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第06話

 目前にせまる巨大な黒炎。

 しかし、それを前にして健太郎は恐怖を感じていなかった。

 一度目の黒炎をその身に受けたとき、脳裏に様々な光景を見た気がする。

 そして、気付けば男の黒炎を押し返していた。

 記憶には残っていない光景。

 しかし、それは健太郎の脳裏にあるもやのかかった記憶を開くカギのパーツの一部として組み込まれていた。

 そして、いま健太郎の頭にあるのは智子の事。

 あの炎術を受ければ二人とも助からない。

 ならば?


「――食い破れ」


 無意識に呟いた言葉。

 それはまるで奇跡を起こす呪文のように健太郎の体に力を満ちさせた。

 突き出されたままの健太郎の両腕。

 その二の腕から黒い炎が噴出した。

 それは左右の上腕を伝い、手のひらの先で合流し渦を成す。

 智子は一連の光景をただ呆然と見守っていた。


「いけぇっ!!」

「野郎っ!!」


 渦は幾条もの黒い火線と化し、男の放った黒炎へと突き刺さって行く。

 悲鳴が聞こえた。

 黒い火線が、男の放った黒炎へと次々突き刺さる度にそれは聞こえた。

 何度それが繰り返されたか。

 男の黒炎が散り散りになり、そしてその向こう側の光景が露わになる。

 火線の残り火と、蛇のようにそれに絡みつかれた男が。


「へ……本当についてねぇ。いや……オレ様がまずったのか?」


 次の瞬間、男の体に巻きついた黒炎が爆発したように、悲鳴すら焼き尽くすような業火と化した。



*---*



 ユラユラと黒い人型の松明が揺れる。

 健太郎は己が両手、両腕を見つめる。

 はっきりと覚えている。

 男が放った黒い炎と同じものがこの腕から放たれたのを。

 そして、その結果は?

 ユラユラ、ユラユラと。

 黒い松明は揺れる。揺れながら後退し、そして糸が切れた操り人形のように倒れた。


「え?」


 健太郎から疑問の声が漏れる。

 ようやく、常識という世界に戻ってきたかのよに。


 ボクがコレをヤッタ?

 ボクガコロシタ?


 そうだ。自分の意思で黒い炎を放ったのだ。

 自分が黒い炎を放つという不条理より先に、自分が犯した罪に体が震えた。


「な、なんて事を……」


 膝がくずれそうだった。

 男は間違いなく自分達を殺そうとしていた。

 でも、健太郎にはそんな意思は、そんな覚悟はなかった。

 それは、ただただ……


「健太郎!!」


 声に体が一際大きく振るえ、そして止まった。


「と、智子。僕……、とんでもない事を……しちゃった」

「健太郎っ、落ち着いて!」

「ぼ、僕。人を殺し――」


 瞬間、視界がぶれた。

 頬を叩かれたのだと気付くのに数秒の時を要した。

 そして、叩いた本人が無理して立っているのに気付いて咄嗟に体を支える。


「あんたはっ、悪くない! 私を守る為、そうでしょっ!!」


 挫いた足が痛むのだろう。

 体重を健太郎に預けたまま、それでも智子の両手は健太郎の襟元を掴み、顔を近付ける。


「私達は殺される所だった。あんたが私を助けてくれなきゃ間違いなく二人とも死んでたっ!」

「でもっ」

「いいからっ。早く、ここから出るのっ! あいつや私達の声で人が来るかもっ!」

「で、出るって。だって、警察に知らせなきゃ」

「なんて説明するのっ! それにっ!」


 襟元を掴んでいた両手が離れ、健太郎の首に両腕が巻かれた。


「あんたを犯罪者になんてさせないっ。絶対に!!」


 智子は未だに黒い炎に焼かれ続ける男に一度だけ目をやって、同様に見て釘付けになった健太郎の顔を無理やり反対側へ向けさせる。


「でるよ」

「……でも」

「健太郎っ!」


 動こうとしない健太郎を引っ張ろうとして、挫いた足に痛みが走り智子は呻いた。

 それが引き金になり、健太郎は彼女の片腕を自分の肩に乗せ担ぐように歩き出した。


「もう、振り返っちゃダメだよ」

「うん」


 頷きつつも、ビルを覆うシートを巻くって外へ出るとき、一瞬だけ燃える男の身体が健太郎の視界に入った。

 いっそ、悪い夢なら良かった。

 だが、支えている智子の身体から伝わる体温が、これを現実だと伝えていた。



*---*



「少し、遅かったか?」

「みたいね」


 ほとんど炭化しつつも、なお黒炎に包まれた男を前にして八識は肩を竦めた。


「読めるか?」

「今?

 出来なくもないけど、出来れば炎術が完全に沈静化してからのほうがいいわ。

 本体に伝達されて面倒な事になるといけないから」

「バレたらまずいのか?」

「さぁ、分からないわ。分からないからうかつに手をだせないの」

「結局、オレはいらなかったんじゃないのか?」

「結果論よ。

 それに破片だけ読んだけど、昇華こそしてないものの戦闘員としては一級品よ。

 先にウチのとぶつかってるけど、よくも無事で済んだものだわ」

「【燈火】のメンバーとやりあってるのか?」

「ええ。報告に上がってたわ。

 発見次第、斬場。あんたを急行させるはずだったの。

 ウチは戦える手駒がただでさえ少ないから。確実に勝てるあんたをぶつけるつもりだったのに」


 斬場は馬鹿にしたように息を吐いた。


「良かったじゃないか。手間が省けて」

「……まぁそうね。ただ、新たな問題が発生しちゃったけどね」

「誰がこいつを倒したか、か? それこそお前が読めば済む話だろう」

「読んで、さらに問題が複雑化したら?

 【紅】の戦闘員が【燈火】のテリトリーで倒された。そして、犯人は【燈火】のメンバーじゃない」

「今の状況を覆す一手って話はどうなった?」

「あの時は急いでいたからあまり深く考えてなかったんだけど」


 おとがいに手をあてて悩ましそうに八識は言った。


「なぜ、半年前でなく今になって? そして、牙翼と刃烈。いずれなのか」

「それこそ、読むしかないだろう。もうそろそろいいだろ」

「そうね」


 八識はため息をついてかかとをぶつけて鳴らした。

 瞬間、彼女の足元から黒い炎が帯状に何本も放たれて、男の身体を包み込んだ。



 第一章 完


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