第二十一話:~sideマドンナ~不壊の壁
あたしは、洗脳の力で操る連中を連れ、ブンヤーこと新田亜美の支配領域までやってきた。
町の連中、あたしたちを見て怯えている。
別に取って食いやしないけど、邪魔するなら容赦なく殺してしまうかも。
この世界に来たばかりの教室で、最初は人を盾にする事に抵抗があったけど、そうしないと井伊のやつに殺されるところだったもの。
今じゃ、あたしのために他人の命を使うことに、良心の呵責なんてない。
「マドー様、ここから先がブンヤーの領域です」
「ああ、そう。じゃあ、蹂躙なさい」
「御意」
あたしの命を受けた連中が、武器を手にして走っていく。
すぐに、あちこちで悲鳴が上がった。
……悲鳴?
「ひゃー! 新しいプレイかあ!」
「こら! 刃物は禁じられているでしょう? この鞭になさい! ええい、鞭を手に取りなさいったら!」
「ぎゃあ! 鞭で叩くなーっ!」
なんだかあたしが想像した、阿鼻叫喚の地獄とは違った光景が展開されている気がするわ。
こういうのって面白くない。
ムカムカする。あたしじゃない誰かの意思が働いている気がするのだ。
だからあたしは、朗々と宣言する。
「お聞きなさい!! 魔女マドーのお出ましよ! この地域を支配しに来てやったわ! 抵抗する者は容赦なく殺すわよ!!」
かつてクラスで、アイドルめいて持ち上げられていた頃なんて片鱗も無い。
あたしは今や、恐怖の対象。
圧政を敷く支配者なのだ。
でも、それでもいいじゃない?
だってだれもが、あたしを前にすると、意思が無い人形に変わってしまうのだから。
あたしの宣言は、効果覿面だった。
「ひいっ、ま、魔女マドー!? どうして!」
「攻めてきたの!? いやーん! プレイじゃないならお呼びじゃないわよお!」
「この間はイイーで、今度はマドー!? 魔女戦争でも起きるのか!?」
あちらこちらで悲鳴が上がるけれど、ちょっと待って。
イイーって、井伊の奴が来たってこと? それってちょっと聞き逃せない。
あたしは奴隷に命じて、それを口走った奴を捕まえてきた。
さて、あたしの洗脳をこいつにかけてしまえば、すぐに奴隷に出来てしまう。
だけど、奴隷になるとなる前の記憶っていうのが曖昧になるのよね。
正しくは、あたしが上手く質問しないと、そいつが覚えている内容を話す事ができなくなる。
融通が全然利かなくなるってわけ。
「ねえ、あんた、あたしが誰だか知ってるわよね?」
「ひいっ、ま、魔女マドー……!? ま、まさかこんな子供だったとは……」
むかっと来た。
「殺せ!!」
「はっ」
「お、お助け、ぎゃあーっ!!」
血がしぶく。
あたしが手にかけたわけじゃない。奴隷が殺したの。
あたしは死体には目を向けない。だって、これはあたしが悪いんじゃないから。
「他に、イイーが来たのを知っている奴を連れて来なさい!」
あたしは辛抱が効かない。
せっかく尋問出来そうな奴をすぐ殺させてしまう。
だけど、替えなんて幾らでもいるじゃない。
結局あたしは、二人目を捕まえて、そいつにも子供扱いされて、むかっとなった。
馬鹿みたいな、黒い皮の下着をつけた女。
おっぱいとか大きくて、新田を思い出してむかつく。
「殺せ!」
あたしはこいつも、奴隷に処分させようとした。
だけど、
「ちょっと待ったあー!!」
ザザーッと滑り込んでくる奴がいる!
「ぬおっ!?」
奴隷も驚いて、そいつに向かって武器を振るう。
だけど、その武器は滑り込んできた奴の服の表面で弾かれてしまった。
奴隷になっても、感情はある。
そいつらの基本的な思考が、あたしに忠実なロボットになるだけだ。
だから、驚きだってするし、焦りもする。
奴隷は、焦ってめちゃくちゃに武器を振り回した。
「えっちな格好のお姉さん!! 僕が滅多切りにされているうちに逃げるといいよ! うん、今度そのヒールで踏んで、お尻にお灸を……!」
「不死身の少年様! ありがとうございます! 必ずこのお返しはSプレイで!」
「ブラボー!!」
「くそっ、くそっ、なんでこいつ、武器が通じないんだ!? くそっ、くそーっ!!」
奴隷は必死になって、堂々と背中を向けているそいつに武器を叩きつける。
だけど、武器はまるで硬い壁に弾かれてるみたい。
そいつの服すら全く切れないのだ。
あたしはそいつを知っている。
「張井……! あんた、なんでここにいるのよ!」
「やあマドンナ。久しぶりだね!」
張井だけがあたしを呼ぶ、古臭い呼び名。
何よそれ、昭和? 外国の歌手?
張井は完全に奴隷を無視していた。
そいつの攻撃なんて、全く効いてないのだ。
だけど、ちょっとうざったそうな顔をした。
言うなら、顔の周りを飛び回る、蚊を気にした風な。
「すまないが、男はだまっててくれないか!!」
張井は丸腰。
だけど、叫びと共に拳を構えたと思ったら、
「げふっ!」
武器を振り下ろしたはずの奴隷が、顎を砕かれて倒れていた。
おかしい。
あたしの知ってる張井はこんなに強くない。
まさか、こいつも特殊な能力をもらったの?
「マドンナ、しばらく見ない間に太ったね! でも、まだギリギリ可愛いよ!」
「うるさいっ!! 殺せ! 殺せっ!!」
あたしの命令に従って、今度は奴隷たちの中でも強い一団が張井に向かっていく。
「マドー様の命令だ! 死ね、小僧!」
「ア”アァ”イ”ッ」
「ぐわー」
だけど、張井が形容しがたい叫びと共に投げつけた石で、次々打ち倒されていく。
奴隷たちは、剣の斬撃を飛ばすことができるけれど、それも張井を傷つけられないのだ。
そして、張井はとてもつまらなそう。
「男はっ」
「もうっ」
「たくさんだよっ!!」
張井が魂を込めた感じで叫んだ。
すると、あたしには見えた。
張井の頭上に、ピコーン、と何かが閃いたのだ。
「僕は今っ、とりあえずマドンナに近づくために強くなったぞっ! 食らえ、全体カウンターだ!」
ださいっ!
何その名前!?
だけど、間抜けな名前とは違い、張井が放った技はとんでもない。
切りかかった奴隷を、例のカウンターで殴り返す瞬間、その場にいた男の奴隷全員が、全く同時に顎を砕かれて崩れ落ちたのだ。
あたしの守りは、無くなってしまった……!
「くっ、張井、あんた……!!」
「はぁーっはっはっはっは!! アイドルとうたわれた間戸さんも哀れなものっすねえ!! どーれ、そろそろあっしが引導を渡してやるっすよおー!!」
すごく聞き覚えのある声がした。
新田亜美!
あいつ、あたしが絶対的に不利になったと見て、やってきやがった!
きっと、陰に隠れてずっと様子を見ていたに違いない。
自分の領地の人間が殺されても隠れてるとは、くずめ!!
「新田! このくず!! 恥知らず! 正々堂々やれ!」
「あんたに言われたくはないっすよぉ? あっしは、勝てる勝負しかしないっすからねえ!! ひゃっはー! 諸共に死ねえ! ”光の流星雨”ッ!!」
「ッ!?」
新田が掲げた手が、まばゆく輝く。
それと同時に、空が割れた。
何だ、何が起こってるの!?
それは、空を割って落ちてくる、輝く隕石の数々。
馬鹿な、あんなもの食らったら跡形もなくなるじゃない!?
「新聞屋、また僕ごと!? ひえーっ、マドンナあぶなーい!」
張井はあたしに覆いかぶさった。
普段なら張り倒してやるけれど、今はそんな余裕なんてない。ただただ、衝撃と、間近になった死に怯える。
「いやあっ、いやあーっ!! 死ぬのはいやあ!! 助けてえっ!!」
あたしは叫んだ。
だが、魔法は止まらない。
新田が読んだ隕石は、あたしごと町を消滅させる……。
と思ったら。
「ふう、服を着ていなかったらちょっと危なかったよ……!」
次々と起こる爆発。
だけど、そいつは全て、町の一角。
あたしの頭上で止まっている。
そこにいるのは、あたしを庇って立つ張井。
隕石は全て、張井に引き寄せられるように飛んできて、張井に炸裂して爆発する。
この辺りはもうクレーターまみれ。
だけど、どうやら人的な被害は出ていないみたい。
全部張井が受け持っているのだ。
なんなのこいつ。
とんでもない……!
欲しい。
こいつがいれば、あたしはもっと無敵になれる……!!
「張井!」
「うん?」
あたしの声に反応して、あいつはちょっとこっちを振り向いた。
あたしは意識だけで、弱い奴なら奴隷にしてしまえる。
だけど、強い相手は目を合わせないといけない。
だから、あたしはしっかりと張井の目を見て言った。
「張井、あたしの奴隷になりなさい!!」