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三日後。ティアナは学校に向かう馬車に揺られながら、ここしばらく同じことを考えていた。それは、ハルのことだ。今頃どうしているか、もう森には帰っているのだろうか、と。もしまだ街にいるのなら、どこかで会うことができるだろうか。
馬車が進む道の先には、すでに小さくだが学校が見えている。街の中心部にある城に匹敵するほどの大きさなので、遠くからでも確認することができた。クラスメイトの何人かはすでに集まっているだろう。
ティアナの誘拐事件は、この国では大きな話題になっていたと聞いている。勇者の子孫の話だ、それも仕方がないだろう。なにせ城で働く者には、勇者本人を知っている者もいるのだから。
学校に行けば騒がれそうだなと、少しだけ憂鬱になる。ティアナが騎士クラスに入学するだけでもそれなりの話題があったのだ。今回は事件性まであるのだから、また一騒動起こるだろう。今から滅入っていても仕方がないが、それでもやはり憂鬱だ。
そんなことを考えていると、馬車はいつの間にか学校の敷地内に入っていた。そこまで考え事に没頭していたかと自嘲しつつ、久しぶりの学校に視線を巡らせる。休暇に入った時と何一つ変わっていない。
学校の敷地を囲むように大きな壁があり、一つだけある大きな門からは長い道が延びている。道の先に大きな建物、本校舎があり、門の脇には本校舎ほどではないが、それなりに大きい建物が二つある。この学校で学ぶ者たちが暮らす寮だ。男子寮と女子寮が用意されている。
ティアナを乗せた馬車は、女子寮の前で止まった。馬車から降りて、荷物を使用人たちに任せて寮へと入る。入ってすぐの部屋は広いロビーになっており、生徒たちの憩いの場所となっている。ティアナは先に自室へ行こうかと少し考えたところで、
「ティア!」
ロビーの奥から、大きな声が響いてきた。そちらへと目をやると、ティアナのクラスメイトである少女、リリカが立ち上がってこちらへと手を振っていた。その目立ちすぎる行動からティアナに気づいたのだろう、周囲の生徒たちからも視線を向けられた。
ティアナはその視線を受けて、それらを完全に無視した。真っ直ぐにリリカへと向かう。途中、何人かの生徒から話しかけられたが、それらも全て無視しておいた。
ティアナがリリカの前まで来ると、リリカは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「良かった、元気そうね、ティア。誘拐されたって聞いたから、心配したんだけど」
「誘拐はされましたけど、助けてもらいましたから」
答えながら、ティアナはその時のことを思い出す。ハルに助けられた、あの瞬間を。それを思い出すと、やはりもっとしっかりと恩返しをしておきたかったと思ってしまう。
もっとも、今となっては会う手段すらないのだが。
「ティアを助けたのってどんな人だったの? 格好良い? 白馬には乗ってた?」
「そんな人が本当にいたら逆に逃げますよ……」
そうだよね、とのんびり笑うリリカ。時折本気で言っているのか分からない時もあるが、それでもリリカとの会話は気が楽だ。自分を偽る必要がない。
ティアナは周囲を目だけで見回しみる。少なくない人数がティアナとリリカの会話に耳を傾けていた。いつものことではあるが、ティアナは小さくため息をつき、その理由を察したリリカが苦笑を浮かべる。これもまた、いつものやり取りだ。
「部屋に行く? ここだと落ち着かないだろうし」
「そうですね……。行きましょう」
二人はそう言って頷き合うと、周囲の注目を集めながらもその部屋を静かに退室した。
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――あれがティアのお友達?
その光景を、ハルは影の中から見ていた。ティアナの友人の顔をもう一度頭に思い浮かべながら、ハルはその顔をしっかりと覚える。
――多分そうだよ。それにしてもハル。ストーカーみたいだね。
――すとー……。なに?
――いや、何でもないよ。
アークは肩をすくめて話を打ち切った。何かよくない意味の言葉のような気もするが、ハルが考えたところで意味が分かるはずもない。大人しくロビーの部屋を観察する。
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ではでは。




