2-20
呑み込む。またこの言葉だ。一体何を言っているのだろうか。
「何を話しているのかは知らないが、謝罪の意志はないのかな?」
タグラスの不愉快そうな言葉に、ティアナは思わず首をすくめてしまう。タグラスから感じる殺気の濃度が増していく。今すぐにでも逃げ出したい。
「謝罪は……しない。ちゃんと調べた」
「へえ。どうやって?」
「こうやって」
は? とタグラスが間抜けな声を漏らした。どうしたのかとティアナはタグラスの視線を追って、ハルの足下を見る。ハルの影が、蠢いていた。
「え……」
ハルの影が伸びる。魔族の死体まで到達すると、それらが影の中へと沈んでいく。次に魔法陣の方へと伸びていき、そして一瞬後には魔法陣は跡形もなく消滅していた。おそらく魔法だろうが、ティアナの知識にはないものだ。
いや、一つだけある。だがそれは、本来あってはならないもので……。
「まさか……。影魔法?」
ティアナの心を代弁するかのように、タグラスが呻いた。
影魔法。自身、もしくは他者の影を操り、様々な効果をもたらす魔法だ。その存在は広く知られているものの、扱える者はいない。これは人族だけの話ではなく、魔族であっても同様だ。影魔法とはある存在が編み出した魔法であり、誰にも伝えていないのかその者以外に扱える者はいない。そしてその存在も、三百年前に姿を消している。
影魔法の効果は多岐に渡る。そしてその効果故に、全てが超級魔法として分類されている危険なもの。恐怖の象徴のような魔法であるそれを使えた者は、魔王ただ一人だけである。
・・・・・
「知ってるんだ……。ぼくは、呑み込むか沈ませるしかできないから……不完全」
「使えるという事実そのものが異常なんだけどね……。君は魔王の生まれ変わりか何かか?」
――当たらずも遠からず、だな。
――影魔法がそんな特殊なものなら言っておいてよ、ヴォイド。
――すまんな、すっかり忘れていた。
確信犯だな、と内心でため息をつきながら、ハルはタグラスを見つめる。影で呑み込むことによって分かることの一つに、魔力の質がある。先ほど呑み込んだ魔法陣からは、タグラスの魔力が感じられている。
「うん……。やっぱり、間違いない」
「その魔法で魔力の質が分かるのかな? けれど俺の魔力そのものは知らないだろう?」
「体の一部……。ほんの少しの血や、抜け毛一本からでも、分かる」
「いつの間に……」
もっともこれはハルが自ら調べたものではない。魔獣たちを呑み込んだ時に、ヴォイドがうっかりタグラスの毛を呑み込んでいた。うっかりとは言っていたが、意図的だろう。アークとヴォイドは、最初からタグラスを疑っていたらしい。
タグラスはしばらくハルを睨み付けていたが、やがて微笑みを浮かべた。
「ティア。誰を信じるべきかは分かるだろう? おそらく魔法陣を仕組んだのはその子だ。ティア、その子を捕まえるんだ」
ハルがびくりと体を震わせる。恐る恐るティアナを見ると、こちらを見つめる瞳と目が合った。
「私は……その……」
ティアナの目がハルとタグラスを行ったり来たりしている。どうやらティアナはハルを信じてくれているようだが、それと同じようにタグラスのことも信じているのだろう。ハルはティアナの言葉次第で行動しようとそれを待つが、もう一人は待つつもりはなかったようだ。
突然、タグラスの魔力がふくれあがった。驚きで目を見開くティアナとは対照的に、ハルは緩慢な動作で振り返る。タグラスの口から複雑な詠唱が紡がれ、そして魔力が形を成して巨大な火球となった。
タグラスが手を突き出すと同時に、火球がハルたちへと迫る。
――予想以上に阿呆だな。
――不意打ちにもなっていないね。
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ではでは。




