第二十話:~sideマドンナ~人形遊び
「つまらないわ」
あたしは呟いた。
ここはちょっと豪華な作りをした、お屋敷の一室。
あたし専用の居室だ。
天蓋が付いた真っ白なベッドは、この世界では最高級の逸品。
殺してやった町長がたっぷり金を溜め込んでいたから、せいぜい有意義に使ってやったの。
それに、井伊のやつにこんなベッドは似合わないもの。
あたしくらいの美貌じゃないと、チグハグってもんよね。あはは。
今、あたしが寝転んでいるのはこのベッド。
そして、あたしはここから少しも動く必要なく、枕もとのベルを鳴らせば、奴隷になった男たちが駆けつけてくる。
何だって言いつけ放題だわ。
美味しい物を持ってこさせてもいいし、あたしをマッサージさせてもいい。
気まぐれに、井伊の勢力と戦争みたいな事をしても見たけど、あたしは戦争って向いてないのね。
ちっとも面白くない。
ここは、あたしの城。
奴隷にした魔術師に、幾重にも防御の魔法を使わせた、難攻不落の城。
あたしは、絶対的な王だった。
だけど、やっぱり、どこか空しい。
「つまらないわ」
また繰り返した。
何だって思い通りになる。
あたしは何も努力しなくても、奴隷たちがあたしの手となり足となって、何だって叶えてくれる。あくまで、この世界で可能な事のみ、だけど。
あたしがこの世界にやってきた時、得た力は魅了の力。
いや、もっと進んで洗脳と言っていい。
あたしが目を合わせた相手は、男でも女でも、洗脳されてしまう。
男ならあたしを主として崇めるようになるし、女ならあたしの小間使いになる。
最初は得意だった。奴隷たちにあたしをチヤホヤさせ、あたしは有頂天になったものだ。
男も女も、口々にあたしを褒めそやす。
だけど、一月も経つとつまらなくなった。
だって、こいつらはあくまで意思の無い奴隷。
ここには、あたしと並び立つ同格の奴がいないんだもの。
いるとしたら、井伊のやつね。
あたしと井伊は、クラスごとこの世界に召喚された時、お互いの能力を使って殺しあった。
結局勝負はつかなかったけれど、あのベルゼブブという奴が水を差さなければ、あたしが勝っていた自信がある。
だから、井伊だって本当は恐るるに足らないんだけど、それでも、あいつくらいしか同格がいないんだから、ちょっとは希望を持ちたくなる。
井伊との戦争がつまらないのは単純。
あたしが出張れば、すぐに戦争は終わる。
けど、井伊は恨んだ相手を殺す光線を出せるから、あたしが見えないところから狙撃されたらあたしは死ぬ。
でも、井伊は一度に一人しか殺せない。
あたしの奴隷がこぞって襲い掛かれば、井伊は殺せる。
お互い、相手を殺す自信がある。
だから、表に姿を表すことができないのだ。
間接的にしか状況を知ることが出来ない争いなんて、つまんないものだわ。
これをゴシップにして、一緒にきゃあきゃあ騒げるやつがいれば別なんだけど。
そういえば、新田。
あいつがいたら、もっと楽しかったのかもしれないわね。
あたしはクラスでは、お姫様扱いだった。
間戸グループは脇田家というの旧財閥系の血筋で、いわばあたしはいいとこのお嬢様。
子供の頃から取り巻きは多かったし、そいつらを黙らせるくらいの実力と、美貌をあたしは持っていた。
新田はよく、あたしに媚びへつらったりしてたけど、あいつは基本的に面従腹背だ。
いつだって、すぐに裏切る。
あいつの主人はあいつしかいない。
だから面白いんだ。
何故か、あいつにはあたしの洗脳が効かないような気だってしている。
ああ、もう。
「つまらないわ」
あたしは三度呻いた。
外見では、上品なお嬢様を気取ってるけど、間戸グループって元々は職人の家。
脇田の財閥に重用されて、一族の娘を降嫁されて彼らの血筋に加わったけど、根っこのところで育ちは悪いんだと思う。
証拠はあたし。
こうして品も無く、下着姿でベッドに寝転がっている。
こうして食っちゃ寝してるから、なんか結構肉が付いた気がする。
やば。
でも、男もあたしの洗脳で幾らでも操れるし、もう容姿なんて関係ないか。あはは。
そんな風に考えていたら、あたしの奴隷が情報を持ってきた。
こいつらは、自由意志を奪って人形にしてある。
あたしの意思が反映されるから、あたしにとって脅威となる情報を積極的に集めてくるのだ。
「ご報告を。魔女イイーが、魔女ブンヤーと交戦しました」
「へー。もう一人も、本当に魔女だったんだ。そいつのこと、調べてきたの?」
「はい、タヌキの耳をした女です。おっぱいが大きくて三下です」
「えっ、ちょっと待って。そいつ新田じゃない!?」
奴隷が告げた端的な情報で、あたしは確信した。
新田亜美が生きている。
しかも、あたしたちと張り合える能力を得て。
これは、ようやく楽しくなってきたかもしれない。
「こうしちゃいられないわ! あたしも出るわよ」
あたしは立ち上がりながらベルを鳴らす。
小間使いになった女の奴隷たちが現れ、あたしの衣装を用意する。
「一番強い奴らを集めなさい。そいつらを盾にするわ」
「はっ」
報告に来た奴隷も、あたしの命令を遂行すべく消える。
あたしは、トイレと湯浴み以外で、久しぶりに外に出た。
ちょっと体が重い。絶対デブッてる。新田め、絶対馬鹿にしてくるな。
でも、それが楽しみでもある。
あたしは久々に、テンションが高かった。
あたしが、奴隷たちを引き連れて町を行くと、誰もがひれ伏した。
あたしと目を合わせると、自由意志を奪われる。
それをよく知ってるのだ。
だから、誰もあたしを見ない。
ひたすら頭を下げて、まるで災厄みたいに、あたしが通り過ぎるのを待つ。
ふん、馬鹿みたい。
でも、一応人前だから、あたしは気取って上品に歩く。
間戸の家は、表だけ取り繕って生きてきた。
あたしも間戸の娘だ。取り繕うのは得意。
だが、そんな外面も、新田が支配している領域にやってきたら、一気にはげてしまった。
「な、ななな、何これ!? 町中が、まるでSMクラブじゃないの!?」
加虐者と被虐者がwinwinになる楽園。
それがここには広がっていた。
これは、新田の趣味じゃない。
あいつは一人勝ちが大好き。他人の幸福に唾を吐きかけて、他人の不幸を躍り上がって隅々まで調べる最低な奴だ。
だけど、この気持ち悪い空気、覚えがある。
もしかして……。
「張井が一緒にいるんじゃないの、これ? くっそ、気持ち悪いわ」
あたしは吐き捨てた。
あたしは、魅了の魔女マドーとして恐れられている。
この町でも、あたしが現れた瞬間から、だれもあたしを見ようとしない。
ふん、つまらない奴ら。
お前たちなんかに見られなくても、あたしはいいのだ。
「行くわよ。直接新田のところに乗り付けてやる」
あたしは宣言した。
「いきなり全面戦争をしかけてやるわ」