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周囲の人もティアナのことは知っているようだった。それも、同じ学校にいる人間としてではなく、ティアナ個人のことをだ。勇者の末裔というものはそれだけ有名になるのだろう。あれだけの視線に晒されるのは辛いと思う。少なくとも、ハルなら即座に逃げるぐらいには。
――重圧もかなりのものだろうね。勇者らしく振る舞わないと何を言われるか。
――大変、なんだね。
――そうだよ。それに嫉妬とかくだらないものも多いし。
なるほど、とハルは頷いた。確かに先ほどのティアナを見る視線は、決して好意的なものばかりではなかった。好奇心のようなものがほとんどだったが、悪意のある視線も感じられた。今すぐどうこうするものではないだろうが、あれではティアナも気を休められないだろう。
――やっぱり人の社会って怖いところだね。
――いや、ハル。これがそもそも特殊な例だから。いやまあ、怖くないと言えば嘘になるけど……。
――やっぱり怖いんだ。
いや、だからとアークはまだ何かを言おうとしていたが、やがて諦めたのか小さくため息をついた。もういいか、と。
――ハル。それでいつまでこうしているつもりだ?
――見つけるまで。
ハルが探しているものは、タグラスを雇っただろう人物だ。それをどうにかしない限りは、ティアナは常に危険に晒されることになるだろう。無論ハルにとっては知ったことではないのだが、せっかく助けたのだからそんな簡単に死なれても困るというものだ。
助けた以上は、最後まで責任を持つ。そう決めた。
――もしかしなくても、僕のせいだね……。
――まあ発端はお前だろうな。だが今回からはハルの意志だ。尊重してやれ。
――分かってるさ……。でもそれすらも僕の関係みたいだからね……。
――どういうことだ?
ヴォイドの問いに、アークは黙したまま答えない。ハルもそれを聞いていたのだが、どういうことかと首を傾げてしまう。確かにティアナを助けたきっかけはアークに頼まれたからだが、今はハルの意志だ。責任は持ちたいために。
ただ二人には言っていないが、なぜか放っておけない、というものもあるのだが。
他人とは思えないような、そんな不思議な感覚だ。性格は全く違うのだが。
――ごめん。聞かなかったことにして。ハル、もういいだろう、宿に帰ろう。
ハルはもちろん、ヴォイドも納得していないようだったが、アークが言わないと決めたのなら聞き出すのは不可能だろう。ハルは渋々と言った様子で頷くと、静かに影の奥底に沈む。そして次に浮かんだ時には、寮にほど近い宿の部屋だった。
ハルはこの宿に二日前から滞在している。最初、ハルが泊めてほしいと訪ねた時、宿の店主は警戒心を露わにしたが、金貨を一枚黙って差し出すとそれを受け取り、ハルが何も言わずとも目立たない隅の部屋を提供してくれた。
その後も、食事は食堂でがこの宿の本来の形なのだが、店主はできたての料理をいつも持ってきてくれている。実にハルにとって都合がいい。
――犯罪にはうってつけだな。
そのハルの思いも、ヴォイドの言葉で霧散してしまったが。
たしかに防犯上はよろしくないだろうが、ハルにとってはやはり便利だ。何も言わず、滞在させてもらっている。
部屋は簡素な造りだ。隅のベッド、その逆側に小さなテーブルがあるだけの部屋で、店主から聞いた話では本来なら客用ではなく、時折ある従業員の泊まり込みのための部屋らしい。そんな部屋なので、誰にも気にも留められない。
ハルは宿の部屋のベッドに腰掛けると、他にすることがないのでそのまま横になった。この後すぐの予定が終わった後は、昨日と同じことをするつもりだ。つまりは観光。ハル一人ならできないが、色々と助けてくれる二人がいるのでその点は安心できる。
そしてこの後の予定とは。
扉が数度叩かれる。ハルが体を起こし扉を開けると、店主が木の盆を持って立っていた。その盆には、湯気の立つスープとパンがある。ハルは差し出されたその盆を受け取ると、そのまま中に戻ろうとして、
「何をやっているのかは知らないが……」
店主が口を開いた。振り返って店主の瞳をのぞき込み。心配そうな瞳と目が合った。
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ではでは。




