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ティアナの住まう屋敷の庭から出たところに、一台の幌馬車がとまっていた。御者台に座る男がハルとティアナを認めると、にこやかに会釈などしてくる。男の一礼にハルが固まり、ティアナはそれを気にせずハルの手を取った。
幌の中には柔らかそうなクッションがいくつかあったが、それ以外には特に何もなかった。ティアナはクッションの一つを選ぶと、ハルを手招きしてくる。ハルはそれに従い、ティアナの隣に座った。
ハルが座るのと同時に、馬車がゆっくりと動き出す。その最初の振動に、ハルがまた驚いて体を小さくした。
「大丈夫ですよ、ハル君。大丈夫です」
ティアナがハルの手を握る。ハルは小さく頷き、気持ちを落ち着かせた。体に伝わってくる振動に意識を傾ける。がたがたと少しうるさいと感じる音もあるが、少し聞いていると何故か心地よく感じられるようになった。
馬車の後ろから流れていく景色を見ると、石畳の道が長く延びていた。道の両端には大きな庭や家が並んでいる。もっとも、それらに興味を抱いたのはアークとヴォイドであって、ハルは別のことに驚いていた。
思った以上に、速い。ハルの身体能力なら自分で走った方が速いかもしれないが、今はただ座っているだけで景色が流れている。便利なものだ、と素直に感心してしまう。
「馬車って楽だね。これならみんなが乗ってたのもよく分かるよ」
「みんな、ですか? そんなに大勢の人が使っているわけではないですけど……」
「そうなの? 森でもたまに見るぐらいだから、人が大勢いるところならもっと使われてると思ったんだけど……」
ハルのその言葉に、ティアナはなるほどと得心した。予想が合っているかの確かめか、ティアナが聞いてくる。
「ちなみにそれらの馬車はまだ使えそうでした?」
「多分無理だと思うよ」
「でしょうね……。ハル君、馬車はどちらかと言うと遠方への移動手段としてよく利用されています。ハル君が住んでいた森で見たものは、遠方に向かう間に迷い込んだものだと思いますよ」
ふうん、とハルは外の景色を長めながら曖昧な返事をする。正直言って、あまり意味は分かっていない。今のハルは、流れていく景色に夢中だ。それを察したのだろう、ティアナは苦笑すると、それ以上何も言ってこなかった。
しばらく走ると、流れていく景色に変化が現れた。広大な庭や大きな家といったものから、いつの間にか小さな家々に変わっていた。それと同じくして、周囲も少しずつ賑やかになっている。向かう先からはさらに賑やかな音も聞こえてきていた。
ハルにとってその音は、雑音に近いものがある。森の音と違い、色々な情報を与えてくれる音ではない。故に煩わしさすら感じるが、しかし何故だろう、この音を聞いていると楽しい気分になれた。
「いつもより賑やかですね……。今日って何かのお祭りでした?」
ティアナが不思議そうに首を傾げながら、御者台の方へと問いかける。すると、笑みを堪えているような声で返答があった。
「ティアナ様を助けた英雄様がいらっしゃるということで、このお祭り騒ぎですよ」
「え……。そ、それは……」
「人見知りする方だとは皆聞いておりますよ。大丈夫です」
安心させるような男の声に、ティアナは小さく安堵のため息をついた。ハルへと振り返り、笑顔を向けてくる。
「今日は少しだけ特別みたいです。ハル君は行きたいところややってみたいこととかありますか?」
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ではでは。




