序章 その1
「ーていうこんな感じの内容の劇を今年の文化祭でしようと思うんだ」
自身が丹精込めて書き上げた原稿用紙を片手に、声の主は胸を張って赤焼けの夕日が射し込む空き教室で言い放った。
正直、話の後半から意識が教室の窓から見えるグラウンドで走る女子部員へといっていた。
またいつもの戦争物か…と半ば呆れながら机の上に片手で方杖をついているのが俺、高校二年の小倉。そして、空き教室の黒板前で喋っているのが俺が所属している部活動である演劇部の部長で同級生である浅田だった。
現在、部活で唯一の花舞台である文化祭ステージでの演劇について内容を吟味している最中だ。
ーといっても、勝手に浅田が一人で決めていっているんだけどね。
季節は既に桜が散り終わり、校庭の木に緑が溢れ始めている。気温も長袖のカッターシャツを腕まくりしてちょうどいいくらいだ。同時に、五月病で学校を休む奴が後を絶たなくなったが。
俺は首を右へ左へぐるりと廻し、意見欲しさにこちらを凝視する浅田へ答えた。
「内容は面白いと思うけど、配役はどうすんだよ? 後、銃とかの小道具。配役。ヘリとか絶体無理だろうよ」
「ヘリは映像で映すから大丈夫! そのシーンだけ、舞台から役者が消えてスクリーンに映像を映せばいいんだろ?」
「あっそう。じゃあやってみればいいじゃんか」
言い争いをしていて、めんどくさくなってきた俺は欠伸を零しながら机に突っ伏してしまった。
というのも、最近は朝からこんな調子がずっと続いている。
今日は特に疲れていた。
多分昨日に高校への入学とともに始めたアルバイトで、明け方まで残業させられたからだ。
寝床に着いたのは多分、午前五時過ぎくらいだったと思う。
俺は鉛のように重い瞼を何度も擦りながら、完全に宙へ浮いている意識でさっきから感じる視線のほうへ首を傾げた。
「アンタってほんと普段から気だるそうだよね」
二つ離れた座席からこちらをスマホを片手に見てくる女がそこにいた。
やや小柄な体に、水色のリボンで長めの茶髪の左端だけを結んだ、今学校で流行っていると言われている髪型。一方で大きな瞳から並みならぬ気の強さを感じられる女子生徒。
我らが高校の現生徒会長、なんてものを務めている香住だ。
実は俺たちの高校は男だらけの工業高校なんだが、そんな中で数少ない女の中からコイツが生徒会長に選ばれた。コイツとは中学生からの付き合いで、俺はコイツを名前の美羽で呼んでいる。
浅田とは高校からの付き合いだが、浅田も今では香住を名前で呼ぶようになっていた。
シワ一つ無いスカートからは、白い雪を連想させる透き通った脚が美しい直角を描いて並べられていた。ただし、スカートの裾からはだらしなく体操服のハーフパンツが見えていた。もう6月だっていうのにコイツは「アンタにパンツ見られるじゃん」とかいうわけの分からない理由で、クソ暑い中このハーフパンツを履いて学校に通っている。
そんな美脚の持ち主が真横にいるにもかかわらず、俺は美羽に見向きもしない。
もちろん、俺は普通の一般的な標準の現役高校二年生だ。
女性に興味が無いわけでも、女性に慣れているわけでもない。
俺はこの女が、この世の誰よりも嫌いなのだ。
その理由は次回にしようと思うー