第二十七話:ドMと騎士団と作戦会議
「しかし、この物騒な時期に面倒ごとが増えたものだ」
男の人はダレンと名乗った。
ダレンさんは困った顔で頭を掻きながら僕たちを案内する。
僕たちがどうやってこの練兵所に入ってきたか分からないので、すぐに返すわけには行かないと言うことらしい。
なぜなら、城の警備に穴があって入れるならば、それは大変なことだからだ。
グレモリーちゃんは借りてきた猫みたいに大人しい。
角を引っ込めて、どこからどう見ても可愛いようじょだ。
「グレモリーちゃん何で大人しくしてるのさ」
「ここはきけんなところです! グレモリーがあくまだとわかったら、やっつけられてしまうです! しにはしないですけど、グレモリーはいたいのはやです!」
仮にも悪魔であるグレモリーちゃんが恐れるほど、強い人たちがいる場所ということだろうか。
「ううう……張井くん、怖いです」
「張井、あ、あたしたちを守りなさいよね」
「うん、分かってるから僕の両腕を拘束するのは止めて欲しいなあ……」
もう、さっきから委員長とマドンナの態度がおかしい。
僕に優しくするなんておかしすぎる。
もっと僕を馬鹿にするような目をしていたはずなのに。言葉の端々にあざけりが見えているのが堪らなかったのに。
「おやおや、張井くんすっかりハーレムっすなあ。うらやましいっすなあ。げっへっへ、あっしもあやかりたいものっすねえ」
新聞屋は一切ぶれない。
このゲスっぷり、癒される……!
「ひとまず、ここにいてくれ。施錠はするが、用を足しに行きたい時は外にいる者に言うように。見張りがつくのは仕方ないと諦めてくれ」
通されたのは、鉄格子で窓を塞いでいる部屋だ。
夜になると木戸を下ろして窓を完全に塞ぐみたいだけど、今は開けっ放しになっていて、格子の隙間から風が吹いている。
あからさまに僕たちを監禁する部屋なのだ。
「ちょ、ちょっと待って欲しいっすよ! あっしは無実っす! 洗いざらい全てを話すので、あっしは監禁しないでほしいっすよ!」
「あっ、新田、このやろっ」
「新田さん最低っ!」
「ムギャオー! 離せ、離すっすー!? ぎゃー!! 扉を閉めないで欲しいっすよおおお!! あっしの話を聞いてええええ!?」
寸でのところで、裏切りそうな新聞屋をマドンナと委員長が押さえ込んだ。
さすがの動きだ。
ちなみにここに来るまで、怪我はマドンナの魔法で治してある。
委員長もマドンナも、いつもの綺麗な顔だ。
「うおおーん、あっしは無実に罪に囚われてしまったっすー!!」
オロローンと嘆く新聞屋。
いやあ危ない危ない。
こいつグレモリーちゃんを売る気だったな。
まあ、あからさまに物言いが怪しいので、ダレンさんも無視したみたいだ。
このあと、僕たちの事を調べに魔術師がやってくるというので、それまで僕たちはこの部屋に閉じ込められる事になる。
「ふう、たすかったですよハリイ。つるぺたとぽちゃもいいしごとをしたです。あやうくグレモリーがニッタにうられてしまうところだったです。グレモリーのゲートはせいかくなのに、こんかいはなぞのちからにひっぱられてしまったですよ。なにもかも、ニッタがものすごいまじゅつを、かんがえなしにつかうのがわるいです!」
「なんですと! あっしは悪くないっす! 正当防衛っす! ハッ!? そ、それというのも全ては張井くんがあっしに奴の視線を集めたせいでは……!!」
「やめなさいよ! 張井はあたしを庇ったのよ! 悪いのはあたしだわ。だからあたしを責めなさいよ!」
「おやおや、マドンナともあろう人が、このドMに随分肩入れするっすねえ。あれ? あれあれ? ひょっとして惚れてしまったっすかぁ?」
すごい!
新聞屋のゲスっぷりが絶好調だ。
マドンナは顔を真っ赤にして、答えられなくなって唸っている。
そんな事ないわよって言ってやれ言ってやれ。
「そ、そ、そうよ! 悪い!?」
「あれー?」
「あれれー?」
僕と新聞屋が首をかしげた。
そこはもっと、あれじゃない? 必死になって否定するとか、そういうのがお約束だよね?
「だって、殺されるかもしれないっていうのに、あたしを助ける為に出てきたのよ!? 誰もあたしを助けようとしなかったし見てもくれなかったのに、そいつだけがあたしのために進み出たの! これに惚れないとかありえないでしょ!!」
金切り声で叫ぶマドンナ。
うわあ、こんなマドンナ初めて見るぞ!
なんか涙目になってるし。
すると、彼女の脇に委員長がやってきて、そっとマドンナの手を取った。
「わかる。私も張井くんのこと好きになったみたいだから」
「えっ」
「えっ」
困惑顔の僕と新聞屋。
なんだ、なんだろうこれは。
新聞屋が冗談交じりに言っていたハーレムとやらではないだろうか。
もう、ハーレムそのものじゃないだろうかこれは。
ううーん、ううーん。でも、違うんだよなあ。なんだか、僕の望んでいるハーレムとは違うんだよなああ……!
そしたら、新聞屋がそそくさと離れて行った。
「な、なんで離れていくのさ新聞屋!」
「えっへっへ、リア充オーラがあっしには眩しすぎっす……! もう、どうぞこのあっしを犬と呼んでください」
うわ、新聞屋が卑屈になった!
こいつ、リア充とかが苦手だったのか。
「いいことです。ハリイはがんばったです。これぐらいのごほうびはとうぜんです!」
「そう言えば張井、その小さい子はなんなの? まさか、あんたの……」
「えっ!? 張井くん不潔です!」
アッ!!
それ、それだよ!
その猜疑心に満ちた視線! それが欲しかったんだ!
『魔力がアップ!』
『せいしんがアップ!』
ふう、堪能してしまった。
ちょくちょくそうやって僕を蔑んだり、怪しんだりしてくれれば、僕としてもこの人間関係はやぶさかではない。
「誤解の無いように言っとくと、彼女はグレモリーちゃんといって、僕や新聞屋を色々手伝ってくれたすごい人なんだ」
「な、なんだ、そうだったのね」
「張井くんに限って、そんな小さい子に手を出したりしないと思っていました」
なんか僕への信頼が上がっててとてもむずがゆい。
嬉しくないわけじゃないが、フクザツだ。
そんな風にやり取りしていたら、あっという間に時間が経ってしまった。
窓から差し込む光が赤くなってきたから、もう夕暮れなんだろう。
委員長とマドンナは一回ずつトイレに行った。
何故か僕が付き添いで選ばれて、見張りの人と一緒にトイレの前で待つことになってしまった。
新聞屋は三回トイレに行ったけど一人で行かせた。
そして、僕たちを尋問する魔術師がやってきた。
一見すると、高そうな服に己を包んだおじさんだ。
この世界の服って、僕たちの世界のものよりも作りが荒い。
だから、きちんとした服を着てるだけで、そういうのを買える財力があるって分かるのだ。
「君たちが突然練兵所に現れたと言う子供たちだね」
彼はゆっくり、僕たちに語りかけた。
優しい口調だ。相手が丸腰の子供ばかりなのだから、そこまで身構えてないんだろう。
広いテーブルについて、対面は魔術師さん。
僕の側は、右から委員長、僕、マドンナ、グレモリーちゃん、新聞屋。
とりあえず新聞屋は現在、孤立無援体制である。
まあすぐ裏切るし、人を売ろうとするから仕方ないね。
「どこから来たのか。それから、やってきた時の経緯を細かく教えてくれないか」
「多分、南の方から来ました」
「ふむふむ。確かに本当のようだ」
あ、この人、嘘発見器みたいなのを使っているっぽい。
僕たちの発言にあわせて、手元に握った何かを確認してる。
これは嘘とか言えないぞ。
「じゃあ、どうやって来たんだね?」
「魔法が暴走して、それでやってきました」
少なくともグレモリーちゃんのゲートは正確に発動しなかったし、新聞屋の魔法に邪魔されたから、嘘ではない。
「魔法……? ああ、魔術の事か。南方では魔術の事をそう呼んでいるのかね?」
「僕たちのところではそうですね」
嘘ではない。
「なるほど、おおよそは分かった。これまでの話に嘘はないね。確かに南方の都市国家で、巨大な魔力の暴走が確認されている。これが君たちを聖王国へ飛ばした原因だろう。その都市国家は三人の魔女に支配されていてね。救援の要請を受け、聖騎士団のナンバースリーが向かっていたはずだ」
うわ、ザンバーさん聖騎士団のナンバースリーだったのか。
「私は現在、聖王国で宮廷魔術師をしているニックスと言う。あと二、三質問いいかな?」
「あ、はい」
「ひい! あっしたちは何もしてないっす! むしろあっしが無実っすよ! だからあっしを早く解放してほしいっす!」
あっ、ばか。
「ふむ……嘘だね、それは」
ニックスさんの目が細くなった。
ひええ、怖い!
グレモリーちゃんが顔を真っ青にして硬直している。
魔術師だっていうのに、悪魔であるグレモリーちゃんよりもすごい相手なのか、この人!
「だが私の目からは、君たちに魔力のようなものは感じられない。もしや……君たちは我々とは違った法則で動いてはいないかな?」
物凄く核心をついてくる質問。
こ、これは答えられない。
答えたら、ベルゼブブと僕たちが関わっていると知られてしまう。
なんでか分からないけど、この聖王国でベルゼブブの知り合いだと知られるのはやばい気がする。
だって、悪魔のグレモリーちゃんが必死に自分の素性を隠そうとしているんだ。
「どうなのかな」
ニックスさんは、僕たちの返答を待つ。
僕も、委員長も、マドンナも、嫌な汗をかいている。
新聞屋は……、あ、ばか! また余計な事を言おうとしてる!! 誰かあいつを止めて!
そうしたら、意外なところから助けはやってきたんだ。
ノックの音。
「失敬、ニックス殿、ついに……」
「なんと。暁の星の老人も気が急いていたようだね。予定よりも一月以上早い東征だ」
やってきたダレンさんが、ニックスさんと話し始める。
二人とも難しそうな顔をしている。
どういうことだろう。
「せんそう、ですね」
グレモリーちゃんが呟いた言葉に、ニックスさんは頷いた。
うわ、本当ですか。




