第二話:ドMとパニックとチート能力
「アッ――――!!」
僕は叫んでしまっていた。
分かりやすく言おう。
橋野本くんが死んだ!!
ベルゼブブがチョップをしたのだ。
そしたら、橋野本くんの体がプリンのようにぬるりんっ、と裂けて、そのまま真っ二つになってしまった。
一瞬教室は静かになって、それからパニックになった。
みんな、教室の外に逃げようとする。
僕もその人の流れに乗った。具体的には新聞屋の前にいる。
彼女は必死に逃げようとして、僕を体で押してくるのだ。
そう、おっぱいとか背中に超当たる。
「ぎええええ! こ、ころされるっすー!! こんなん、取材どころじゃないっすよー!! 記者が死んだらら新聞はできないんすよー!! ちょっと、お前! あっしの盾になるっすよ!!」
「ウグワー」
あっ!!
僕のお腹を殴っていじめてくる糸井岬くんが死んだ!!
新聞屋が彼を突き飛ばしたので、ベルゼブブが手で払ったのだ。
そしたら、糸井岬くんの体がお豆腐のようにぬるりんっ、と裂けて、そのまま真っ二つになってしまった。
一瞬教室はまた静かになって、それからまたパニックになった。
「出してー! ここから出してー!!」
「ちょっと委員長! あんた代表なんだからみんなを守りなさいよ!!」
「そ、そうだ! 委員長が行けばいいんだ!」
「そうよ!! あんた、行きなさいよ!」
「ひっ、ひいっ」
みんなは、委員長をいけにえに決めたようだ。
最後はマドンナに委員長が突き飛ばされて、ベルゼブブの前に転がり出た。
「あ、ひいい……」
あ、漏らした。
ベルゼブブ、頬をぽりぽり掻いて、
「さすがにここで殺しすぎると、面白くなくなっちゃうな。それに、諸君、見てご覧」
彼が示した先では、死んだはずの橋野本くんと糸井岬くんは、死体ではなくなっていた。
それはカードになっていたのだ。
「このように、この世界で死んだら、君たちはカードになる。このカードを集めておけば、誰かがこのゲームをクリアしたら生き返ることができるんだよ」
「おお、ユーザーフレンドリー」
僕は感激してしまった。
至れり尽くせりである。
「今回はサービスだよ。この二人も生き返らせてあげよう。これは不幸な事故ってやつだね」
ベルゼブブが指を鳴らすと、橋野本くんも糸井岬くんも復活した。
インスタントな復活だ。
「さあ、君たちには選択肢がふたつある。一つはゲーム参加して僕を倒すために戦うこと。もう一つは、あきらめて死ぬこと。どっちがいい?」
これはひどい。
クラスメイトたちは真っ青になっている。
僕はニヤニヤ笑っている。
僕をいじめていた奴らが今ひどい目にあっているのだ。
「張井くん、なにを笑ってるっすか!? あんたもひどい目にあってるっすよ!?」
「えっ!?」
ほんとだ。
こ、これはやばい。
僕は慌てて挙手した。
「はいっ!! 死にたくないから、戦います!!」
クラスメイトたちが、空気読めよって顔で僕を見てくる。
でも他に選択肢はないじゃないか。
「君だけ? 他の諸君は死んでもいいのかな?」
「い、いやだ、死ぬのは!」
「あたしも戦うわ!」
「おれも!」
というわけで、次々にみんな挙手して行った。
へたり込んで呆然としている委員長は、僕が手を上げさせておいた。柔らかい手だった。
結局、クラスメイト全員が戦うことを決めたので、ベルゼブブはとても満足そうだった。
「すばらしい! それでは、諸君に力を与えよう! 君たちが望む力を思い描きたまえ! それに最も近い力が宿るだろう!」
いきなりそう言う事を言う。
みんな、ちょっと戸惑ったようだ。
「みんな、許さない、許さないから……」
委員長が凄い目で泣きながらみんなを睨みつけている。
みんな委員長を無視している。
後ろめたいのかもしれない。
「ちょうだいっ!! こいつらに仕返しできる力を!」
これを聞いて驚いたのはクラスメイトたちだ。
「お、おれは負けない力をくれ!」
「私は魔法が欲しいわ! 遠くからやっつけられる力!」
叫ぶたび、みんなの間で不信感がみなぎっていくようだ。
おいおいみんな、平和的にいこうぜ!
「あっしはそうっすねー! 鋭い耳が欲しいっす! 地獄耳っすね! これで完璧な新聞記者っすよー!!」
ドヤ顔で叫んだ新聞屋。
すると、彼女の頭にちょこん、とゆるい三角形のものが二つ生えた。
「およ?」
新聞屋が首をかしげる。
それは……なんとも見事な、けものの耳だった。あれは……狸かな?
「おおー! きこえる! 聞こえるっすよー!! みんなの呟きや、委員長が唱えているやばげな呪詛まで聞こえるっすよー!! ……ってぎょえーっ!! 委員長やめるっすー!! ええい、お前! あっしの盾になるっす!!」
「うわ、や、やめウグワー」
新聞屋がまた近くの男子生徒をつかまえて盾にする。
その生徒は、委員長が放った光線に打ち抜かれて灰になった。
ぱらりとカードになる。
でも、死んでないからセーフだよね。
僕はベルゼブブをチラッと見ると、彼は楽しくてたまらないという顔をして、
「残念、サービスは終了だよ。もう死んだら、ゲームクリアまで生き返らないからね!」
ひえええ。
そんな殺生な。
僕はまだ、小鞠さんからいじめ倒してもらってないというのに!
こんなところで死んでなるものか! せめて、誰か女の子にいじめてもらってから……!!
僕はすぐ近くにいた新聞屋に特攻した。
おっぱいを触る。
「な、なにいっ! 張井くん正気っすか!! ええいこの破廉恥めえ!」
新聞屋が、僕の股間目掛けて蹴りを放った。
ははは、甘んじで受けてやろうじゃないか!! これでおあいこだからね!
僕の股間から脳天まで貫くような衝撃が走った。
「ウ……ウップス……」
僕は股間を抑えてびくんびくん床上で痙攣する。
そんな僕の視界の端で、文字がポップアップした。
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
『愛がアップ!』
『魅力がアップ!』
こ、これは……!!
教室の一部では、委員長が力を手に入れた生徒たちと殺し合いをしている。
その横で、僕は気づいていた。
――僕は、強くなった……!!
原理は分からないが、新聞屋に大変なところを蹴られたら強くなったのだ。
これが僕に与えられた力ということらしい。
なるほど、いいじゃないか、いいじゃないか。
僕は生まれたての小鹿みたいに足を震わせて立ち上がると、新聞屋に向けてサムズアップして見せた。
「君のキック……ナイスだねっ……!」
「張井くん、もしや股間のダメージが脳にまで……!!」
そんな僕たちをよそに、教室のパニックはクライマックスを迎えようとしていたのである。