2-24
金髪碧眼の少年が目を開ける。闇の中へと沈んだハルの代わりに表に出てきたもの。アークは外の空気をしっかりと吸い込み、楽しげな笑顔を浮かべた。剣を振り、何の気負いもなく敵へと歩く。
翼が蠢いた。翼のいたるところから針が飛び出し、幾百もの針がアークを襲う。
「はいはい」
アークはその全てを剣でたたき落とした。つまらなさそうにため息をつく。
「はっきり言って君の戦闘能力とかには期待してないんだよ。ハルでも勝てるだろうし」
だから大人しくしろ。
アークがそうつぶやいた瞬間、周囲が凍り付いた。その氷は相手まで及び、全身を氷付けにする。鼻を鳴らしてアークは悠然と敵へと歩いて行く。その間に漏らす言葉はたった一言。
「面倒だなあ……」
そう言いながらも、アークは役目を放棄しない。それをよく知っているからこそ、ハルもそのつぶやきは聞き流す。やがてアークは氷の彫像となったそれにたどり着くと、そっと手を触れた。直後に破砕音がして、全ての氷が砕け散った。
途端に響き渡る咆哮。アークはそれを無視して、その腹に自身の腕を突き刺した。響き渡るのは、生き物のものとは思えない悲鳴。少しだけ不愉快そうに眉をひそめ、しかしアークはさらに腕を突き刺していく。生暖かい血が全身を汚すが、それすらもどうでもいい。
「これぐらいでいいか」
肘まで突き刺したところで、アークは詠唱を紡ぐ。古い記憶を掘り起こし、かつて愛した人を思い浮かべ、彼女が奏でる楽器の音色を思い出す。脳内で再生される音色に載せて、詠唱を歌っていく。
アークが歌い続け、腕を突き刺されたそれは苦しみ始める。その皮膚から赤黒い煙を吹き出し、体を崩していく。アークはそれを悲しげな瞳で見つめていたが、そのまま詠唱を終わらせた。後に残るのは、地面にぐったりと横たわる幼い少女と、上空へと昇っていく煙のみ。
「ごめん」
アークは目を閉じ、短く黙祷を捧げた。
・・・・・
ティアナはアレンのいる執務室で、落ち着かない様子で部屋中を歩き回っていた。普段なら座りなさい程度のことは言うアレンだが、今日ばかりは自分自身も落ち着けていない。視線は書類に落としているが、思考は全く別のものだ。
ティアナが戻ってきたのはつい先ほどだ。ひどく憔悴しているティアナがメイドの一人に連れられてやってきた。何かあったのか、怪我でもしたのかと恐れたが、どうやらティアナ自身に怪我はほとんどないようだった。
ほっと安心した時に投げかけられたメイドの一言は、衝撃だった。
「先ほど食堂に突然現れました。まるで影から出てくるかのような……」
メイドの話では、テーブルの影から突然飛び出してきたらしい。何を馬鹿なことを、と思ってしまったが、メイドの表情は至って真剣そのものだった。
おそらくは転移魔法だと思われるが、それすらも信じられない。
なぜなら、転移魔法は百年以上前に失われた魔法だからだ。
「お父様。やはり迎えに行くべきでは……」
ティアナのその言葉にアレンは我に返った。ティアナの目をしっかりと見て、そして首を振る。
「今から行っても、どのような結果であったとしても戦いは終わっているよ。それならここで待っていた方がいいだろう。それともティアは、ハル君が負けると思っているのかな?」
アレンの問いに、ティアナは勢いよく首を振った。アレンが満足そうに頷く。
「それじゃあ、もう少し待って……」
アレンがそう言おうとしたのと、部屋の隅の影から人が出てくるのは同時だった。
「っ!」
アレンが鋭く視線を飛ばし、ティアナは反射的に剣を抜く。
「え……。なに?」
それらを向けられたハルはただただ困惑していた。
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ではでは。




