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2-26

「話がある。ちょっといいかな?」


 普段とは違う口調だが、声は確かにハルのものだ。アレンは警戒心をにじませながらも、小さく頷く。ハルは、ありがと、と短く言って部屋のソファに座った。


「ハル君、だよね?」


 一応確認しておく。だがハルはにやりと笑って首を振った。


「ハルなら今は眠っているよ。どうやら慣れないことで疲れたみたいでね。少し体を貸してもらっているんだ」

「二重人格……か?」

「違うよ。ハルの体に三つの魂が同居している、ただそれだけさ。さて、自己紹介しておこうか」


 ハルはゆっくりと立ち上がると、不適に笑い、言う。


「僕はアーク。アーク・メルロス。初めまして、と言っておこうか、僕の子孫君」

「な……!」


 目を瞠り、絶句するアレンへとアークは続ける。


「君はどうしてハルが魔法剣を使えるのか気になっていたことだと思う。それは単純、僕が教えたからだ。ちなみに影魔法はもう一つの魂、魔王ヴォイドが教えたものだよ」


 あまりの内容にアレンは返事ができない。一つの体に魂が三つも入っている、それすらも驚きだというのに、その中身が勇者と魔王など誰が想像できようか。絶句しているアレンの様子を見ていたアークは、いたずらが成功した子供のような無邪気な笑顔だ。


「さすがに……信じることはできませんね……」


 絞り出すようにそう言ったが、なぜだろうか、アレンは目の前にいる者が勇者アークであることを確信している。理由も根拠も何もない。ただ、そう感じているだけだ。


「まあ、別に信じられないならそれでいいよ。こっちで勝手に用件を話すから」


 先ほどの表情から一転、今度は面倒そうに顔をしかめている。そのまま、アークが続ける。


「ハル自身が何とも思っていなかったから、今回は目をつぶる。でも、次、ハルを利用したら許さないよ」

「よく……意味が分かりませんね」


 ぴくり、とアークの眉が動き、そしてゆっくりと目が細められる。そして、唐突に。アレンは冷や汗を噴き出した。あまりの緊張に生唾を呑み込む。

 殺気。アレンも持っているし、それを誰かに当てることもある。だが、今アークから感じているそれは、今まで生きてきた中で感じたどれよりも激しく、濃いものだった。明確に死を感じるほどの恐怖。これを勇者が放っているのだからたちが悪い。

 勇者。伝わる物語や伝説では聖人のように描かれているが、直接的に血を引いているアレンは親から伝えられている。勇者は決して聖人ではなく、むしろ異世界から拉致同然で召喚されたことではっきりとこの世界を憎んでいたと。それでも帰る手段がない以上人間のために行動し、その結果として魔王を倒して世界に平和をもたらした。

 その旅の中、勇者は誰でも助けたわけではない。時に平気で人を見捨て、利用した。特に貴族と呼ばれる人間に対してその傾向が強く、逆に一般人に対しては常に優しく接していたとのことだ。

 故に。アークのこの殺気は脅しでも何でもなく、本気の殺気だと分かる。


「アレン。相手は選ぶべきだと思うけど?」


 殺気が濃くなっていく。アレンは平静を装うこともできず、頭を下げるしかなかった。


「申し訳ありません。肝に銘じます」

「よろしい」


 アークは満足そうに頷き、立ち上がる。用件はどうやらこれだけらしい。体に宿っているとはいえ、人間一人のためにこの冷酷な勇者が動いたことが正直信じられず、アレンはただただ目を丸くする。その様子を見て、アークはアレンの言いたいことを察したのだろう、肩をすくめて見せた。


「どうせ、僕がハル一人のために動くことが解せない、とでも思っているんだろう?」

「はい……。そうです」

「正直でよろしい。僕にとってハルは特別なんだ。ヴォイドがどう思っているかは分からないけど、少なくとも僕はハルを守るためならこの世界全てを敵に回してもいい」


 まるで魔王のような物言いにアレンが息を呑んだ。これ以上話すことはないとばかりに、アークは扉へと歩いて行く。


「待ってください! まだ聞きたいことが!」


 慌ててアレンが呼び止めると、アークは気怠そうに振り返った。


「面倒だから嫌だ、と言いたいところだけど……。自分の子孫の言葉を無下にするものでもないね。あと一つだけなら、いいよ」


 あと一つ。アレンは瞬時に思考を巡らせる。おそらくこの勇者は、どのような問いでも正直に答えてくれるだろう。ならば何を聞くべきか。ここは慎重にならなければ、と思ったところで、早くしろとばかりにアークが不機嫌そうに眉をしかめていく。アレンは慌てて、これだけは聞かなければと思ったことを口にした。


「ハル君の中には魔王ヴォイドもいるそうですが……。敵に回る可能性は?」


 もしも今のヴォイドが敵に回った場合、世界にとって致命的なこととなる。魔王が復活するだけではない。救世の英雄の勇者までが敵に回ることになる。それだけは避けなければならない。

 緊張の面持ちでアークの次の言葉を待っていると、アークはおかしそうに笑った。


「ゼロ、とは言えないね。でも避けることは簡単だよ」

「それは……?」

「ハルを敵に回さなければいい。僕とヴォイドは自分から動くことはない。その代わり、ハルにはいつでも、どんな力でもかしてあげると、僕たちは決めているんだ。だから」


 精々仲良くすることだね。


 アークは不適に笑うと、今度こそ部屋を出て行った。

 アレンはそれを、呆然と見送ることしかできなかった。


2終わり、なのです。


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ではでは。

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