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それをもう少し説明できれば良かったのだが。ティアナは小さくため息をついて、ハルの姿を探した。何かの魔力の反応を調べに行ったようだが、あれからずいぶんと時間が経つのに戻ってこない。ティアナが不安で眉を下げるのと、その魔力の反応が起きたのは同時だった。
「これ……もしかして……」
心当たりのある魔力だ。そしてすぐに、最悪の可能性に思い至る。
ハルが殺される。
ティアナは慌ててその魔力反応の元へと向かった。
・・・・・
周囲の木々が明々と燃え盛る。ハルを囲む木々だけが燃える不思議な炎。使われて改めて思う。魔法剣は卑怯だと。これが普通の魔法なら、対象の指定などできない。
「君は強いね……。ここまでとは思わなかったよ」
だがここまでだ。男は獰猛な笑みを浮かべる。ハルは小さくため息をついた。ハルの体にはいくつもの傷があり、中には血が流れ続けているものもある。致命傷になるものは避けているが、そろそろ体も限界だ。
「潮時、かな」
「ようやく諦めるのかな?」
男が意地の悪い笑みを浮かべる。ハルはそれには何も答えず、足下に視線を落とす。すぐに拾える木の枝の中でほどよい長さのものを選び、これでいいかと小声でつぶやいた。男が怪訝そうに眉をひそめる。
「まさかそんなもので戦おうというのかい?」
ハルは声には出さず、頷きだけを返す。男はやれやれと落胆したように首を振ると、改めて剣を構えた。
「そろそろ終わらせようか」
「そう……だね」
男が一歩踏み込み、さらにハルに近づこうとして、
「……っ!」
すぐにその異変に気が付き、足を止める。ハルは、するどいなと残念そうにつぶやいた。
ハルの持つ木の枝が白く変色していた。その白はゆっくりと枝から溢れて、枝を包んで剣の形で結晶化した。ひんやりとした冷気が手から感じられ、ハルは満足そうに頷いた。
「まさか……魔法剣? どうして君が……」
氷の剣を構えて、ハルは言った。
「ハル……」
「ん?」
「ぼくの名前……。ハル」
男が目を大きく見開いた。次に顔を大きく歪ませる。後悔がにじみ出る表情だ。男は何かを口にしようと口をもごもごと動かしていたが、やがて小さくかぶりを振った。表情を引き締め、ハルを見据えてくる。
「イクス国聖騎士団団長、アレン・メルロスだ。勇者の末裔、の方が分かるかな?」
メルロス。ティアナもメルロスと名乗っていたなと思い出し、やっぱり家族かと納得する。我を忘れるほどに焦っていたのだろう。今はもうそれなりに落ち着いているかもしれないが、ここまで来てしまうとお互いに引くに引けない。なぜならば。
――引いたら負けの気がする。
――それは彼も思っているだろうね。いや、よく分かるよ、うん。
アークがため息交じりに笑い、肩をすくめた。そんなアークに対して、ヴォイドが冷たく言い放つ。
――勇者の末裔、だそうだな。
――言ってたね。
――お前の子孫はどうなっているんだ? 勇者様よ。
――いやあ、はは……。全くだ。
アーク・メルロス。三百年前に魔王を倒した伝説の勇者。救世の英雄。異世界より召喚され、魔法剣を編み出した者。今はハルの体に居候中。
――でも君にだけは言われたくはないかな、魔王様。
ヴォイドが鼻を鳴らして、黙り込んだ。
魔王ヴォイド。三百年前に人族を恐怖のどん底に落とした魔族の王。勇者に討たれ、そして今はやはりハルの体に居候中。
「さあ、いくよ」
アレンの言葉にハルは目の前の敵へと意識を集中する。そして、お互いに動き出した。
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ではでは。