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序幕

 二○二X年、それは何の前触れもなくやってきた。海ほたるパーキングエリアがある木更津人工島の隣に、新たな人工島が一瞬で現れた。その島には大型商業施設ほどの規模がある建物が建っていた。更にパーキングエリアと繋がる道路まで造られていた。その建物には日本語と英語で、「並列世界相互扶助(ふじょ)協会出張所」という看板がかけてあった。

 このことを知った日本政府は東京アクアラインを封鎖し、パーキングエリアに一〇(ヒトマル)式戦車を主力とする陸上自衛隊の一個大隊を配置し、海上保安庁の巡視船と海上自衛隊の護衛艦と潜水艦で周囲の海を固め、上空に爆弾を積んだF2戦闘機と護衛のF35戦闘機を待機させた。これは自衛隊初の防衛出動になった。だが自衛隊は、もっぱらマスコミや野次馬への対応に追われた。

 並列世界相互扶助協会出張所なるものが出現した日の正午、建物の中から一人の女性が現れた。髪の色が緑だという点を除けば、普通の人間にしか見えなかった。紺のビジネススーツを着ていた。女性は両手を上げ、武器を持たず暴力をふるわない意思を示し、パーキングエリアに向かってきた。


「この中で最も階級が高い人は誰ですか? 私の話を聞いてください」


 流暢(りゅうちょう)な日本語だった。陸自の大隊長が名乗りをあげた。


「自分だ。深町二等陸佐だ」

「この世界の日本は文民統制シビリアンコントロールですね。外交を担当する外務省の人と話をさせてください」

「そちらの国籍は?」

「日本です。私は日本人です。ただし別の並列世界の日本です」

「何のことだ? 意味がわからない」


 深町二佐は思ったことを、そのまま口にした。


「話すと長い話になります。この状態で長い立ち話をするのは、お互いに嫌ではありませんか? よろしければパーキングエリアの休憩所の中で話を聞いてもらえませんか。もちろん女性陸上自衛官(WAC)にボディチェックをされても構いません。話を聞いてもらえるのなら、喜んで人質になります」


 そこまで言われると、さすがに(こば)めない。女性はボディチェックを受けた後、多目的休憩所に入った。女性は椅子に座って、テーブル越しに深町二佐と向き合った。


「申し遅れました。実は私はこういう者です」


 スーツ姿の女性は名刺を差し出した。WAC(ワック)たちは紙の名刺を危険物とは思わなかったらしい。作業衣(という名の迷彩服)姿の深町二佐は受け取るだけだった。まさか防衛出動で、名刺交換をする機会があるとは予想していなかった。


「『並列世界相互扶助(ふじょ)協会 人類事業部 地球部 第七課 課長 深井美登里』? よくわからない。あなたは何者だ?」

「それに書いてある通りです。皆さんと敵対するつもりはありません。だから課長の私が一人で、丸腰で来たのです」


 書いてあることが意味不明だから、訊いたのだ。深町二佐は少しいらっとしたが、丸腰の女性を(おど)すわけにもいかない。質問を変えることにした。


「あなたの目的は何だ?」

「そこからは政治の話です。この国は文民統制シビリアンコントロールのはずです。外交を担う政府の方に会わせてください。必要なら私が霞ヶ関(外務本省)に足を運びます。(てい)のいい人質になります」


 人質うんぬんはともかく、文民統制シビリアンコントロールは確かにその通りだ。しかしそれを言われては、制服組は愉快(ゆかい)になれない。


「我々には国家と国民を守る義務がある。訳がわからない人間を政府の要人と会わせるわけにはいかない」

「自衛官の皆さんがご一緒でも構いません。八九式小銃の銃口を私に向けても構いませんよ。協会の出張所に、一二〇ミリ四四口径の戦車砲の砲口を向けても構いません。爆弾を積んだF2戦闘機も滞空させたままで構いません」


 深町二佐は、度胸がある女だと思った。


「ここの日本は平和主義が戦略ですから」


 深町二佐は、少し意見を修正した。計算高い女だ。



 前代未聞の珍客を、政府は無視するわけにはいかない。外務省は三人の外務大臣政務官のうち、武内直江政務官を海ほたるに寄越した。二人の女性は名刺交換を交わした。今度は、髪の色以外は普通のビジネスに見えた。


「並列世界相互扶助協会? 聞いたことがない組織ですね。どんな組織ですか? 日本政府に何を求めているのですか?」

「ご存じないのも無理はありません。協会がこの世界に来たのは、私が初めてですから」

「世界? 我が国のことですか?」

「いいえ、文字通り世界です。宇宙は一つではありません。無数の宇宙が存在します。私は他の宇宙から来たのです」


 なんだ、電波女か中二病か、武内はそう思った。


「私のことを電波女か中二病だと思っていますね」


 武内はギクリとした。この女は他人の心が読めるのだろうか?


「私はあなたの心を読んだわけではありません。同じ経験を何度もしているんです。でも電波女や中二病に、人工島と建物が一瞬で作れると思いますか」


 そこを突かれた武内は、再びギクリとした。確かに自分たちにはできない。何らかの未知の手段を使ったとしか考えられない。(あなど)りがたい相手だ。


「どうやって作ったのですか?」


 ストレートすぎる質問を、深井はかわした。


「協会の規則で、今はそれを教えることはできません。それより協会そのものについて知ることの方が重要でしょう」

「そうですね」


 武内はその通りだと思った。武内が同意したので、深井は話を続けた。


「協会は複数の宇宙を並列世界と呼んでいます。今の日本に合わせれば、異世界と言った方がわかりやすいでしょうか。異なる世界が手を携えて、それぞれの危機を乗り越えるのが、協会の目的です。その世界にないはずの知識や技術を導入して、困難を乗り越えるのです。ちょっとした、宇宙に対する反則です。今の日本に合わせれば、チートと言えばわかりやすいでしょうか」


 武内にはわかりやすくならなかった。だが外交官なので、チートが「ずる」という意味の英単語であることは知っていた。


「その協会は、日本政府に何を求めるのですか?」

「勧誘と営業許可です。協会に入会すれば、様々な利益(メリット)が得られます。ただし相互扶助(ふじょ)ですから、協会に協力する義務が生まれます」

「義務とは何ですか?」

「異世界への協力です。異世界の危機を、この世界の知識や技術で救うのです。異世界では困難でも、この世界なら簡単に解決できるものはたくさんあるんです。その逆もたくさんあります」


 新手の海外援助の要請だろうか? 日本にどんな利益(メリット)があるというのか?


「逆ですか。何か具体的な例を挙げてもらえませんか?」

「そうですね。例えば原発の廃炉です」


 さらりと言ってのけた深井に、武内は驚いた。


「異世界の一つにある手段を使えば、一ヶ月以内で終わります」

「信じられません」


 これは武内の本音だった。


「どこが信じられませんか?」

「全てです。異世界の存在そのものが信じられません」

「やはり証拠が必要ですか」


 深井は目を細めた。武内はその表情に嫌な予感を覚えた。


「私を異世界とやらに連れて行こうというのなら、お断りします」


 深井は武内の予感を否定した。


「そんな面倒な真似はしません。証拠ならすでにご覧になってますよ」

「すでに見ている?」

「私です」


 深井は肩まで伸びた、緑の髪をいじった。


「これは地毛です。染色していません。この世界に緑の髪を持った人間は、漫画やアニメにしかいません。この髪が証拠です。医学的に調べていただいて構いません。身体や精神に危害が及ばない範囲なら、積極的に協力しますし、人質にもなります」


 武内は深町と同様に、最後の一言は余計だと思った。


「我が国は人質などとりません」

「政府の態度はそうでしょうね。しかし全ての国民が同意するわけではないでしょう。暗に人質同然と思わせれば、同意しない人たちを納得させる方便に使えますよ」


 そう言われると、答えに(きゅう)した。完全に相手のペースに乗せられている。武内は頭を回転させた。日本政府が切れるカードは少ない。強引にやって来たのだ。一方的に退去を求めても難しいだろう。このまま居座られて、既成事実を作られるのがオチだ。

 だが力ずくというわけにもいかない。相手がオーバーテクノロジーを持っているのは明らかだ。戦って勝てる保証はない。逆に負ける可能性の方が高い。なにより平和主義の建前が障害になる。協会とやらは日本の領海に勝手に人工島と建物を作った。これは立派な日本の主権の侵害だ。だから自衛隊を出動させた。国内、国際の法律に照らし合わせても、攻撃しても問題はない。しかし相手に非があるとしても、丸腰で交渉のテーブルについている相手を先に害したら、国民の多数から批判されるだろう。海外からも批判されかねない。

 そうなると、相手の話を聞いて妥協点を探るしかない。まさに外交そのものだ。深井が文民統制シビリアンコントロールを持ち出したのは、当然と言える。

 武内は残りの疑問をぶつけた。


「なぜ、我が国を交渉相手に選んだんですか?」

「理由はたくさんあります。平和を国是とすること。治安がよいこと。この地球でも屈指の先端技術を持つこと。海外援助の豊富な実績があること。差し迫った困難を抱えていること。それに私は日本人です。異世界の中には、この世界とよく似た世界もあります。私はそういう世界の日本人なんです」


 武内はまだ納得できなかった。


「原発の廃炉が一ヶ月でできるとは、到底思えません。その異世界はどのくらいの科学技術(テクノロジー)を持っているのですか?」

「その世界ごとに事情は異なりますが、仲介人としては、科学技術(テクノロジー)より、魔法をお薦めします」


 武内は面食らった。その直後に怒った。


「私たちをからかっているんですか!」


 深井は武内の怒りを正面から受け止めなかった。


「『ゲーデルの不完全性定理』というのをご存知ですか?」

「いいえ」


 武内は知らなかった。怒りの矛先をかわされた。


「数学の定理の一つです。簡単に言うと、『数学では証明できないものが必ず存在する』という定理です。この世界の科学技術は、全て数学を使っています。科学では説明できないものがあるんです」

「それが魔法だというのですか?」

「その通りです」


 武内は首を横に振った。


「やはり信じられません」

「簡単に信じてもらえるとは期待していません。私の出身の世界もそうでした。そこで提案したいのです」


 信用できなかったが、提案を聞いてみる価値はあるだろう。


「どのような提案ですか?」

「仮入会です。正式に入会しなくても、一つの困難だけ解決してみせます。ただし相互扶助ですから、この世界を助けた世界の困難を解決してもらいます」

「それが原発の廃炉であってもですか?」

「はい」


 武内はつばを飲んで訊いた。


「その対価は何ですか?」


 深井はその質問にすぐ答えず、深町二佐に頼んだ。


「私から取り上げたスマートフォンによく似た物を返してもらえませんか」


 スマホもどきを返してもらった深井は、それをテーブルの上に置いた。スマホもどきから立体映像が宙に映し出された。


「日本語の発音に合わせると、オダダと呼ばれる世界です」


 日本なら飛鳥時代くらいに見える世界だった。ただ日本の飛鳥時代と違うのは、人々が魔法としか思えない行為をしていることだった。


「見ての通り、オダダは魔法が発達した世界です。しかし科学では遅れています。科学が万能ではないように、魔法も万能ではありません。オダダが抱える、魔法では解決困難な問題を、日本の技術で解決してもらいます」


 何もない空間に映像が映っている。武内はこんな物は「スターウォーズ」でしか見たことがなかった。科学についての知識が豊富とはいえない武内は、ホログラムを知らなかった。知っていればホログラフィーの延長だと気づいただろうが、武内は魔法ではないかと疑った。だがこれが魔法だとしても、それだけで信用できるわけではない。今は話の続きを聞くしかない。


「具体的には何をするのですか?」

「鉄道を建設してもらいたいのです。オダダには陸上の大量輸送手段がありません。異常気象が起きると、多くの餓死者が出ます。鉄道ができれば食糧の供給ができますし、経済が発展し、人々の暮らしも楽になるはずです」


 鉄道と聞いて、武内は思い浮かんだ疑問を口にした。


「鉄道には電力が必要です。それとも蒸気機関車を走らせるのですか?」

「走らせるのは、電気自動車(EV)で使われている燃料電池で動く列車です。オダダでは石炭を燃料として利用していません。石油もです。環境の問題なども考えると、電力で動くのが一番良いですが、線路上に架線を張って維持するのは大変でしょう。変電所も必要になります。列車と電気自動車の両方を開発、製造している日本の技術力なら、燃料電池列車を作るのは難しくないでしょう。燃料の水素は水を電気分解して作ります。そのための発電所も作ってもらいます」


 まさか原発を作れというのでないか、そんな冗談が武内の頭に浮かんだが、口に出すのははばかられた。だが深井はそれを見透かしていた。


「原発ではありません。彼らには到底扱えません。作ってもらうのは水力発電所です。彼らはそのレベルでは比較的高度な建築技術を持っています。青銅器や鉄器も造れます。それらを延長すれば、小規模なダムの建設や線路の施設もできるはずです。日本には海外援助の豊富な実績があります。そのノウハウと技術なら可能でしょう」



 深井の提案は現実的で、妥当なものに思えた。この部分だけを聞けば、美味い話だ。逃がしたくない。だがうかつに信用するわけにもいかない。政府は態度を保留して、慎重に確認をすることにした。


 まずは異世界の存在の真偽を確認することにした。深井の申し出を受けて、深井の遺伝子を理研の横浜研究所にあるゲノム医科学センターで調べた。その結果は深井の発言を証明するものだった。この世界の人間にはない、緑色の髪の元となる遺伝子が発見されたが、その違いは人種の違いと同程度のものだった。なんらかのきっかけがあれば、この世界にも緑色の髪を持つ人種が存在しても不思議とは言えない、そういう結論が出た。地球以外で進化した生物とは思えない。突然変異か、異世界から来たと考えるしかなかった。だが突然変異なら、ニュースにならなかったのはおかしい。政府は必死に情報を収集したが、緑の髪を匂わせる、信憑性(しんぴょうせい)が高い情報は見つからなかった。


 次はオダダが実在するかを確認した。対価は後払いで構わないという条件で、オダダから調査隊を受け入れることにした。協会が綿密な防疫処置を施した後、協会の主張所から十二人のオダダ人がやってきた。彼らは地球の黄色人(モンゴロイド)の男性にしか見えなかった。だが話す言語は、この世界のものではなかった。通訳器は協会が用意した。深井も彼らに同行した。


 彼らは日本を見て驚いた。彼らには見たことどころか、想像もできないような世界だった。「充分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない」というA・C・クラークの言葉通り、彼らはそれを魔法と勘違いした。


 テレビを見ると、どうやってこの中に人間が入れるのかと訊いた。実際に人間が入っているのではなく、遠くの風景を映していると説明すると、魔法に関すると思われる専門用語で質問をしてきた。通訳器も日本語に該当する単語がない単語は通訳できない。これは魔法ではないと説明しても、電気を知らない彼らは納得しなかった。


 自動車を見ると、走る動物がいないのに、なぜ走れるのか訊いた。彼らに内燃機関を説明しても理解できなかった。化石燃料を使ったことがないのだから当然だった。これも魔法の一つだと思った。


 東京スカイツリーを見ると、どんな魔法で建設したのか訊いた。魔法ではないことを証明しようとして、建物の建設現場を見せた。そうしたら建設機械は魔法で動いていると誤解した。


 彼らが最も驚いたのは飛行機だ。オダダでは空を飛べる魔法を研究中だった。魔法が使えるといっても、(ほうき)にまたがって空を飛べるわけではなかった。地表から五十センチほど浮いて、短距離を移動するのが精一杯だった。彼らから見れば、巨大な物体が空を飛べるのは信じがたい事実だった。


 日本政府は彼らに失望しかけた。どう見ても未開人で、原発を扱えるとは思えない。それでも途中で放り出すことはしなかった。彼らを鉄道で現場へ移動させた。仕事に成功すればこれと同じものを作ってもらえると聞いて、彼らのモチベーションは上がった。


 現場に着くと、彼らに何をしてもらうか説明した。だが放射線を説明することはできず、目に見えない危険なものとだけ説明した。近づけない原因物質を安全に除去できるか訊いた。後でわかったのだが、彼らはオダダでは賢者と呼ばれる人物たちだった。十ニ人の賢者は真剣に討論した。その結果、可能だと答えた。


 どのような方法か訊いたが、魔法の専門用語らしいものがたくさん使われており、日本人には理解できなかった。そこで深井が解説をした。深井は以前からオダダのことを知っているようだった。


「原発を周囲の土、水、空気ごと、宇宙に飛ばすそうです」


 日本人たちは唖然とした。飛行機もないのにロケットを飛ばせるとは思えなかったし、ロケットの打ち上げ成功率を考えたらあまりに危険すぎる。それにロケットに載せるためには原子炉を分解しなければならない。それができるくらいなら、最初から苦労しない。原子炉を丸ごと打ち上げるには、どれだけロケットが必要だと思っているんだ。深井にそう指摘したら、更に驚く返事が返ってきた。


「ワームホールを作って、直接宇宙空間に移動させるそうです」


 武内は戸惑った。彼らに同行させられた武内は、とんだ貧乏くじを引いたと思っていた。


「ワームホールとは何ですか?」

「ブラックホールはご存知ですか?」

「一応の知識は持っているつもりです」


 武内は正直に答えた。日本人の科学者はもちろん知っていた。ワームホールを知っている者も多数いたが、自分が説明するのは面倒なので、深井に任せた。


「ブラックホールの出口がホワイトホールです。ブラックホールとホワイトホールの組み合わせがワームホールです。原発をブラックホールで吸い込み、宇宙空間に作ったホワイトホールへ移動させるそうです」


 科学者ではない武内でもナンセンスだと思った。当然日本の科学者たちは反論した。だが深井はこう言っただけだった。


「科学では説明できないものこそが、魔法であると言ったはずですよ。百聞は一見しかず。論より証拠。小規模ですが実演してもらうように頼んでみましょう」


 十ニ人の賢者は小規模な実演をすることに同意した。彼らには海岸にあるテトラポットを移動してもらうことになった。彼らは神にお(うかが)いをたてて、予言をもらい、計画を立てた。国立天文台は難色を示したが、予言で示された座標を光学望遠鏡で観測した。日本人たちの目の前で、十二人は鈴を鳴らしながら呪文のようなものを唱え始めた。日本人たちはしらけた様子で見ていたが、突然目の前にあったテトラポットが消えた。その後すぐ、国立天文台から報告が来た。本当にテトラポットが出現したのだ。いかさまを防ぐために、移動をさせる直前にテトラポットにペンキでマークを付けたが、それも確認できた。政府は科学者だけではなく、トリックの専門家である手品師(マジシャン)たちからも意見を求めたが、全員がトリックは不可能だと答えた。



 世論は二つに割れた。魔法を支持するか、しないのか。支持派は少数だったが、日本政府の態度は一変した。原発の廃炉は、今のままでは何十年かかるか見当がつかない。それが一ヶ月で解決できる可能性が本当にある。この機会を見過ごすわけにはいかない。日本政府は十二人の賢者たちに礼を尽くした。武内の代わりに岡本外務大臣が同行した。詳細な計画を立てて準備をするためにオダダに帰るときは、土産(みやげ)を渡そうとしたが、深井に止められた。


「チートは必要最小限でなければなりません。過剰な干渉は、どちらの世界にとっても不利益になります。これは並列世界相互扶助協会のルールです。仮入会であっても、ルールは守ってもらいます」


 十二人の賢者たちは、オダダに帰っていった。



 この事実は世界に報道された。深井の所には、秘密裏に世界中の政府からオファーが集まった。だが深井はほとんど相手にしなかった。


「国交を結びたいのですか? 協会は福祉を目的とした非政府組織(NGO)で、国家でも政府でもありません」


「仮入会したいのですか? 御国も日本と同じ問題で悩んでいるのは存じています。しかし協会には平和な国家しか入会できません。どさくさに紛れて他国の領土を占領する御国は、領土的野心を持っていることが明らかです。異世界を侵略しかねない御国を入会させることはできません」


「御国が地球で最大の国家であることは存じています。しかし協会には平和な国家しか入会できません。国内に三億丁もの銃を放置して、管理できない御国の治安はお粗末としか言えません。先進国の中では、飛び抜けて犯罪率が高いではありませんか。異世界にむやみに武器や犯罪を持ち込みかねない御国を入会させることはできません」


「御国が地球で最大の人口を誇っているのは存じています。ですが自国の大気を汚染して周辺国にも迷惑をかけ、目先の利益のために希少種を根こそぎ取るような、環境を平気で破壊する御国は、異世界でも環境を破壊するでしょう。そのような御国を入会させることはできません」


 断られた国の中には、日本に圧力をかける国もあった。日本政府が打診したら、深井はこう言った。


「仮とはいえ入会した国を脅迫した国に、協会は便宜(べんぎ)を図るつもりはありません」


 オフレコのはずの言葉がどこかから漏れた。反日を宣伝する国はなくなった。

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