1-5
「あ、あの! ハル君!」
「僕は……使わない。だから……上げる」
もったいない、とアークが言ってくるが、使わない名剣など宝の持ち腐れだ。
「いいんですか……?」
「うん……。使わないから……。使ってあげて」
それだけ言い残して、ハルはさっさと一階に戻った。
少しして追ってきたティアナの背には、先ほどの剣が背負われていた。ハルはそれを一瞥して、巨木の出口に向かう。ティアナもすぐに追ってきた。
朝の空気をしっかりと吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。体をほぐすように、体を動かし始める。一つ一つの動作にどのような意味があるのか分からないが、アークからの指示で毎朝行っていることだ。
「それは何をしているんですか?」
だからティアナにそう聞かれても、ハルには答えることができなかった。心の中でアークに助けを求め、アークが苦笑しつつも教えてくれた言葉をそのまま伝える。
「準備体操」
「準備体操、ですか?」
「そう……。これをしておくと、体を動かしやすくなる」
へえ、とティアナは訝しげにしていたが、物は試しと思ったのだろう、途中からアークの動きを真似し始めた。二人で十分ほど体を動かし、体も十分に温まったので体操を終える。
「体が温かくなりました!」
ティアナが嬉しそうな笑顔でそう言って、ハルは、
「…………」
黙って目を逸らした。
「森から……出る。そこまでは……案内する」
「はい。お願いします」
そうしてハルが歩き出して、
「あ、ハル君! 何も持って行かなくていいんですか!」
慌てたようなティアナの声。ハルは振り返らずに、何も言わずに歩き続ける。置いていかれると思ったのか、ティアナが駆け足で追ってきた。じっとこちらを見ているようだったので、ため息をつきながら答えておく。
「食料は……いらない。森の中なら……現地調達……できる。毛布とかも……魔法があるから、いらない」
「で、でも森を出た後は……」
「知らない」
突き放すような冷たい言葉に、ティアナは絶句してしまう。だがハルとしては当たり前のことだ。ハル自身、森を出るつもりはない。故に森を出るまでの安全などには気を遣うが、森を出た後のことなど考える必要もないと思ったためだ。
ティアナもこれ以上はこの話題に触れるべきではないと思ったのか、それ以上何も言ってこなかった。
二人がハルの住処である巨木を出て一週間。朝と夕方、ハルが食料を取りに行っている間以外は常に行動を共にした。ティアナの安全を確保するためだ。ハルが食料を取りに行っている間は、ティアナに絶対に動かないように言っている。結界を張っているのだが、ティアナは気づいていないだろう。
順調に進んでいたのだが、一週間歩き続けたところで異変が起きた。
――ハル。待って。来てないよ。
アークの言葉でハルは足を止めた。振り返ると、ティアナがうずくまって胸を押さえていた。苦しそうに、荒い息をしている。ハルは慌ててティアナに駆け寄る。
「どうしたの?」
ティアナの顔は、蒼白だった。ハルを見て、眉尻を下げる。それでも必死に笑顔を見せようとする。
「大丈夫……。気にしないで」
「そんなわけにはいかないよ! ちょっと待って……!」
ハルはすぐ回復魔法と解毒魔法をティアナにかけるが、効果は見られない。どうして、と思うが答えが出るはずもない。気持ちばかりが焦ってしまう。
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ではでは。