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第03話

「ちょ、ちょと。やめなさい。何やってるのっ!?」


 悲鳴のような女性の声は二人には届かない。

 お互いの炎はちょうど二人の中間の距離でぶつかり停止した。

 しかし、それはお互い炎を止めた訳ではなく、男の放った炎は健太郎の炎を飲みつくさんとし、健太郎の炎は男の炎を突き破らんとし、お互いに膠着状態に陥っていた。

 健太郎は青ざめた。

 ぶつかり合う炎から伝わる感触が伝える。

 男はまだ余力を残している。

 だめだ。このままでは。これ以上、この状態が長引いたら。


 こころの奥にあるもや。

 それを開くカギはパズルのようにあちこち欠けていた。

 だが、この瞬間、カチリとその欠けたパーツが嵌った。

 微かに開いた扉の向こう側。もやの向こう側から届いたのは言葉。


「食い─破れっ!」


 一瞬、健太郎の炎が爆ぜるように膨れ上がり、それはまるで獣の牙がごとくそこから放たれた幾条もの火線が男の炎を貫いた。


「ぐっ」


 男の体制が揺れた。同時に男の放った炎が霧散する。

 そして、火線だけでなく男の炎が防いでいた健太郎の炎本体までがせまってくる。


「ちっ」


 健太郎へ向けていた手のひらを閉じて、まるで虚空にある何かを掴むように手を握る。

 その手に再び炎が噴出する。

 ただし今度は先ほどより規模は小さい、それはまるで健太郎の放つ火線のようだった。

 健太郎は自分の勝ちを確信していた。

 男に余力がある事は分かっていたが、あの拮抗状態を破られた直後だ。防ぎきれない。

 だが、次の瞬間目を見張った。

 男の手にあった炎、火線が収束していく。

 今、男が手にしているのは炎ではなかった。所々から黒い火花が散っているが、それは一振りの剣だった。


「俺の意を読み――ぶった切れっ!」


 まるで心臓が止まったように感じた。

 膝が震える。立っていられない。力が抜けていく。


「健太郎!」


 カクンと膝が崩れた。

 智子が支えていなければ倒れていただろう。

 何が起きた。

 自分の放った炎が、男が黒い炎から生み出した剣に両断され、霧散したのは見えた。

 だが、この脱力感は?


「フンっ」


 男が一歩一歩近づいて来る。

 ダメだ。

 智子を守らないとっ!

 しかし力が入らない。

 男が足を止めた。

 剣の間合いからは遥か遠い。

 だが、あれは普通の剣ではない。

 健太郎は己の無力を歯噛みした。

 力があるのに。

 智子を守る力があったのに。


 ヤッパリ、トモコを守れないのか?


 しかし、状況はさらなる展開へと変化した。

 健太郎達の真後ろから黒い炎が吹きぬけた。

 帯状のそれはあるものは健太郎達を守るように周囲を囲い。あるものは健太郎と男の間に壁のように突き刺さり、そしてあるものは男の進撃を拒むように男の眼前を舞う。


「何の真似だ。八識」

「何の真似、ですって。それはこっちの台詞よ、斬場っ」


 ずり落ちかけた眼鏡を押し上げて、八識と呼ばれた女性は男を指差す。

 健太郎達を守っている黒い炎は八識の足元から放たれていた。それはまるで影が持ち上がり炎と化したかのように連想させる。


「私達は話し合いに来たのよ。分かる? 話し合い。

 ただでさえ、敵味方分からないこの子達に襲い掛かってどうするのよっ。

 どうフォローしろって言うのよっ」

「敵味方分からないのは俺達にとっても同じだろう」


 ため息をついて、仕方ないとばかりに斬場が剣を握っている手を開くと、剣はまたたくまに黒い炎と化して、斬場の腕に絡みつくと、まるで吸い込まれるように消えていった。


「斬場?」


 問いかけつつ、八識も炎を引く。斬場と同じように霧散するでなく彼女に吸い込まれるように黒い炎は消えた。


「牙翼だというならいざしらず、こんな半端者を【燈火】に引き入れる?

 ただでさえ混乱している状況だというのに。

 いつ敵となるかも知らない奴を放置するのか?」

「それを決めるのも見極めるのも私の役割よ。

 それに混乱状態だからこそ、からまった糸は丁寧に解きほぐさないといけない。まどろっこしくてもね」

「やってられんな」

「斬場。【燈火】の長は私よ。私の決定に従ってもらう。勿論、命令にもね」


 八識は自分が入って来た側のシート指差した。


「このビルから出て行きなさい」

「……ふん」


 面白くなさそうな表情だったが命令に背くつもりはないらしく、健太郎達の脇を何もせずに通り過ぎ、八識が入って来た側のシートを乱暴に跳ね上げて出て行く。


「さて。大丈夫……な訳はないか。

 あれだけの炎術を斬場の奴が正面から破壊したんだから」

「どういう意味ですか?」


 とりあえず、先ほどのやり取りからこの八識と呼ばれた女性はそこまで警戒しなくてもいいらしい。

 寒気や発熱とも違うこの脱力感はあの斬場と呼ばれた男が使った剣のせいだと思っていたが、八識の言い様だと違うらしい。


「炎術ってノーリスクじゃないのよ。あ、炎術っていうのはあなたや私達が使ってた黒い炎の事ね。

 炎術に力を込めれば込めるほど当然威力は高くなるけど、同質の力。つまりは炎術で破られると、力を込めた分の反動が返ってくる……ん…………だけど」


 最後の方がしりつぼみになったのは、殺意に近い視線で彼女を射抜く智子がいたからだ。


「大丈夫よ。私は斬場と違うから。ね。ダメ? ……よね、やっぱり」


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