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――落ち着いて、ハル。慌てても仕方がないよ。
何でそんなに落ち着いているんだと怒鳴りそうになったが、すぐに思いとどまった。アークもヴォイドも、助言はしてくれるがハルの意志は尊重してくれる。その一人であるアークが、ハルが助けようとしている人間を簡単に見捨てるとは思えない。
きっと何か方法を知っているはずだ、とハルがアークへと期待を向けるが、
――ハルではどうしようもできないよ。
つまりは諦めろ、という内容だ。ハルが絶句している間に、アークは言葉を続ける。
――今回のこれは病気じゃないよ。体質の問題だ。心配しなくても、死なないよ。
――体質?
――そう。魔力が体に溜まりすぎているんだ。魔力を捨てる術を知らないんだろうね。魔術師に頼めば対処してくれるはずだから、それまで我慢だ。
もっとも、国に着くまでは足手まといだけど。
最後にそう言い残して、アークは黙ってしまった。命に別状がないことに安堵しつつ、これからどうしようかと考える。考え始めたハルの服の裾を、ティアナが遠慮がちに引っ張ってきた。
「どうしたの……?」
屈んでティアナと目を合わせる。ティアナは辛そうにしながらも、必死に笑顔を見せてきた。
「ここまでで、いいですから……」
「…………」
自分が足手まといになると分かったのだろう。ハル一人なら苦も無いだろうが、動けない人間を庇いながらではさすがに厳しいだろうことを理解したのだろう。そしてそれが事実であるだけに、ハルは何も言えなくなってしまう。
情けない、と思いながらハルは立ち上がる。ティアナは何も言わずに、目を伏せた。
「ちゃんと……送る」
え、とティアナが顔を上げる。ハルはそんなティアナへと。
笑顔を、見せた。
「だから安心して」
短い言葉だったが、ようやく詰まらずに言えた。目を見開いているティアナを背負おうとしたところで、
「ん……?」
それに、気が付いた。
魔力だ。しかもそれなりに大きな魔力で、魔力の流れから扱いに慣れているのだと察することができる。一体誰が来たのかと考えてしまうが、すぐに思い至った。
ティアナはここに誘拐されてきたのだ。当然ながら犯人など捕まっていないだろう。ならそれに関する誰か、と考えた方がいい。ハルはそう結論づけると、表情を険しくした。
「ティアナ。よく聞いて」
ティアナが弱々しくしながらも顔を上げる。ハルはティアナの目をじっと見つめ、そして微笑んだ。ティアナを安心させるために。
「ちょっと危ない動物が近づいてきてるから、退治してくるよ。ここで動かずに待っててね」
ハルがそう言ってから背を向けるのと、ティアナが待って、と呼び止めたのは同時だった。振り返ったハルへと、ティアナも微笑みながら言う。
「ティアって呼んでくれませんか。家族や仲のいい人にはそう呼ばれているんです」
こんな時に言うことかとハルは思わず苦笑した。
「分かったよ。ティア」
愛称で呼ばれたティアが笑みを濃くする。ハルは肩をすくめると、こっそりと結界魔法をかけてその場を離れた。
ティアナと別れて十分ほど走ったところで、ハルはそれを見つけた。
木々が焼き切られ、切断面には火が残っている。切断面しか燃やしておらず周囲に燃え移っていないことから、その火が魔法によるものだということが分かる。そんな木がいくつも並んでおり、そしてその奥に巨大な魔獣と大剣を構えた男がいた。
男が持つ剣には炎が纏われている。それを見て、ハルは驚いて目を瞠った。
「魔法剣……!」
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ではでは。