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第07話

「え?」


 樹連の首筋から勢いよく血が噴出した。

 きょとんとした表情で彼女が出血元をみると大きなガラスの破片が刺さっていた。

 さらに目で追うとそれはガラスの端を両手で押し込んでいた。

 智子の両手だった。

 樹連にとって視界の外だった彼女は、意識を取り戻し立ち上がって、床に落ちていたガラスを樹連に突き刺したのだ。

 我に返った樹連は智子を突き飛ばし、首からガラスを引き抜いた。


「このっ!」

「智子っ!」


 同時だった。

 健太郎が放った炎術が樹連を吹きと飛ばしたのと。

 樹連が放った炎術が智子を弾き飛ばしたのと。

 樹連の炎気は遠ざかっていく。

 逃げたのだ。

 智子はまだ生きていた。

 健太郎の炎術でわずかに樹連の炎術がそれて直撃に至らなかったのだ。


 それでも尚、それは致命傷だった。


 健太郎の背後で【紅】のDFが身構えたが、宿木が手で制した。


「どうします。どうやら私達はあんたと戦う理由がなくなっちまいましたが」

「僕にもないな。もうすぐ【燈火】が来るはずだ。去ったほうがいいよ」

「助言ありがとうございます。それではこれで失礼します」


 宿木は目で合図して負傷した仲間を残った二人に担がせ、その場を去った。


「けんたろー?」

「智子っ?!」


 奇跡か智子の意識はまだ辛うじて残っていた。


「もうちょっとがんばって。八識さんが傷を治せるDFを連れてくるって」

「ううん。もう、限界……だよ」

「な、何言っているんだよ。智子。まだ生きてるんだ。もう少しで」

「本物の健太郎が言ったなら、がんばれたかも知れないけど」


 時間が凍りついた。


「な、何言って」

「恵がね。言ってたの。健太郎達が来る前。

 DFって人間の身体を乗っ取る生命体だって。

 乗っ取られた人はとっくに死んでいるんだって」

「っ?!」


 あの時からっ?!

 ずっと知られていた?!


「でも、身体は間違いなく健太郎なんだから。

 健太郎がこの世に残した形見なんだから、せめて抜け殻でもいい。愛してあげようって思ってたんだ」

「………………」

「でもさぁ、けんたろー。もっと前に死んでたんだよね。半年も前に。

 私気付かないまま。酷いよね。けんたろーは私の事スキだって言ってたのに。私もダイスキだったのに」


 もう智子の目の焦点はあってなかった。

 声にも抑揚がなくなってきている。


「いまさら、悔やんでも悔やみきれない。

 でもけんたろーの身体は生きているんだ。例え中身は違っても、それはけんたろーの形見だから。一生懸命アイそうとがんばったよ」

「と、智子」

「でもね」


 智子の目が見開かれた。相変わらず焦点の定まらない瞳のままで。

 ただ、声だけが少し大きくなった。


「あんたはその唯一の形見を投げ出そうとした。壊そうとしたんだ」


 それは智子を救う為の行為だった。

 だけど、そもそも自分が前畑健太郎の身体を乗っ取らなければ、こうなってはいなかったのではないか?


「だから、絶対ユルサナイ。けんたろーの中にいるあんたをぜったいゆるさな――」


 まるでコップから水があふれるように、智子の口から血が零れた。


「と、も、こ?」


 分かっている、分かっている、分かっている。

 自分はDFだ。分かってしまう。

 身体にはまだ魂がかすかに残っている。

 しかし、それは言わば生命の余熱。

 もう、どうしようが消えてしまうもの。


 前畑智子は今、死んだのだ。



*---*



 凄まじいブレーキ音をたてて横滑りしながらワンボックスカーが校庭に急停車した。

 併走していた、炎術の”馬”から乗っていた2名が降りる。


「ごめん、健太郎くん。遅くなって! 智子ちゃんは?!」


 車から降りながら八識は言って、健太郎の前に横たわる智子を見て口を閉ざす。

 その場にいる全員がDFであったから、遅かった事が理解出来てしまった。


「……悪かったわ。間に合わなくて」

「いえ、本来だったら間に合っていたと思います。樹連がいなければ」

「樹連が居たの?!」

「はい。元々重症だったんですが、樹連の攻撃で……」

「まさか私が学校を指定したせい?」

「それは運だったと思います」


 抑揚のない健太郎の声。


「お願いがあります」

「……何かしら」

「僕も後から追いつきますから樹連を追って下さい。あいつは許せない……」

「そうね。【燈火】でも犠牲者を多くだしたわ。追い出すなんてぬるいわよね」


 その場にいたDF達の瞳が異様に光を放つ。その言葉を待っていたとでもいうように。


「他に【紅】のDFはいた?」

「宿木、昇華したDFを含めて4名。

 でもこちらはもう放置していいと思います。樹連と袂を分かちました」

「……そう、じゃぁ先に行ってるわ。急がなくてもいいわ。彼女と納得いくまでお別れしなさい」


 八識が手で合図すると、DF達は車に、炎術の《馬》に乗った。

 最後に八識が助手席のドアを開けて振り返ると、健太郎は変わらず智子の遺体の前に佇んだままだった。

 助手席のドアを閉めて、後部座席のメンバーを見る。


「他メンバーに順次携帯で伝えていって頂戴。

 現時刻をもってDF樹連の消滅を【燈火】最重要事項とする。

 テリトリー内の人間、メンバーの犠牲者多数を考慮し、目標の逃走も認めないものとする。以上」



 第六章 完


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