第二十八話:ドMと騎士団と軟禁
イリアーノが攻めてくるっていう話だったけど、僕はエカテリーナ様がそういういうことをするなんてとても信じられなかった。
「エカテリーナ王女様と知り合いなんですけど、なんかの間違いじゃないですか」
って言ったら、珍しいものを見る目で見られた。
ニックスさんが嘘発見の魔法を使ってなかったら、絶対大ぼらだって思われただろう。
「そうだね。それに関しては説明してあげよう」
ニックスさんが細かに説明を始めた。
生徒は僕、委員長、マドンナ。それと新聞屋は隅っこでもう寝ている。無駄に大きな胸がテーブルで潰れているぞ。
「イリアーノ王国は、かつて北部諸国連合と、東原を支配した最大の国家だったんだ」
なんだか懐かしい黒板みたいなものに、白い石で絵を描いていく。
それはちょうど、僕たちが知るイタリアからギリシャ、トルコまでの範囲の簡単な地図だった。
東原っていうのは、遊牧民が暮らしているステップの地方なんだって。
ニックスさんは、イタリアからギリシャ、その東までをぐるっと円で囲った。
「ここまでが、イリアーノ王国全盛期の領土だ。イリアーノはさらに勢力を広げるべく、聖王国へ何度も兵を派遣した。その都度、イリアーノと聖王国間では戦争が起こっている。この間にも、何度も人と悪魔の戦争である人魔大戦が起こっていると言うのに、実にのんきな事だ」
ニックスさんは腹を立てているようだった。
「だが、百年ほど前の事だ。イリアーノは長い支配を続ける中で、すっかり腐敗してしまった。地方を任された貴族が、勝手に税制度を作って金を集めるようになったのだ。支配地住民の生活を考えない重税は、たちまち人々の反感を買った」
「あー、それは怒りますよね。お金取られるのやですもん」
「まあ人間はそういうものだ。だが、税金は国を運営するお金だからね。払わなければ住むところがそもそも立ち行かなくなる」
「じゃあ、それだけは払わないとですね!」
「うむ、だが、イリアーノ貴族は不必要な税金をかけて、これで金を自らの懐に集める事に腐心するようになったのだ。元から支配者であるイリアーノを良く思っていなかった者たちは、これを機会に叛乱を起こした」
「想像力の欠如ですよね。相手も人間だって想像してなかった……」
委員長は、なんだか自分に言い聞かせてるみたいだ。マドンナも神妙な顔で頷いている。
この二人、随分仲良くなったなあ。
「そういうことだね。そこで、聖王国は叛乱を起こした勢力に加担した。彼らを支援し、イリアーノの支配地域を開放していったんだ。聖王国は領土を取らない。世界を支配しようと言う欲が無い特異な国家だ。だから、地域を開放した後は、そこに国家を樹立させ、聖王国は手を引いた」
「へえ」
「イリアーノの領土は現在の、この半島付近のみまで縮小する。だが、彼らはまだ世界に覇権を唱える事を諦めてはいないぞ」
「諦めがわるいんですねえ」
「諦めきれるものでもない。常に拡大したいというのは、国家の本能みたいなものだよ」
「なるほど」
「君がエカテリーナ王女の知己だったとしても、国が一度動き出した流れは、個人の意思など容易に飲み込んでしまう。王女は今、イリアーノという強い奔流に巻き込まれていることだろう」
「それはいけない! 僕はエカテリーナ様を助けたいです!」
ここまで、僕たちと対等な目線で話してくれていたニックスさんだったが、答えは断固としたものだった。
「それはできない。君たちはこの国の人間ではない。大人ですらない子供だ。子供を戦わせるような事を、聖王国は選択しない」
と、いうわけで。
僕たちは、とりあえず状況が落ち着くまでは客人として丁重に迎えられる事になった。
南の都市国家で起きた爆発の証人だし、エカテリーナ王女の知り合いでもあるからだ。
多分これって、軟禁という奴だと思う。
僕たちはそれなりにいい家に閉じ込められた。
外出は自由に出来たけど、必ず見張りがついた。
強そうな聖騎士の人だ。
ザンバーさんくらい強いと、悔しいけど今の僕では勝てないと思う。
「聖王国はイリアーノと戦争するんですか?」
「ふむ、正確には違うかな。イリアーノが狙っているのは東原で、あちらの遊牧民の国と事を構えようとしているんだ。我々は遊牧民たちへの加勢になるだろうね」
この世界の戦争の形はちょっと変わってる。
兵士の数が戦力になるのは確かだけど、それぞれの国に何人か、ザンバーさんみたいなものすごく強い人がいるそうなのだ。
兵士が小競り合いして、ある程度戦場の形が決まってきたら、それぞれの地域で強い人が出てきて一騎打ちする。
強い人が勝った方は、その土地をもらい、負けた方は撤退する。
昔の戦国時代の一騎打ちみたいだけど、違うのは一騎打ちする側が、本当に一騎当千なくらい強い事だ。
エカテリーナ様の事を聞いてみてびっくりした。
彼女はどうやら、イリアーノの強い人枠に入っているみたいなのだ。
全然そういうのは分からなかったけど、確かにエカテリーナ様が使った技は物凄かった。
そうすると、もしかしてザンバーさんとエカテリーナ様が一騎打ちすることがあるかもしれない。
そしてエカテリーナ様が死んでしまうかもしれない。
そう思うと、僕はいてもたってもいられない気持ちになった。
夜になると、僕の部屋の外で言い争いが聞こえた。
委員長とマドンナと新聞屋らしい。
なんだか、誰が僕の部屋で一緒に寝るかと言う話で争っている。
なんだなんだ。
まるで僕がもてているみたいじゃないか!
部屋は、僕専用の男子部屋と、広々とした女子部屋に分かれている。
委員長とマドンナは、何かと理由をつけて僕の部屋に遊びに来た。
そして、夜に件の言い争いが起こると、ちゃっかりグレモリーちゃんが僕の部屋にやってきて、僕のベッドに潜り込んで寝るのだ。
「ハリイがけついをかためたら、いつでもにがしてあげるです。おうじょうはけっかいがつよくて、ゲートをつかえないですけど、ここならつかえるですよ」
「僕としては今すぐにも行きたいんだけどなあ」
「あわててはいけないです。いまのハリイはまよいがあるです。いけばしぬですよ。おちついてじゅんびをととのえるです」
そう言って、ベッドの中で僕の頭を撫でてくれるグレモリーちゃん。
悪魔とは思えないほど優しい。ようじょ最高。
昼間は、久しぶりに自分のステータスを確認した。
名前:張井辰馬
性別:男
種族:M
職業:M
HP:109450/109450
腕力:6
体力:321→450
器用さ:8
素早さ:6
知力:4
精神:163→190
魔力:115→140
愛 :344→498
魅力:25
取得技:ダメージグロウアップ(女性限定、容姿条件あり)
クロスカウンター(男性限定、相手攻撃力準拠)
全体カウンター(男性限定、固定ダメージ)
河津掛け(相手体重準拠)
反応射撃(射撃か投擲できるものが必要、相手攻撃力準拠)
全体ガード
HPはどんどん上がってる。
体力だって増えているけど、これじゃ駄目な気がする。
強くなっているから、いつかはザンバーさんよりも強く慣れるかもしれないけれど、そのいつかが、いつ来るのか分からない。
今すぐ、もう少しでも強くならないといけないのだ。
だったらどうすればいいだろう。
僕はステータスを眺めて考えた。
出羽亀さんがいないから、相手のステータスはわからない。
できるだけ僕のステータスを上げていくしかないのだ。
足りないもの。
僕に足りないもの。
「っと、”水の銃撃”!!」
マドンナが魔法の名前を口にすると、その指先から猛烈な勢いで水が飛ぶ。
それは、庭園においてあった石ころを粉々に砕いてしまった。
「よーし、水の魔法、段々使えるようになってきてるわ」
「それじゃあ、私もやってみる。……”火炎防壁”!!」
委員長の目の前に、突然炎の壁が生まれた。
それは、委員長の指の動きに合わせて、自在にその形を変える。
「へえ、やるじゃない井伊さん」
「元の力が使えない分、こちらを鍛えておかないと。ずっと張井くんに頼りっぱなしというわけにも行かないですから」
「だよね。あいつに負担ばっかかけらんないもんね」
委員長とマドンナは、元々持っていた力を使えなくなってしまった。
新聞屋が使った魔術消去は、自分の魔法と反対の魔法を打ち消す力を持っていたみたい。
新聞屋は、光と土の魔法を使える。
だから、闇と風の魔法を打ち消したのかもしれない。
正直、僕は新聞屋が何かを隠している気がしてならない。彼女は絶対に本心を口にしない子だ。
実は、物凄い事ができるようになっているのかも。
……単純に何も考えていない可能性のほうが高いかな。
「あ、そうだ」
ここで僕は思いついた。
この魔力を遊ばせておく必要はないじゃないか。
魔法を教えてもらえばいいんだ。
物理ばかりじゃなく、魔法も使えるようになれば、僕はもっと強くなれるかもしれない。
僕は魔法を教えてもらうべく、魔法の先生の下に向かったのだ。
そう、グレモリーちゃんのところに!




