牧民代表の女性に匹敵する実力を持っているそうです」


「えっ、準勇者級なのかあ。じゃあ、ザンバーさんは凄く強いんじゃないか。ナンバースリーだもんね」


「張井くんが何を言っているのかよく分かりませんが、恐らく私たちが知らない何かに接触していますね」


 階さんの目がキュピーンと光った。


「ちなみに、イリアーノの独立都市、ルキフルスは、北部諸国最大の宗教である暁の星教団の総本山で、そこと聖王国は犬猿の仲です」


「ドロドロしてるね」


「ドロドロなのです」


「じゃあもしかして、イリアーノ王国は聖王国の停戦勧告を無視しちゃうことも」


「ありえますね」


「でも、今イリアーノ軍の一番偉い人はエカテリーナ様なんでしょ?」


「いえ、姫様は御輿ですね。実際は本国の息がかかった将軍が後ろに控えています」


 難しい事になってきてるぞ。

 エカテリーナ様を見てると、停戦する気満々だ。

 そもそもこの人、多分優しい人なので、戦争とか嫌いなんじゃないだろうか。

 ちょっと緊張のほぐれた顔で、出羽亀さんと談笑していたりする。


 すると、聖王国の体格がいい人がこっちにやってきた。


「失礼する。私はエルベリア聖騎士団の副団長アストン。貴女がイリアーノ軍の最高指揮官でしょうか」


 お、物腰が丁寧だ。

 僕のお父さんくらいの年齢なのに、娘ほどの年のエカテリーナ様にきちんと敬語を使っているぞ。


「いいえ。私はイリアーノ第七王女エカテリーナ。此度の戦いには、あくまで一将軍として参加しております」


「おお、噂に名高い竜殺しの姫君であられましたか」


 アストンさんの声に、形式ばかりじゃない敬意が混じった。


「姫様は、十五歳の誕生日に、単身で海峡を荒らすはぐれ海竜を退治されたそうです。それ以降、各国に竜殺しの姫と名前が轟いておられるようです。ちなみに、それにならってエカテリーナを名乗る女性があちこちで増えたとか」


「ほうほう」


 凄い人だったのだなあ。

 くっころなだけではなかったのだ。


「では、イリアーノの指揮官はどちらに」


「わしだ」


 急に横柄なおじさんの声がした。

 振り返ると、でっぷり太ったおじさんがやってくる。

 その人は僕たちに見下すような目線を向けた。


「第七王女殿下。いかに軍に同じ年頃のものがいないからと、流民の子供ばかり集めるのはいかがなものかと思いますぞ」


「スタッカリーノ将軍、彼らは流民の子供などではない。私の友であり、仲間だ」


「ふん、ご自分のお立場を理解される事ですな。いかにアルフォンシーナ殿下が失脚されたとはいえ、御身が謀反を企てた疑いはまだあるのですからな」


「そこまでにしていただこう」


 険悪になってきた空気に割って入ったのは、アストンさんだった。


「私はエルベリア聖騎士団が副団長アストン。スタッカリーノ将軍、この戦いを預かりますぞ」


「お断りだ」


「何っ」


「我らは教団の教皇から、聖戦を行えとの命を受けてきているのだ。北方諸国の軍も参加しておる。いまさらどうして手ぶらで戻る事ができようか」


「聖王国の裁定ですぞ」


「知った事か! こちらは教皇の勅命だぞ!」


「ですが宗教が違うので教皇の勅命は意味がないです」


「えっ」


 階さんがいったー!

 いったいった、階さんがいったー!

 とにかく空気を読まずに正論を撒き散らす階さんが、しれっと会話に紛れ込んでいる。

 聖王国とイリアーノだと宗教が違うのかあ。

 確かにそれだと、権威があるなしとか難しくなるよね。

 将軍は一瞬唖然として、すぐに頭から湯気を立てながら真っ赤になった。


「なななな、なんだお前は! 下賎な民がわしに意見するな!」


「論点をすり替えてははいけません。聖王国の裁定は、この世界全体における停戦のルールを司っているのですから、異教の教皇の権威よりも上に来ます。ですからこの場で教皇の権威で押し通すことは、世界のルールそのものを敵に回す事になります」


「ええい、小癪なガキめ、黙れ!!」


「あっ」


 階さんの正論に反論できず、将軍は怒って剣を抜いた。

 エカテリーナ様が、アストンさんが対応して動く。

 だけど、僕のほうが速いね!!


「そぉい!」


 僕は自ら将軍の剣に飛び込んだ。

 経験から、あのへっぴり腰では全然痛くないことが分かってるから、躊躇することもない。


「うわっ!」


「えっ」


「きゃっ」


 将軍、アストンさん、エカテリーナ様が驚きの声をあげる。

 剣は僕の体にぶつかって、一瞬しなった後、ぽきんと折れた。

 僕は飛び込んだ勢いで、顔面から地面に着地する。


「階さん無事かい!」


「ありがとうござざいます張井くん。まさか正論を言っただけで斬られそうになるとは思いませんでした」


「いや、そこは予想しておこうよ! リスク管理ガバガバだよ階さん!」


 その場は大混乱だ。

 見た目は、停戦の使者がいるところで将軍が剣を抜いたように見える。

 結局剣は折れてしまったし、僕は全くダメージを受けてないしで、何事もなかったんだけど……。


「ふむ、イリアーノ側の意思は分かりましたぞ。まだ続けるとあれば、我ら聖騎士団がお相手しましょう」


「ふ、ふん! 知っておるぞ! 今聖騎士団は南方の砂漠の洪水と、東方の都市国家の混乱を収めるために人員を裂かれていることを! それにこの場で貴様を葬ってしまえば……!」


「絵にかいたような無能将軍です」


「階さん!」


「きちゃまー!!」


 将軍のヘイトが全部階さんに集まった!!


「ええい、者ども! このガキどもと聖騎士を斬れ!! わしは教皇から勅命を受けておる! つまりわしの命令は教皇の命令だぞ!!」


 兵士たちが嫌そうに動き出す。


「馬鹿な真似を……」


 エカテリーナさんが嘆いた。

 この先に起こることをもう分かっているようだ。


 アストンさんは僕たちを守るように進み出ると、


「致し方ありませんな」


 斧を抜いた。だけど、将軍とその取り巻きの軍勢に向けるのは、斧の背中だ。


「噂に名高い聖騎士の強さなどしょせん、何倍にも大きくしたほら話よ! これだけの人数で押しつぶせば物の数では……」


「行きますぞ。”円月斬”!!」


 次の瞬間、アストンさんが物凄い速度で回転した。

 回転しながら、将軍たちに向かって突っ込んでいった。

 アストンさんに触れた途端に、兵士たちが、「もぎゃ」「みぎゃ」「むぎゃ」「めぎゃ」「まぎゃ」と声を上げて、四方八方に吹っ飛ばされて行く。

 斧の背で殴っているから、全部峰うちみたいだ。これが刃のほうだったら地獄絵図だね!

回転が止まると、兵士の数が一割くらい減っていた。


「ひ、ひいー」


 将軍取り巻き兵士が悲鳴を上げた。

 士気崩壊っていうやつだ。


「な、な、なんだこやつは……! 化け物め!」


「今のはまだ、小手調べの技だろうに……」


 エカテリーナ様が溜め息をつく。

 すると、将軍はエカテリーナ様に向いて、裏返った声で叫んだ。


「な、な、何をしているのだ第七王女! 化け物には化け物、お前の出番ではないか! 教皇の勅命だぞ! あの化け物を殺せ!! お前の役割はそれくらいしかないだろうが!!」


「なっ!?」


「このじじい!」


 出羽亀さんと馬井くん、富田くんが怒りの声を上げる。


「姫様、だめです。あんな奴の言う事なんて聞いては」


 出羽亀さんはエカテリーナ様に言う。なんか泣きそうな顔をしている。

 だけど、エカテリーナ様は諦めたように首を振った。


「いや、仕方ないのだ。私はイリアーノの将軍。上からの命令には、愚かな命令であっても逆らう事は……逆らえぬようになっているのだ」


 なんだろう、この感じは。

 何やらエカテリーナ様がイリアーノに従っている理由は、第七王女だからという以外にもありそうだ。

 だけど、このままだとエカテリーナ様とアストンさんが戦うことになってしまう。

 それはいやだぞ。

 アストンさんもいい人っぽいし。

 やはりここは、僕が中に入るしか。

 でも、この人たち間違いなく、最低でもザンバーさんクラスだからやばそう。

 僕死ぬかも。

 いや、エカテリーナ様に斬られるならご褒美なんだけど……。


 悶々と考えていたら、突然、ぞわっと来た。

 周囲にたくさん立っていたイリアーノの兵士たちが、みんな落ちつかなそうに周囲を見回す。


「な、なんだ!? どうしたのだ! ほら、何をしておる! その男を殺すのだ第七王女! なにをしてぷらわぎゃっ」


 将軍は最後までいえなかった。

 彼はちょうど、それの進行方向にいたのだ。

 それは多分、目の前の邪魔なおでぶを軽く払っただけ。

 それで将軍はぐちゃっとした塊になった。


「フゥーム……」


 赤いマフラーをした男だった。

 黒い帽子にコートを羽織っていて、まるでこの世界の格好じゃない。

 僕たちの世界の姿に近い。


 ぎゅっと、僕の手を握る人がいた。

 この小さい手は、グレモリーちゃんだ!

 わあい、グレモリーちゃんとまた手を繋いじゃったぞ。


「ハリイ、に、に、にげ、にげるです」


「どうしたんだい」


 グレモリーちゃんは、僕が初めて見る顔をしていた。

 それは恐怖だ。


「あれは、かかわってはいけないものです……! あれは、あれは」


 黒い帽子の男は、ひさしの下から僕を見た。

 あまり表情の分からない、真っ黒な瞳だった。


「魔王、ベリアル……! 現存する最後の魔王です……!!」

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