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1-2

最初は少女視点です。


 少女が目覚めたのは、それから二日後だった。

 巨木には光を取り入れるために窓がいくつかある。その窓からの朝日の光で、少女はまぶしそうにまぶたを動かし、うっすらと目を開けた。

 少女はゆっくりと体を起こす。周囲に視線を巡らせると、見知らぬ部屋だった。そしてすぐに、部屋の隅でうずくまる少年に気がついた。


「あ……」


 そして思い出した。魔獣に襲われ、逃げていたところをこの少年に助けられたことを。あの後、急な目眩がしたところまでは覚えている。そこで気を失ったのだろう。どうやらこの少年が助けてくれたらしい。見たところ、自分と同い年ぐらいに見える。そうだとすれば、十代半ばかもう少し下、ぐらいだろうか。

 この子の親はどこだろうと視線を巡らせるが、他に人影はない。もう一度少年へと視線を向けると。


「……っ!」


 目が合った少年が鋭く息を呑み、慌てたように立ち上がる。そして周囲を見て、なぜか絶望したような表情になった。助けてもらった時のことを思い出し、隠れる場所を探したのだろうかと推測する。

 少年の目が自分へと向けられる。少女は緊張しながらも、言葉を紡いだ。


「貴方が助けてくれたんですか……?」


 少年がおずおずといった様子で頷く。少女はすぐに笑顔になった。


「ありがとうございます。本当に……助かりました」


 しっかりと頭を下げる。すると、少年の震えた声が降ってきた。


「別に……。気まぐれ、だから」


 そう言い終えると、少年は階下に続いているのであろう梯子に向かう。途中で振り返り、少女の側を指さした。そこには様々な種類の果物や干し肉が大量に積まれていた。


「食べて」


 そう短く言い終えると、少年はすぐに下へと姿を消した。

 少女は小さく首を傾げながら、側の果物を手に取った。


   ・・・・・


 巨木の二階はちょっとした物置で、毛布と同じような経路で入手した刀剣類や、アークやヴォイドに言われるがまま集めた石や骨などが納められている。それらは適当に床に散らばっている、というわけではなく、ハルが自作した棚などに見栄え良く並べられている。これらの棚はアークの意見によって作ったものだ。

 その部屋の中央には小さなテーブルといすがある。これもハルのお手製だ。ハルはそのいすに座ると、ゆっくりと息を吐き出した。


「疲れた……。すごく、疲れた……」

 ――いや、少し会話しただけだろう。普段何をやっているのか考えてみろ。


 呆れたようなヴォイドの言葉に、ハルは少し考える。そして首を傾げた。


 ――狩りの方がよっぽど気が楽だよ。

 ――…………。何も言うまい……。


 それきりヴォイドは黙ってしまう。ハルは訳が分からずにずっと首を傾げていたが、それきり反応がないのでハルも何も言わなかった。

 特に何かをするでもなく、ハルはぼんやりと天井を眺めていた。この後どうしようかと考えたりもしているが、少しもいい案は出てこない。助けた以上は途中で見捨てるようなことはしたくはない、とは思っている。だが、その程度の意識でもある。

 そろそろ食べ終わったかな、とハルは席を立った。梯子に手をかけたところで、


 ――口に合わなくて食べてなかったりしてね。


 アークが冗談交じりにそう言った。その可能性を考えていなかったハルは目を見開き、慌てて階段を上っていく。いや冗談だからというアークの言葉は、ハルには聞こえなかった。

 三階に上がる直前に動きを止めて、ハルはそっと三階をのぞき見た。

 しゃくしゃくと果物をかじる音が聞こえる。ハルの目の前で、少女は赤い丸みを帯びた果実を一心不乱に食べていた。どうやら口に合わなかったということはなかったらしい。ハルが安堵のため息を漏らすと、それが聞こえたのか少女の視線がこちらを向いた。その目と、目が合った。


「……っ!」


 ハルが慌てて逃げようとして、


「あ、待って! お願い!」


 少女の言葉で動きを止める。少女を見ると、優しげな微笑みを浮かべていた。


「少し、お話しませんか?」

「ぼくと話をしても……つまらないよ」

「そんなことありません! それに、助けてもらったお礼もまだ言っていませんし……。少しだけでもいいですから」


 お願いします、と少女が座りながらも頭を下げてくる。ハルはまだしばらく逡巡していたが、少女の瞳が不安げに揺れていることに気がついて、渋々と承諾した。

 ハルは三階に上ると、梯子の側に座った。少女から十分に距離を取った形だ。少女が少しだけ寂しげな表情を見せるが、ハルにとってもこれ以上の譲歩はできない。それが分かっているのだろう、少女は食べ終わった果物の芯を側に置くと、ハルに向き直って座った。


「まずは自己紹介、ですよね。私はティアナ。ティアナ・メルロスです。助けていただいて、本当にありがとうございます」


 ティアナと名乗った少女が深々と頭を下げてくる。ハルはそれを無表情に見つめ、やがてぽつりと零すように言う。


「ハル」

「え……?」

「ハル。ぼくの名前」


 ティアナがきょとんとした後、表情をぱっと輝かせた。嬉しそうな笑顔を見せられて、ハルは思わず後退ってしまう。逃げるべきではないだろうかと何故か思ってしまった。

 心に余裕がなかったがために、ティアナの名前を聞いたアークが息を呑んだことに気が付かなかった。


「ハル君はここにご両親と暮らしているんですか?」

「一人」

「え……?」

「暮らしてる……一人」


 ティアナの目が大きく見開かれる。一人暮らしとは思っていなかったらしい。そこまで驚くことかなと思いながらも、今度はハルから質問を投げる。


「ティアナは……どうしてここに?」

「え? あ、私ですか。えっとですね……」


 まだ唖然としていたティアナだったが、ハルの言葉で我に返った。すぐにここまで来た経緯を思い出したのだろう、その表情が見る間に歪んでいく。まだ思い出したくなかったかと別のことを聞こうかと考え始めたところで、


「逃げてきました」


 ぽつりと、ティアナがそう言った。


「逃げて?」

「はい……。一人で街を歩いていたら、誘拐されて……」


 ティアナの言葉がそこで途切れた。ハルは怪訝そうにしながらも、先を促すことはしない。ここで話がそれで終わりなら、それでもいい。むしろそっとしておくべきだったと少し後悔している。だがティアナは自分の体を強く抱きしめて、続きを語る。


「馬車に放り込まれて、街からずっと離れたどこかの建物に閉じ込められて……。何とか逃げ出したんですけど、迷い込んでしまったのがこの森だったんです。あの魔獣に襲われた時は、もうだめかと思っちゃいました」


 そこまで語り終えて、ティアナは力なく笑った。体は小刻みに震え、その目からは涙があふれてきた。


「あ、あれ……。ごめんなさい。泣くつもりはなかったんですけど……」


 慌てて涙を拭うティアナ。ハルはその様子を見て、すぐに立ち上がった。


「ここ……安全」

「はい……。そうみたいですね……」

「何が来ても、大丈夫。守る。だから……好きなだけ、泣いていい」


 ハルがそう言って二階へと下りた直後、すすり泣く声が届く。

 失敗したな、とハルはため息をついた。二階のいすに座り、手で目を覆って天を仰ぐ。必要なことではあったが、急いで辛いことを思い出させる必要はなかっただろう。ティアナはハルに歩み寄ろうとしてくれていたのだから、余計にそう思う。


 ――あれは歩み寄るというよりは、見捨てられないように必死なだけだよ。

 ――どういうこと?

 ――ここでハルに見捨てられると、この森から生きて出ることはできない。あの娘はそれが分かっているということだ。


 つまりは自分のためだ。アークとヴォイドがそう言うと、ハルはよく分からずに首を傾げた。そろそろいいかなと再び梯子に足をかける。


 ――おい。聞いているのか?

 ――聞いてるよ。別に悪いことじゃないと思う。ぼくもぼくのためにしか行動しない。


 ティアナは助けを求めている。それなら助けてあげてもいい。そうハルが思っているのは、ティアナのためにというわけではない。一度でも、一瞬でも、アークが彼女を助けたいと思った。ハルが彼女を助ける理由などそれだけで十分だ。

 無論何があってもアークに責任をなすりつけるつもりはない。ここから先はハルの意思であり、ハルの自己満足なのだから。


 ――後悔しても知らないよ。


 アークがため息交じりに言って、ハルはそれを笑い飛ばした。



 もっとも、ハルの対人恐怖症が治ったわけでは、もちろんない。


「あ、あの……。急に泣いちゃって、ごめんなさい……」

「…………」


 アークたちと会話していた笑顔から一転、ハルは顔を青ざめさせると、梯子の側に座った。ティアナには近づこうとしない。しようとも思えない。ティアナもそれに対しては何も言うつもりはないようだ。少しだけ寂しげな表情ではあるが。


「あの……。勝手なお願い、というのは分かっています。それでも、ハル君にお願いがあります」

「ん……。なに?」

「この森を出るまで、一緒に行ってくれませんか?」


 意外と直球で来たな、とハルは内心で驚いていると、それが表情に出てしまっていたのか、ティアナが慌てて言う。


「もちろん私でできるお礼ならします! お金でも食べ物でも、何でも! 今の私では用意できなくても、一生かけてでも……!」


 ハルはそれを、対人恐怖症からくる緊張した面持ちで聞いていたが、ハルの中にいる二人はわずかばかりに驚いていた。貴族の娘なら、自分の家の財力を持って解決を図ろうとすると思っていたためだ。少なくとも、二人が今まで見てきた貴族とはそういう者ばかりだった。


「帰り……たいの?」


 ハルの声に、ティアナは小さく頷いた。


「帰りたい……。お父さんと、お母さんに、会いたい……。みんなに、会いたいです……」

「そう……」


 父。母。そういった存在は知っている。自分を生んだ者らしい。ハルにはよく分からないが、会えなくなると辛いものなのだろう。ハルも、突然アークとヴォイドがいなくなれば、泣き叫んでしまうかもしれない。

 アークがそれを聞けば、いや僕たちみたいなのとは違うけど、と正そうとするかもしれないが、残念ながらハルの勘違いを知ることはない。


「お礼なんて……いらない」


 ティアナが今にも泣きそうに、絶望に顔を歪める。断られると思ったのだろう。そんなティアナの心情など知らず、ハルは立ち上がりながら言った。


「明日の朝……出る。ちゃんと……寝て」


 ティアナは目を見開き、次いでありがとうございます、と深々と頭を下げた。



 ティアナに少しでも元気を出してもらおうと思い、ハルはティアナに部屋から出ないようにと言ってから狩りに出た。美味しいものを食べれば元気が出るはず、という考えから、新鮮なお肉を焼いて振る舞おうと思ったのだ。

 巨木の近くにいた小さな白い獣を三匹ほど狩り、すぐに戻る。ちなみにアーク曰く、ウサギという動物らしい。今まで動物の名前を知ろうと思ったことはなかったので、聞いたのは初めてだ。


 ――話の種ぐらいにはなるかな?


 どうして急に教えてくれたのかと思ったが、どうやらそういうことらしい。アークの気遣いに感謝しつつ、ハルは巨木の側で手際よくウサギを解体していく。いつもなら保存食として干し肉なども作るのだが、明日には一度ここを離れるので、全て焼いてしまってもいいだろう。

 内蔵を全て取り出し、細長い木の枝に縛り付けて丸焼きにする。一匹はそのままじっくりと焼くことにして、残り二匹は薄く切って焼いて、木の皿に盛った。

 そんな料理とも呼べない調理を済ませた頃には、太陽はすっかり傾いてしまっていた。もう間もなく夜になる。夜は魔獣が活発に動き始める時間だが、ハルにとっては関係のないことだ。

 焼いた肉を持った皿を持って、ハルは巨木の三階に向かう。そっと顔をのぞかせると、ティアナはなにやらぼんやりとした様子だった。寝起きかな、と考えながら、ハルは恐る恐るとティアナに近づく。ハルに気づいたティアナが、緩慢な動作でハルを見た。


「ああ、ハル君……。おはようございます」

「おはよう」


 どうやら本当に眠っていたらしい。休むように勧めたのはハルだが、この後朝までまた眠れるだろうか。


「いい匂いですね……」


 ティアナが鼻をひくつかせ、次いでハルの持つ皿を見る。皿をティアナの側に置くと、驚いたようにハルを見てきた。


「狩ってきた……。食べて」


 ティアナはわずかに戸惑ったようだが、ありがとうございますと焼いた肉を指でつまんだ。それを口に運び、ゆっくりと租借する。呑み込んで、ほう、と息を吐いた。


「美味しい……。何のお肉なんですか?」

「ウサギ」

「ウサギですか? へえ……」


 ティアナは感嘆のため息を漏らしながら、二枚目の肉を食べる。どうやら気に入ってもらえたようだ。ハルは内心で満足そうに頷くと、音を立てずに立ち上がった。


「全部……食べていいから。多かったら……残しておいて」

「あ、はい……! 分かりました」


 口に入れていた肉を慌てて飲み下してティアナが言う。ハルは思わず笑みを零し、けれど何も言わずに部屋を後にした。

 一階に戻り、巨木の外に出る。先ほどまで使っていた火に土をかけて消すと、辺りは闇に包まれる。ハルが暮らす巨木から微かな光が漏れてくるだけだ。空を見ると、分厚い雲が覆い尽くしていた。

 ハルはしばらくその雲を見つめ、巨木へと戻る。中に入ってから、魔法で小さな光球を作り、その光の下で残りの大量の肉を平らげて、そのままいすに座って目を閉じる。


 ――あとはよろしく。

 ――分かった。

 ――ゆっくり休め。


 眠る必要がないアークとヴォイドに見張りを頼み、ハルは意識を手放した。



誤字脱字の報告、ご意見ご感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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