第十九話:~side委員長~イイーvsブンヤー
私は、この鞭で男性を叩いてみないかと言うお誘いを丁重にお断りした。
私にはそういう趣味なんてないのだ。いわば、普通、普通の趣味。
だけど、ここに集まった人々は、私が知識上だけで知るその関係……いわゆるSMを楽しんでいるように見えた。
しかも、心から楽しんでいる。
この場所を訪れる人々は、誰もがこのイベントの当事者になれる。
参加し、内なる欲求を満たし、そして日常へと帰っていくのだ。
私の支配地域で、職人たちが不満を言わなくなったのはこれが原因なのだろう。
「この地域は、危険かもしれない。強い求心力を持っている……」
焦りを覚えた。
だが、解決する方法は思いつかない。
この場所は、何も悪い事をしているわけじゃない。
SMは私の趣味じゃないし、理解もできないけど、それで誰かが不幸になっているわけではないのだ。むしろ、人々を幸せにしている。
まさか、これほどの事を新田亜美が成し遂げるとは。
とても信じられない。
私が知る彼女は、人の秘密を暴き立て、それを面白おかしく吹聴するような、あまり信用できない人間だった。
その癖、権力や暴力には弱い。
それらの気配を感じると、即座に屈して裏切る。
そのため、彼女はゴシップ記事の発行者として重宝されてはいたものの、本当の友達はいなかったはずだ。
自分で何かを生み出せる人間ではない。
この世界に来て、彼女に何か変革が起こったのだろうか。
その答えはすぐに得られた。
騒がしい一団が道を歩いてくるのだ。
「あっ、魔女ブンヤー様だ! ブンヤー様ー!!」
「ブンヤー様、ありがとうございます! 今日も心の汚れが洗い流されました!」
「人をいじめるって楽しいんですね! ここに通うようになって、夫婦円満です!」
「もう、こうして毎日いじめられていると、何か心がどんどん澄み切っていくような……!」
人々が、みなやって来る何者かに感謝の言葉を投げかける。
だとすれば、それは彼女でしかありえない。
魔女ブンヤーだ。
「はーっはっはっは! 感謝するっすー! あっしに感謝し、崇め奉るっすよー! あっはっはー! いい気分っすよー!!」
うん、あれはいつもの新田亜美。
あちらの世界にいたころと何も変わってない。
むしろ、病気は悪化してる気がする。
非常に悪趣味な、金色でキラキラ光るドレスを着て、全身を装飾品に固めた、見ていると目を傷めそうな格好だ。
「そおれ者ども! あっし、魔女ブンヤー様からの施しっすよー! 受け取れー!」
新田亜美が、何か小脇に抱えた、これもまた金色の壷から、バーッと中身をばら撒く。
民衆は喜んで、それを集めているようだ。
まさか、お金をばら撒いているの? なんて下種な……!
「ああっ、くそっ、今日は外れか!」
「やった、当たったわ!」
あれ? おかしな声が聞こえる。
よくよく見ると、ばら撒かれたのは表面に何かが書かれた木片だ。
これがくじになっているらしい。
「あのくじに当たると、ブンヤー様の館で極上の快楽を味わえるんだよ!」
ブンヤーの領域のこの乱痴気騒ぎは、ごく小規模からスタートしたはずだ。
つまり、そこにこの界隈を作り出した秘密が存在しているのでは無いだろうか。
「それは行かなければならないですね」
私は言って、フードを外した。
私に声をかけていた男性は、
「ははは、そんな。倍率がとても高くて、なかなかブンヤー様の館にはお邪魔できないから、お嬢ちゃんがいきなりそんなこと言っても…………ひ、ひぃっ!? ま、魔女イイー!!」
彼が叫んだ瞬間、誰もがこちらを振り向いた。
この特徴的な外見。
新田亜美だって日本人のはずだけど、何故か目立ってない。あの獣耳のせいかしら。
新田亜美もギョッとした顔をして私を見ている。
「や、やあ委員長、奇遇っすねー」
棒読みだった。動揺している。相変わらず打たれ弱い。
「この町は、私の支配する町です。出て行きなさい」
本当の意思は違う。
だけど、今まで重ねてきた、支配者としての経験が、私の口を動かしていた。
「さもなくば、復讐の光があなたを灰にします」
学級委員長だった私は、校則を盾にしてみんなを縛ってきた。
その報いが彼らの裏切りなら、今、支配の法を盾にして、町の人々を縛ろうとしている私も、いつかは彼らに裏切られるのだろう。
そんな自嘲を感じながら、私は能力を使おうとする。
「げげええ!! ま、待つっす! 話せば分かる! 話せば分かるっすー! な、なんならあっしは委員長の軍門に下っても……アギャーッ! 危ないーッ!!」
避けた!?
今、新田亜美は明らかに、私の能力が発動するのを見てからしゃがんで避けた。
彼女はこの世界に来て、強くなっているとでも言うの?
辺りは大騒ぎ。
みんな、私を恐れて四方八方に逃げ去っていく。
残されるのは、私と新田亜美。
「ひぃー! お、お前ら逃げるなっすー!? 魔女ブンヤー様のピンチっすよ!? 誰か、誰か盾になれっすよー!!」
なんて生き汚ない。
私は嫌悪感も露に彼女を見た。
今度は逃がさない。
復讐の光の出力を最大にして、私は新田亜美の逃げ場を無くし、灰に……。
「うわー! 僕の全身に光線がー!」
……と思ったら、突然やってきた少年に光線が当たってしまった。
光線は少年を灰に……はせず、彼の身につけている衣装を灰にした。
「……!!」
な、なんだか、見てはいけないものが目の前にある!
ななな、なんでいきり立っているの!?
「ハァ、ハァ、こ、これはなかなかの衝撃だったよ!! さすが委員長、言葉攻め以外もイエスだね!!」
爽やかな笑顔でサムズアップしてみせる。
彼の事を、私は思い出した。
「張井……辰馬くん……!? どうして……!」
彼は全裸のまま、鼻息を荒くして言った。
「さあ、もっと僕をいじめるんだ!!」
言葉が通じない!?
「い、いや! 近寄らないで! 気持ち悪い! 被虐嗜好者なんて私は好みじゃないのよ!? 全裸なんて、公序良俗というものを根本的に馬鹿にしているのあなたは!」
「あっ、あっ、そ、その言葉攻め、堪らないっ! うおお、力が漲る!!」
なにこれ!?
私は混乱しながら、本気で復讐の光を放つ。
当たった人間を灰にしてしまう光線は、容赦なく彼を穿つ……はずなのに、光の中で張井くんが嬉しそうに悶えるだけ。
ば、馬鹿な……!!
私が焦っていると、彼の影から新田亜美が顔を出した。
「はーっはっはっは! 見たっすか! あっしには張井くんという最強の肉壁が存在するっすよ!! まさに無敵の盾! そしてあっしは安全な場所からあんたに攻撃するっす! ふははー!! 諸共に死ねえ! ”光の奔流”!!」
「うわーっ! 新聞屋、僕だけ! 僕にだけ当たってるよそれ!!」
「なにーっ!! 張井くんごと委員長を葬るつもりだったのに、なんで邪魔をするっすか張井くん!!」
くっ、だめだ、ここにいたら頭がおかしくなる!!
「覚えていなさい……!!」
私は叫んで、逃げ出した。
初めての敗走。
なんという屈辱だろう。
だが、同時に、私の中には何か熱いものがこみ上げてきていたのだ。
まぶたの裏に、私のビームを受けて悶える張井くんが張り付いている。
私は一体、どうなってしまったのだ……!