2-23
「ハル君! どうしてですか”! どうしてタグラスさんを……!」
ティアナが絶叫するかのようにハルを詰問する。ハルは一切答えることなく、目の前の小屋の扉に手をかける。少しだけ開き、中をのぞき見た。
「…………」
無言で閉じた。
――意見を聞きたい。タグラスは知っていたと思う?
――いや、さすがにそれはないだろう。知っていたなら、助けられないと分かるはずだ。
――ヴォイドに同意だね。どうする? ハル。
ハルは小さくため息をついた。余計な約束をしてしまった、と少しだけ後悔してしまうが、後の祭りだ。影に同化したタグラスの記憶から、中に本来誰がいるべきか、そして先ほどのものが何なのかは予想がつく。本当に割に合わない。
ハルはティアナの元へと戻り、治癒魔法をかけてやる。ティアナはまだ何かを言おうとしていたようだったが、ハルがいつも以上に真剣な表情になっていることに気づいたのか不安そうな顔をしていた。
「ティア。後から追うから、先に戻って」
「どういうことですか?」
「いいから急いで。早く……」
ハルの言葉を遮るかのように、轟音が響き渡った。ティアナが首をすくめ、ハルが小さく舌打ちをする。振り返ると、異形の者がそこにいた。皮膚は黒い鱗に覆われ、コウモリを思わせる翼を持つ人型の何か。先ほどの下級魔族よりも大きな魔力を感じる。
「ハル君、あれは……」
「名前は知らない。タグラスの妹、らしい」
ティアナが目を見開き、絶句する。
タグラスの妹は重い病にかかっていた。完治させるためには高価な薬が必要になり、放っておけば大人になる前に死んでしまう。タグラスはその薬と引き替えに依頼を受けたらしい。もっとも、タグラスは気づかなかったようだが、普通の薬ではなかったようだ。
――人を魔族に変質させる薬、か。この時代にまだそんなものが残っていたとは、驚きだ。
――少なくとも人族にはなかったはずだよ。召喚された魔族が持っていたのかな?
――薬の名前は、分かる?
――確か、ダークマテリア、だったかな。薬というよりも、闇の結晶だよ。よくもまあ、人に飲ませたものだよ。
人型がゆっくりと顔を上げ、ハルとティアナの姿を認めた。こちらへと、歩いてくる。明確な敵意を、殺意を持って。
――アーク。治せる?
ハルが教わった治癒魔法では治せないだろう。アークに振るにしても無理難題だと思っていたが、しかしアークは楽しげに笑う。
――だてに勇者と呼ばれてないよ。
任せて、というアークに内心で驚きながら、ハルは小さく頷いた。
「ティア。あれはぼくが何とかする。だからティアは先に戻って」
「で、でもハル君……。あんな、化け物……。私も、微力ながら、戦います……!」
ティアナが剣を構える。どうやらハルの言葉を聞き入れるつもりはないらしい。眼前の恐怖に負けないのはいいことなのかもしれないが、今回に限っては迷惑なだけだ。
――ハル。飛ばせ。
ヴォイドの言葉に、ハルは仕方ないかと影を広げる。ティアナの足下に影が広がる。
「え? ハル君?」
「またね」
ハルの短いその言葉の直後、水に落ちるかのようにティアナは影の中へと落ちた。
――転送先は?
――ティアの家。
――使用人たちの驚く顔が目に浮かぶな。
三人でその様を思い浮かべ、思わずハルが噴き出した。しばらくくつくつと笑った後、敵へと向き直る。そして目を閉じて、ゆっくりと深呼吸。
――よろしく、アーク。
その瞬間、ハルの意識は闇の中へと誘われた。そして今度は、その闇の中から見ることになる。
「ああ、任された」
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ではでは。




