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序章 その3

続いて二人目の男子生徒が自己紹介を始める。


「…菅田友和(かんだともかず)ッス。…楽しそうな部活だと思ったんでここに来ましたッス」


最初に自己紹介をした吉本と比べるとなんともやる気のない軽い感じの自己紹介だった。俺も人のことは言えないが。

学ランの襟元には何やら如何わしい服装をした二次元キャラが描かれているヘッドフォンがぶら下げられており、肩まで伸びた目元が隠れるほどの長髪が目立つ暗いイメージのする男子生徒だった。身長は170の俺より遥かに高い。

(ヘッドフォンのキャラは多分、初○ミクだと思います)

六月だというのに学ランを着ている辺りが、少し気になった。

自己紹介が終わると、菅田はすぐにそっぽを向いてしまった。

コイツは癖がありそうな奴だ。


最後に女子生徒が自己紹介を始める。


牧島恵梨香(まきしまえりか)です。吉本君と同じで、小倉先輩が書いたチラシを見て来ました」


牧島の自己紹介を聞いて、俺は軽い疑問を覚えた。


「どうして俺が書いたチラシって知ってるんだ?」

「あっ、それはですね。先輩の横にいる生徒会長に教えてもらったんですよ」


言われて気づいたんだが、美羽はさっきから一言も口を聞いていない。コイツのことだから、てっきり初々しい新人にヤジでも飛ばすのかと思っていたが…。

見れば、美羽は小さく口を開いて硬直してしまっている。視線の先には牧島がいた。

俺が「お前が教えたのか?」と聞くと、美羽はやっと気づいたのか「私が教えた」と視線を変えずに答えた。

俺は思わず軽く舌打ちをしてしまった。

チラシを書いた作者がバレることが、なんだが恥ずかしかったのだ。


「あのチラシ書いたのって先輩だったんですか⁉︎」

「…へぇ、そうなんだ」


他の二人の新入生も感心するような目つきで俺を見てくるので、俺は赤面してしまい、顔を背けてしまった。

…自慢じゃないが、イラストなどは昔イラストレーターを目指していたこともあって苦手ではなかった。


「恵梨香…アンタ、部活には何も入らないって言ってなかった?」


小さな声で吐き出すように言われたその言葉は、どうにも先ほどから様子がおかしい美羽だった。


「大丈夫です。色々考えた結果なんで!」


牧島は威勢良くそんな返事を返したが、俺たちにはさっぱり話しが見えてこない。

コイツらだけの間で何かあったのだろうか?

野暮だとは思ったが、一応興味があった俺は美羽に二人の間で何があったのか聞こうとした。

が、それを遮ったのは急に拍手をし始めた柏木だった。


「それぞれ自己紹介ありがとうぉ。演劇同好会を見に来てくれただけでも嬉しいわぁ。今この部活の部員はここにいる二年の先輩しかいないのよね」

「因みに言うと、部活動としての原則として、最低部員は五人いないとダメなんだよ。君らが入ってくれないと文化祭やる前に廃部だな」


浅田め…。上手いこと柏木に合わせて、新入生たちが入部を断れなくなるようにしやがった。

コイツの場合、それを無意識にやるから凄いと思う。

新入生たちがそれぞれ考え込むのを見て、俺は助け舟を出すことにした。


「とりあえず、今から彼らに俺らの普段の部活動を見てもらって、それから決めてもらったらどうだ?」

「そっちのほうが良いと思う。恵梨香たちもその方が良いよね?」

「…そうですね」


美羽と牧島のやり取りは相変わらず違和感を感じるが、とりあえず新入生の三人には教室の後ろのほうに座ってもらった。

柏木も教室の隅で壁にもたれ掛かる形で居座ることになった。

浅田が黒板前のポジションに戻り、劇の内容についての議論を再開する。

彼此、一ヶ月近くも議論をしているが、一向に決定案が出ていない。

まだ劇のジャンルさえも決まっていないのに、配役を決めて練習するスケジュールを文化祭までに無事組めるだろうか?

文化祭は十月の最初の土日にある。


「ジャンルは本当に戦争もので行くのか、浅田」

「だってお前ら他に案がないんだろ⁉︎ 大体、ジャンルが決まってもまた台本書き直してたら時間ないだろ」

「こんな内容じゃ無茶があるだろ。もっとメジャーなのが良いんじゃないか?」

「…恋愛とか?」

「「それはないだろ!」」


美羽の提案に思わず浅田とハモってしまった。

こんなんで本当に決まんのかよ…


いつまでも同じでような会話をして拉致があかない俺たちを見て、柏木が溜め息まじりに動いた。


「新人たちは何か良い案ないかなぁ? この先輩たちに任せておいたらずうっとこんな感じなのよ」


柏木の物言いには腹が立つが、内容は最もだった。

話をいきなり振られた三人は互いに顔を見合わせ、少し考え込んだ後に口を開いたのは吉本だった。

律儀にも片手を上げて「良いですか?」と俺たちに許可を取ってから話し始めた。


「僕は昔から歴史関連に興味があるんですが、坂本龍馬などを主人公にした幕末の物語を主体にした内容の劇とかどうでしょう? これなら台本も僕が書けますし」

「…歴史とか今時ダサくないか?」

「ダ、ダサくないだろ別に⁉︎ 歴史を主体にした演劇を公演している劇団も幾つもあるんだからさ! 観客だって結構いるんだから」

「…どうせジジィかババァばっかじゃん」


激怒した吉本とは対象的に、冷めた態度を取る菅田の二人が周りそっちのけで言い争いを始めた。

完全に周りが見えていないな、あいつら。

管田に関してはある程度アクが強い奴だとは思っていたが、まさかこれほどまでとは…。


「今年の新人は苦労しそうね。色々と…」

「なんていったって、あの柏木が連れて来たニューホープだからな」

「ちょっと。サラッと恵梨香まで一緒にしないでよ」

「すんません」


浅田と牧島と柏木が二人の仲裁に入る中、俺と美羽は椅子に座りながら呑気にそんな話をしていた。

教師がいることもあってか、二人の争いは大事にならずに済んだ。

途中他の奴は多分気づかなかったと思うが、横で補習をしていた男教師が不機嫌そうな顔して教室を覗き見してたな。

とりあえず心の中で「五月蝿くしてすんません」って唱えながら、軽く頭下げといたが。


やっと落ち着きが戻った教室で、今度は牧島が手を上げた。


「学園ものとかはどうでしょうか? ちょうど私たちは学生をしているわけですし。ジャンル的にもメジャーだとは思います」

「それさっき私が言った」

「お前のは恋愛だろ? 学園と恋愛は違うぞ」

「偉そうにわかったような口聞かないでよ。彼女もろくにいないエロ眼鏡のくせに」

「黙れブス。でも、学園ものか…。案外良いかも知れないぞ。部長はどう思うんだ?」

「学園も良いと思うが…、台本は? それに正直言うと、俺は去年から劇で戦争ものをしたいと思っていたんだ。だから、出来れば戦争ものがしたいな…」

「そう…か。台本の問題もあるんですね。すみません、私は小説みたいに文章を考えるのはあまり得意ではないです…。

ただ、浅田先輩の戦争の話を入れたいという意見ならどうにか出来るかもしれません」

「学園と戦争を混ぜた内容と言うことか。…もしかして、軍事学校の生活とかか?」

「ちょっと待ってくれ。俺がやりたい戦争ものはそういう意味じゃないんだ。なんというか、舞台の上で銃口を向け合って叫びあったりとか暴れまわったりとかそういったアクションをしたいだけっていうか」

「要するに、動きの多いアクションものってことなの?」


美羽の言葉に浅田が頷いた。そして同時に、浅田はシリアスな一面もある劇にしたいと思っているらしい。俺もそれなら一度は見てみたいと興味を持った。

だが、吉本はやや不服そうだ。

俺は吉本に向きあって告げた。


「大丈夫だ。ちゃんと歴史関係のものも入れて考えるから」

「あ、ありがとうございます!」


ここで鼻を曲げられて入部を断られたら、今の演劇同好会には痛手だからな。

それに、自分の意見が通らずに孤立を感じてしまう経験は、俺も何度も体験したことがある。

そんな人間に対しては、俺はなんとなく親近感が湧いて接したくなるのだ。

今まで他の人間の動きを見ていただけの菅田が、静かに喋り出した。


「俺、一応ライトノベルとかネットでですけど書いてるんで、台本とかならジャンルを教えて貰えたら書けると思うッス」

「マジか⁉︎ それは助かる、菅田君!」


浅田の予想以上の反応に、菅田は少し驚いていたようだった。

そして、浅田が皆の希望するジャンルを聞いて回って、それを紙にまとめて菅田に渡した。


ようやく部活として形になってきた。そう思うと同時に部活動の終了を告げる18時のチャイムがなってしまった。

熱中していたせいで、時間が凄く短く感じた。


「もうそんな時間か…。続きはまた今度だな」


浅田が名残り惜しそうに言うと、柏木が今思い出したかのように新入生たちに声をかけた。


「君たち、結局入部はどうするぅ? 入部するならこれから職員室に入部届け取りに来て貰わないといけないけどねぇ」


柏木の質問に三人はそれぞれ答えた。

俺たちも思わず息を呑む。

特に牧島を見る美羽の目は真剣だ。


「僕は入部します。これから宜しくお願いします!」

「俺は…とりあえず保留で良いッスか? 返事は今週中にしますんで」

「…」


牧島の返事のみが返ってこない。暫しの沈黙のあと、皆の注目を浴びて牧島がようやく口を開いた。


「私も…、私も入部します。これから宜しくお願いします!」


その返事を聞いて、俺と浅田はハイタッチした。

一人は微妙な返事をしたが、まぁ二人が入部確定なので廃部は間逃れることが出来たのだ。

だが、美羽は俺たちを他所に蚊の鳴くような声で呟いた。


「…恵梨香」


その声は多分俺にしか聞こえていなかった。だが、今ここでそのことについて問いただすと、折角の雰囲気を潰してしまうことになる。

それくらいは、いくら空気の読めない俺でもわかった。

部活の廃部が無くなって嬉しい反面、胸に靄が残りながらその日は下校した。


ー続く


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