第十八話:~side委員長~ブンヤー領域の歓楽街
私は井伊奈緒美。
理不尽な異世界転移に巻き込まれてこの世界までやってきてしまった。
この世界にやってくる前、クラスメイトに裏切られ、私は復讐を誓った。
私が手に入れた力は、復讐を誓った対象を灰に変える光線だ。
私は自分に危害を加えられたと認識すると、この光線で相手を殺す事が出来るのだ。
「報告をしなさい」
「はっ、魔女イイー様!」
私が座しているのは、この世界で崇められる、当主ルシフェル教会の奥まった部屋。
本来なら、この町の司祭が住んでいた場所だったのだが、彼はもう死んでいる。
この世界に来たばかりの私を保護した彼は、保護の見返りとして私の体を要求したのだ。
私は貞操の危機的な状況に陥り、そして復讐の光線で彼を殺した。
その光景を見たシスターたちが、私を当主ルシフェルの使いだと認識し、やがて私はこの町に一大勢力を築くに至った。
魔女と呼ばれるのは不快だけれど、今の立場を利用しなくては、私はこの世界で生きていく事も出来ないだろう。
元の世界に帰りたい。
だが、その方法も分からないのだ。
「実は、我が職人街の職人たちから、不満の取り下げ申請がございまして……」
「結構な事ではありませんか」
私は足を組んだ。
司祭の持っていた椅子は、高級なクッションが使われていて座り心地がいい。
私はあまり体に肉がついていないので、長いこと硬い椅子に座るとお尻が痛くなるのだ。
余計な肉のバーゲンセールたる新田亜美がうらやましくなる。
「は、はあ。仕事の能率も上がっておりまして……」
「……よいことではないの? 一体、それのどこが問題なのですか」
今日は、問題が起こったと、私の親衛隊の一人が上申してきた。
これは、私が彼から事情を聴取している光景。
彼はそれなりに整った顔をした外人の男性。この世界だと、私の方が外人か。
私よりもずっと体も大きく、大人の男が、こうして中学生の女子にへりくだっている。
なんだかおかしい。
彼は額に汗を浮かべて言う。
「問題というのは……その、職人たちが毎夜ごとに、魔女ブンヤーの領域に通っていまして……」
「は?」
この町は、大きく分けて二つの勢力が存在する。
一つは私、魔女イイー。
復讐の光で、逆らう者を粛清すると言われている、恐怖政治の魔女。
もう一つは、私の宿敵。
私をあのベルゼブブに差し出そうとした女、間戸小百合が支配する、魔女マドーの領域。
あの女は、人を魅了する魔法を使うことができるのだ。その魅了できる数に限界があるのが救いだろうか。
私は間戸小百合に負けるわけにはいかない。
いや、あの女に復讐せねばならないのだ。
だが、状況はこう着状態だった。
私にも、あの女にも決め手はない。
そこに、つい十日ほどまえに出現した、第三勢力がある。
魔女ブンヤーと名乗る、謎のぽよぽよした見た目の少女と、不死身の少年。
彼らは、私とあの女の抗争に巻き込まれて死んだ、町長の屋敷周辺を拠点としている。
ごく小さい領域だ。
だが、あろう事か、彼らはその勢力を広げつつある。
私はこの町の職人たちを支配下に置く。
間戸小百合は、この町の戦士たちを支配下に置いている。
だが、魔女ブンヤーを名乗る女は、この町の商人たちを取り込んでしまったのだ。
私にもあの女にも下らなかった商人たちが、一体魔女ブンヤーに何を見たのだろうか。
……というか、恐らく魔女ブンヤーは彼女だ。
新田亜美。
「ブンヤーに下ったと言う事かしら? 粛清する必要はあるのですか?」
「いえ、彼らはイイー様の支配に不満を抱いてはおりません。いえ、抱かなくなったというべきでしょうか。先日まで苛々とし、爆発寸前だった彼らが、今は爽やかな、毒気の抜け切った顔で仕事に勤しんでいるのです」
「一体それは……何が……? 悪い事では無いと思うのだけれど」
「は、ブンヤーの領域に生まれた、新たな歓楽街が原因ではないかと思うのですが」
「酒や女で変わったというの?」
「いえ、それが、職人の妻や家族も……」
「…………」
私は考え込んだ。
そして、すぐに結論に達する。
「私が直接見てきましょう」
「な、なんと! イイー様が直接!?」
「お前たちでは、魔女ブンヤーと戦うことは出来ないでしょう?」
「はっ、恥ずかしながら、不死身の少年は我らの剣で倒れず、魔女の魔術は容易く我らを打ち倒します」
「では、私が行くより他ありません」
私は支度をする。
なるべく質素な格好。
そして、この特徴的な日本人の顔が隠れるよう、フードを被り。
夜を待った。
私の支配領域で、私に伍するものはいない。つまり、私は側近がおらず、孤独だということ。
私はクラスメイトに裏切られたあの時から、人を信じられなくなっている。
私を助けた司祭ですら、私を犯そうとしたのだ。
人間など、信用するに値しない。
だから、何事も一人でやる。
町長の屋敷周辺は、スラム街のようになっていた。
いや、いたはずだった。
私とあの女の支配を受けないと言う事は、町の金が流れないと言う事だ。
そこは自然と寂れてスラムになってしまう。
だが、今は違う。
煌々と明かりが灯されている。
これは私も使える、初歩的な光の魔法だ。
だが、その効力がとても長く持続するアレンジが施されているようだ。
この魔法に対する習熟が、新田亜美の能力ということか。
人々はみな笑顔で歩き回り、廃屋だったはずの建物は簡単な改装を施され、酒や料理を提供している。
見事に、スラムは復活していたのだ。
だが、一つだけ気になることがあった。
道行く人に、ちょっとした怪我をしている人間が多いのだ。
同様に、見慣れない道具を腰にぶら下げた人間も多い。
あれはなんだろう。鞭? いわゆる先が分かれた、音が派手になる教育用の鞭。
蝋燭?
そして、形容したくもない、おぞましい形の棒。用途は分かるけど想像だってしたくない。
そんな、明らかにおかしな様子の人々が、実に朗らかな笑顔を浮かべて、談笑している。
誰もここでは争ってなんかいない。
魔女が争う町に生まれた、別世界があった。
私は彼らが何をしているのか、知りたくもあり、知りたくなくもあり。
結局好奇心に負けて、そっと家の一つを窓から覗いた。
「あらあら、もうこんなにしてしまっているの? 仕方ない豚ねえ。でもだめよ? ほら、上手に靴を舐められたら楽にしてあげるわ。ほらほら! 鳴きなさい、ぶうぶうって! 豚みたいに!」
「ぶうぶう!! ご主人様!! 俺は哀れな豚ですぶう!! 靴を、靴をお舐めしますう!!」
「ええい、汚らしい尻を持ち上げるのではないわ! このっ! 卑しい! 豚っ! 豚っ! 豚ぁっ!」
「ぶひい! ぶひいいい!! もっと! もっとぶってくださいご主人様!!」
私は気が遠くなるのを感じた。
な ん だ こ れ は
半裸の男性(と言っても身につけているのは、体を巻いたロープだけ)を、実用性のなさそうな、体にフィットしたレザーアーマーの女性が、鞭でぶっている。
なのに、二人とも実に生き生きしているのだ。
別の建物では、縛られた女性が、男の人に蝋燭で蝋を垂らされて、嬉しそうな悲鳴を上げていた。
何故か横にいた人が、あれは低温蝋燭だから、やけどをしないんだよ。魔女様の発明の一つだと教えてくれる。
そんな発明いやだ。
「お嬢ちゃんも試してみるかい? やる側もやられる側も、スカッとして、気持ちいいもんだよ!」
ちらりと見た家の中では、全裸で縛られたまま放置されたおじさんが、丸いボールみたいなのを口に詰め込まれながら、嬉しそうに「ふぐー、ふぐー」と唸っている。
なんで、なんでここの人たちは、こんなに幸せそうなんだろう……!?