第04話
男が女性の買い物に付き合う場合の話である。
もっとも勘弁して欲しい場所はといえば、10人中9人が女性の下着売り場をあげるのではないだろうか?
そして、残る一人の選択肢には女性の水着売り場も確実に入っている。
そう確信した。
今現在、前畑健太郎は難しい決断を迫られていた。
「根性なさすぎ。たかが待っているだけでいいと言ってるでしょ。
試着する時間も待てないの?!」
「む、無茶言わないでよ」
回りの視線を気にしながら逃げ腰で健太郎は反論していた。
刺すような視線というよりも、絡み付くような視線。
やましい事は何もないが皆から注目を集めている気がする。
女性だらけの売り場で健太郎はどこまでも浮いていた。
本当は健太郎以外にも男性の客はいるのだが、なまじうろたえているだけに無駄に目立つ。
すぐ近くに店員がいたが、口元に手をあてて顔を伏せている。よく見ると肩が微妙に震えている。
楽しんでいる。
絶対、あの店員楽しんでいる。
今すぐにこの場から逃げたかった。
「あんたが行ったら誰が荷物を持つのよ」
「だから僕が戻ってくるまでに買って待っていればいいじゃないか」
「いやよ」
「どうして」
「だって、……だもの?」
「え? よく聞こえなかった」
モゴモゴと小さく言った彼女に健太郎は聞き返した。
「だって……一緒に、いたいもの」
『一緒に』の部分だけ大きく、後は前よりも小さくなっていた。
遠くで大学生くらいの女性達がニヤニヤとしながら囁きあっている。
頬が熱くなるのが自分でも判る。
だめだ、限界だ。
「と、とにかく他の売り場を一回りしてくるから。それまでに決めてて」
「あ、ちょっとっ」
ぎょっと慌てる智子を置いて、健太郎は早足で水着売り場を突っ切った。
エスカレータを早足で駆け抜けて、階段前に設けてある喫煙コーナーで一息をつく。
もしも追いかけられていたら一発殴られるのを覚悟したが、どうやら不承々々ながらも一人で選んでくれるらしい。
ホッと息を吐いて目を上げると紙コップタイプの自販機が目に止まった。
ポケットから小銭入れを取り出して百円玉を入れて、氷抜きのボタンを押してから銘柄はなんでも良かったので一番左のアメリカンのアイスのボタンを押した。
口に含むとあまり苦く感じないのは万人向けにしてあるからだろうか。
それとも単に自分が味の区別がつかないからだろうか。
本当にコーヒーが飲みたかった訳ではない。
精神安定剤替わりだ。
口に含む度に頭が覚めるのを感じる。
5人、いやあっちを含めると6人。【燈火】がこれだけいる中であえてここまで来たって事は何かあるんだろうな。
後を付けられているのは気付いていたが、すぐに襲ってくる気配がないのでいままで放置していた。
智子がそばにいるのに戦う訳にもいかなかった。
目的は間違いなく自分だろう。
それに【紅】の炎気の中に覚えがある炎気が一つあった。
彼か、だとすると十中八九、罠で来ると見ていいだろう。どうする?
迷ったのは一瞬だけだった。
脳裏を過ぎったのは学校の屋上での一戦。樹連の攻撃に晒された智子の事。
二度とあんな事はさせない
まだ少し中身を残したまま紙コップを握り潰した。その手をそのままごみ箱の上にもって行く。
手を開いた時に落ちたのは紙コップではなくただの灰だった。
*---*
「消え……た?」
宿木は困惑の表情で仲間の方へと振りかえったが、後ろに控えていた仲間達は首を振るのみ。
百貨店から100メートルと離れていない青空駐車場からは、牙翼の炎気がはっきりと感じ取れていたのだが、それがふいに消えた。
「どういう事だ?」
元々、牙翼の炎気は器を変えたせいか垂れ流しのような状態でこれだけ離れていても確実に感じ取れるほどだったのだが。
炎気を抑えるコツでも取り戻したのか?
それにしても急すぎる。
これではまるで……
「ちっ、引き上げるぞっ!」
「はぁ?」
「いきなり何言ってるだ?」
仲間達が困惑するのも構わずに、男は自身にも理解出来ない危機感に突き動かされ仲間達を急かす。
「いいからっ、早くしろっ。でないと」
「でないと……何?」
「?!」
それは仲間の誰の声でもなかった。
声はOA系商社のロゴの入ったライトバンから聞こえた。先程まで何も感じなかったそこからは震えの来るような濃密な炎気を纏った少年がいた。
「何者だ」
我ながら馬鹿な質問をしていると宿木は思った。その炎気は先ほどからずっと追っていた炎気ではないか。
「……何者? 僕を探していたんじゃないの?」
呆れた様子もなく少年は首を傾げる。
確かに追っていた炎気の主ではあるだろう。
だが、この炎気の密度はどうした事だ?
「やはり、そういう事ですか」
宿木は苦々しそうに呟いた。
「私達を謀っていたんですね」
器が安定していないと思わせこちらの油断を誘う。常套手段ではないか。
垂れ流し? 現在のこの炎気を前にしてはそんな戯れ言は消し飛んで行く。
樹連の言う通りに炎気の質は以前の牙翼のものとは違うが、炎気だけでこれだけの圧力を生み出せるDFは宿木の知る限り三人だけだ。
樹連、刃烈、そして牙翼。
いい加減な情報をよこしやがって。どこが安定してないだ。それどころか自分の炎気を完全にモノにしている。
宿木は樹連に対して殺意にも似た念を抱く。
奴にとっては所詮、自分達はかませ犬扱いなのだ。
「どう思ってもらってもかまわないよ」
ゆらりと少年のすぐ脇の空間が揺れる。
姿を現した異形の魔獣が牙を剥く。
「ひっ」
宿木の仲間達が恐怖にかられて炎術を放つ。
制止する間もなかった。
この少年が牙翼ならそんな統制のとれていない攻撃など通じるはずもないのに。
「ちっ」
宿木は舌打ちして炎術を放った。
とりあえず、注意をこちらに向けさせなければ当初の作戦が実行できない。
だが、いま宿木の炎術を直接本体なり、炎術の《魔獣》に当てる事が出来たならば結果的に作戦通りにはなる。
だが、そんな宿木の考えは、次の瞬間に消し飛んだ。
「ひぃっ」
仲間の一人が悲鳴を上げた。
目撃者が出かねない複数の黒炎が一瞬にして掻き消えたのだ。
それも、魔獣のたった一つの音無き咆哮で。
「う、うそだろ」
「あれが……牙翼」
格が違う。
それが宿木を除く彼等の共通した認識だった。
そして、宿木は端から己との格が違う事を認識していた。
だが、退くに退けない。
自分達の指揮をとっているのは樹連なのだ。
牙翼相手に一矢も報いずに退いたとあっては報告し終わるまでに消されかねない。
ならば……
「私が……足を止める。そのスキにやれ」
当初の作戦通りだが、腰が引けている仲間達を見ると援護がどこまで期待出来るか。
だが、選択肢は一つ。やるしかない。




