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「大丈夫です。先ほどの人たちはハル君のために集められたのでハル君を見ていましたけど、街の人たちは通りすがりの人にそこまで意識を向けません。怖くないですよ」
「それ……誘拐された君が言うの……?」
「あう……」
痛いところをつかれたのだろう、ティアナが渋面になった。しかしすぐに気を取り直し、説得を続けてくる。
「美味しいご飯も、あります!」
ぴくり、とハルの体が動く。微かな反応だったが、ティアナはそれを見逃さなかったようだ。
「例えば、ですね! 焼き鳥、というものがあります! 串に刺した鶏肉を熱々に焼いて、そこに、店によって種類は違いますけど、タレをかけるんです。さあ、ハル君。想像してください」
ここで律儀にハルは想像してしまう。ハルの脳内に浮かんだ焼き鳥のイメージ。それはアークにも伝わったようで、違うよこっち、と修正してくれる。さらに美味しそうなものを思い浮かべることになってしまった。
ごくり、とハルがつばを飲み込む。ティアナがたたみかけてくる。
「他にも街には美味しい食べ物が溢れています! 森の中だと食べられないものがたくさんあると思います。案内しますから、一緒に行きませんか?」
「貴族の娘が真っ先に上げるものが屋台の食べ物って……」
「お父様は黙っていてください。そもそも、お父様に言われたくありません。この間も一人で屋台のラーメンを食べに行ったのは知っていますから」
「な……! ばれていないと思ったのに……!」
親子の会話を聞き流しながら、ハルは考える。森の中でも、ハルは色々なものを作ることができる。主にアークが教えてくれるためだ。だがそれでも、材料の問題で作りたくても作れないものが数多く、その中でも食べてみたいものは山ほどある。
人間が多いことを我慢すれば、それらを食べてみることができるかもしれない。その結論に至ったハルの瞳は、期待に輝き始めた。好奇心が恐怖心に勝った瞬間だった。
「行きたい」
ハルの短いその言葉。ティアナはすぐに、満面の笑顔になった。
「はい! 行きましょう! 準備をしてきますね、待っていてください!」
軽やかな足取りで部屋を出て行くティアナ。ハルはそれを半ば呆然とした様子で見送った。次いでアレンを見ると、苦笑しているアレンと目が合い、肩をすくめられる。
「ハル君。護衛を連れて行ってもらうのは、やはり怖いかな?」
「怖い」
短く即答。アレンが、まあそうだろうねと頷く。
「それじゃあ、申し訳ないけど、ティアをよろしく頼むよ。この間も誘拐されたところだからね……。父親としては家で大人しくしてほしいところだけど、あの子は言い出したら聞かないし」
誰に似たんだろう、とアレンが笑い、アークとヴォイドがお前にだとハルの心の中で叫ぶ。それを少しうるさい程度に感じながら、
「ご飯、食べる。その分は……働く」
「まあ……。うん。それでいいよ。よろしく」
少しだけ悲しげな笑みを浮かべながら、アレンは静かに立ち去った。
ハルはベッドに横になると、そっと目を閉じる。どれほど眠っていたかは分からないが、どうやらそれなりの時間を眠っていたらしい。眠気が一切ない。それでも目を閉じたのは、心の中の声に集中するためだ。
――さて、ハル。相談だ。
アークの声。普段以上に真剣な声音に、ハルはわずかながら緊張する。それを感じ取ったのか、アークが慌てたように付け加えた。
――別にそこまで真面目な話でもないよ。大丈夫だ。
――そうだ。今後のことについての話し合いなだけだからな。
それは真面目な話ではないのかと言いたくなるが、思い返せば彼らが真面目な話と切り出した時は生死に関わることだけだ。彼らにとって、それ以外のことはそこまで重要視していないのかもしれない。
――せっかく森から出たんだ。そろそろ森の外で生活してみないか?
――外って……。草原? 海?
――どうしてそうなるかな……。いや、まあずっと森で生活していたら当然か。
――俺たちが言っているのは街ということだ。
それを聞いた瞬間、ハルの体が強張った。それを知りながらも、二人は続ける。
――このまま森で暮らしていていいのかなって、ずっと思っていたんだ。
――お前はまだ若い。多くの可能性を持っている。
――そんな可能性の塊を、あんな森に縛り付けておきたくはないんだ。
あんな森、と言われてハルの心が乱れる。これが赤の他人に言われた言葉なら、何も言わず無視したことだろう。だが今までハルと共にいてくれた二人に言われてしまうと、ハルもどうしていいのか分からなくなってしまう。
――ぼくは、あの森が好きだよ。
何とかそれだけ伝えると、アークもそれには頷いてくれた。
――ああ、そうだね。僕も好きだ。でも、あの森では生きることで終わってしまう。ハルには、もっと多くの世界を見てほしいんだ。
――いきなり大きな街の中で暮らせとは言わん。一先ず考えておくといい。
それきり二人は黙ってしまった。ハルは捨てられた子犬のような心境になりながら、ため息をつきなが目を開けた。
二人は森の外に出るべきだと言う。しかしハルは、やはりあの森の生活で十分だと思える。確かに危険な動物や魔獣は多いが、今のハルなら驚異となるものは少ない。そんな魔獣とはほとんど出会うことのない森だ。街にいる人間は、ハルにとってはそんな魔獣よりも恐ろしい存在だと言える。
ベッドに腰掛けて、ハルはティアナを待つ。その間に、思い出す。昔の記憶。アークとヴォイドと出会った頃の記憶。
そして、ハルがこの世界に召喚された時の記憶だ。
あの場所には多くの人間がいた。多くの人間の目があった。自分を、生き物として見ない目ばかりだった。
「ハル君! 大丈夫ですか!」
その声に我に返った。気が付くと、ハルは自分の体を抱きしめ、小刻みに震えていた。声の主、ティアナはそんなハルをまっすぐに見つめている。ハルの手を優しく握りながら。
「大丈夫ですか? 少し休みます?」
ティアナが心配そうにそう聞いて、ハルは思わず笑ってしまった。きょとん、としているティアナへと、ハルが言う。
「大丈夫だよ、ティア。行こう」
普段と違うしっかりとした言葉にティアナは驚きながら、すぐに満面の笑顔になった。ハルの手を握ったまま歩き出し、ハルもそれについて行く。ティアナは部屋の扉を躊躇無く開いた。
まぶしい光が部屋を照らし出す。ハルはティアナに連れられながら、その光の中へと一歩を踏み出した。
いつの間にか、恐怖心はなくなっていた。
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ではでは。




