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やってみたいこと、と言われてもハルに思い浮かぶはずもない。ハルは迷うことなく、希望を口にした。ただ短く、美味しいものを食べたい、と。
「ふふ。分かりました。とびっきりのご馳走を食べましょう!」
そう言うと、ティアナはすぐに御者台へと指示を出す。ハルは表情には出さずに、しかし期待に胸を膨らませながら、馬車の揺れに身を任せた。
・・・・・
城下町の中でも特に商業施設が多くある地域。そこには種類、規模を問わず多くの店や露店が建ち並んでいる。普段からこの場所は買い物客や観光客で賑わっているのだが、今日はいつも以上だった。祭り、とまではいかないが、いつも以上に飲食店と娯楽関係の露店が多い。
ティアナたちはその地域に入る前に馬車を降りた。ハルの手をしっかりと握り、街の中を歩く。人が大勢いる場所まで来ると、ハルの手が震え始めた。繋ぐ手に少しだけ力を込めると、ハルの体は一瞬だけ強張り、しかしすぐに握り返してきた。
対人恐怖症。父はそう言っていた。森で暮らしていたことを含めて、過去に何があったのかは分からない。しかし、ハルは人と接することを極度に恐怖するようだ。目覚めたハルとの会話の後、父はそう評していた。
だが、ティアナの考えは違う。確かに対人恐怖症だろう。だがハルは人と接することを恐れているというわけではない。それ以前の問題だ。
ハルは人間そのものに恐怖している。ティアナはそう思っている。そしてそれは、この場所に来て確信に変わった。
「大丈夫ですよ、ハル君。ここの人たちは何もしませんから」
「うん……」
ハルの弱々しい声に、ティアナは少しだけ驚く。ハルは怯えたような目で周囲を警戒し、そして手は小刻みに震えていた。その震えは恐怖からくるものではなく、攻撃に移るために動作のようだ。いつ、誰に襲われても対処ができるように、だろう。
連れてくるべきではなかったかもしれない。そんな考えが脳裏によぎり、ティアナはすぐに首を振った。父と共に進めている計画のために、ハルには少しでも人に慣れてもらわなければならない。荒療治かもしれないが、このまま行くとしよう。
「ハル君、お腹空いていますよね? 繋ぎ、とは言いませんが、まずあそこに行ってみましょう」
ハルの手を取り、ティアナは道の両端に並んでいる屋台のうち、美味しい匂いを漂わせている屋台に向かった。その屋台では木の串に刺した細切れの肉を焼いていた。ハルの手を離し、店員に注文、料金を払って串に刺さった肉を受け取る。そしてハルに渡すために振り返る。ここまで本当に短い時間だ。
「あれ……?」
その短い時間で、ハルの姿は消えていた。
・・・・・
多くの人が買い物のためにこの場所を訪れている今、ほとんど見向きもされない場所がある。ティアナが買い物をしている間にアークが目敏くそれを見つけ、そしてアークに急かされてその場所に、建物に入った。
戸を開けてすぐにハルは眉をしかめた。ハルにとってあまり馴染みのない、気分の悪くなる臭いが部屋に充満している。何の臭いだろうと内心で首を傾げると、酒だ、というヴォイドの短い返答があった。
――これがお酒の臭いなんだ……。こんな臭いの水なんて、よく飲めるね。
――ああ、まあ、うん……。
――耳が痛いな……。
どうにも歯切れの悪い言葉を不思議に思うが、それ以上は何も言わずにハルは改めて部屋を見回した。
広い部屋で、部屋の中央がカウンターで仕切られている。カウンターの奥には揃いの服を着た人がそれぞれ忙しそうに働いている。その逆、こちら側には屈強そうな男や鎧姿の女、軽装ながらも大剣を背負ったグループなど、統一性がない。全員が戦えそう、というのはある意味では共通点だろうが。
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ではでは。




