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第06話

『なぜだ?』


 訳が分からない。

 何故、トモコが死んだ?

 何故、トモコが死ななければならなかった?


『なぜだっ、答えろ!!』


 意識の先には奴がいる。

 友が。

 友だと思っていた存在が。

 そして、トモコを亡骸すら残らず消し去った奴が。


『なぜも何もないじゃない。そいつはただの人間だったんでしょ?』


 答えは彼からではなかった。

 彼の傍らにいる彼女は呆れたように言った。


『別にいいじゃない。カモフラージュ用のつもりだったのかも知れないけど――』

『お前は黙ってろ』


 手で彼女が喋るのを制して、ようやく彼が口を開いた。


『なぜ? それはオレの台詞だろ。何ヶ月だ?

 いや、もう一年以上だろ。あの女と暮らしていたのは』

『……そうだ、これからも一緒のはずだったんだ』

『頭を冷やせよ。お前は器に引っ張られているだけだ。

 お前の趣味の悪さは知っているが。それでもいい加減に度が過ぎるぜ』

『趣味とかじゃないっ!』

「ならなおさらだ。お前は自分がただの人間だと思ってるのか?

 あの女はお前がなんなのか知っていたとでも言うのか?」

『ボクは……』

『いい加減に目を覚ませ。オレ達とあの女は違う存在だ。決して共存できねぇ。

 決してな』



*---*



 何か重いものが地面に叩きつけられる音で健太郎は我に返った。

 リボンの指示通り0時の学校にいる。

 だが、場所の指定がなかったので校舎前で立ち尽くしていたのだが。

 音の方を見ると花壇に落下したようだ。

 黒い炎にやかれボロボロと崩れながらもそれが辛うじて中年の男性だと識別できた。

 恐らくはこの学校の警備員だろう。

 智子でなくて安心の一息をついて、次の瞬間そんな自分に嫌悪した。


 偽善でも良い。それでもトモコを守らなきゃ


 そんな内なる声に導かれるように、校舎出入り口の錠を炎術で破壊した。

 先ほどの死体と同じ炎気を屋上から感じる。

 階段を踏みしめながら智子の記憶を確かめる。


 いつも一緒にいてくれた彼女。

 いつも自分の世話を焼いている彼女。

 数ヶ月前、目覚めた時、目にしたのが彼女の泣き顔だった。


 屋上の扉を前に立ち止まる。

 錠前はすでに破壊されている。


 トモコは殺させない。――もう二度と


 勢いをつけて鉄扉を開いた。



*---*



 二人は確かにそこにいた。

 屋上の中央で胸の下で腕組む恵と、周囲を常に黒い火花が飛び散って身動きが取れない智子。


「け、健太郎」

「こんばんわ、健太郎君」


 智子の無事な姿を見て安堵するが、すぐに恵に厳しい目を向ける。


「いったい、なぜこんな事を」

「なぜ?」


 恵は不思議そうに首を傾げた。


「むしろ、なぜ【燈火】と【紅】のDFが殺しあわないかのほうが不思議だけど」

「ぼくは【燈火】じゃない」

「……もうどうでもいいのよ。後は私の糧となってくれれば」

「糧?」

「ええ、どういうわけか【燈火】の包囲が消えている事だし、後はあなたを狩って取り込めばこんなダメージも吹き飛ぶわ」


 爛々と輝くような恵の瞳。

 言っている意味はわからないが、もう選択肢は一つしかないのは分かりきっていた。


「智子を放せ」

「実力でやってみせてよ。記憶障害とはいえDFでしょ。もっとも出来るものならねっ」

 瞬間、今までとは比較にならないほどの炎気が恵を中心として爆発的に広がる。

 記憶をよぎるのは教室での攻防。


 集中しろ。目に頼るな。炎気の密度を捕らえるんだ。


 健太郎は自らに言い聞かせる。

 右へ、左へ。

 独楽のようにクルクルと瞬間、瞬間に発生する黒い灯火をかわしていく。


「へぇ、やるじゃない。たった一度やりあったぐらいで私の炎術を見抜くなんて」


 そう言いつつも恵の口調は余裕があった。

 それに対して健太郎は言葉を返さない。

 そんな余裕がないからだ。

 恵の炎術の要。それは彼女特有の炎気制御能力にある。

 健太郎や健太郎の知る他のDF達は炎気を己の内で集約し黒い炎として放つのに対して、彼女はまず炎気を放ってから任意の空間でそれを集約し黒い炎と成す。

 言い方を変えるならば通常のDFとは逆のプロセスによって発現する炎術。

 故に彼女に対して、距離、位置の関係は無意味。

 彼女の炎気の領域に捕らわれればどこにいようと攻撃に晒される。


「でも、それだけでは私には届かないの。そうでしょ?」


 挑発するように笑う恵に対して、それに乗せられたかのように健太郎が炎術を放った。

 豹変したとはいえ親友に向かって容赦なく放たれた黒い炎に智子が声にならない悲鳴を上げる。

 しかし、それは恵に届く前に霧散する。まるで絞り潰すように恵の炎気が包み威力を殺いでいった。

 健太郎が苦しそうに呻く。

 智子は恵が何かしたのかと咄嗟に仰ぎ見るがそうではなかった。

 恵はただ、健太郎の攻撃を防いだだけ。そして、それだけで反撃になる。

 斬場の時もそうだった。


「不用意ね。力は予想を遥かに超えていて正直驚いているけど、そんなまっすぐな使い方では逆手にとられるだけ。同じまっすぐでもあの斬場みたいに具現しているならともかくね」

「……斬場さんを知っているの?」

「知っているどころじゃないわ。今こうしてこの器に入る羽目になったも、あなたを糧にしなくてはいけなくなったのも全て奴のせい。

 ある意味今の状況を招いたのは奴のせいと言えるわね。恨むなら奴を恨む事ね」


 器……何度も出てきた単語。

 器に入る? それは何を意味する?

 一つ予感がした。それはとても悪い予感。

 今までの情報、今まで感じてきた様々な感覚、そこから推測される結果。

 それはとても絶望的でそこから先へ進む事を拒絶する。

 なぜならば、それの意味する事は……


「健太郎っ!!」


 意識がそれていたのはほんの一瞬。

 そして、それを見逃してくれる相手ではなかった。

 智子の声で我に返ったときには逃げ道はなかった。

 四方八方よりせまり来る炎の網。

 闇の中でなお映える黒い炎。


「ぐっ」


 咄嗟に放った渾身の炎術が網の一部を引き裂く。

 その隙間に身を投げ出して包囲を抜けるが、次の瞬間には全身がきしむような激痛が走る。


「不用意ってさっき言わなかった? 忠告は聞くものよ」


 脱出の為に放った炎術が黒い炎の網にすりつぶされていく。

 先ほどの時よりダメージが大きい。

 八識の言葉がふいに思い浮かぶ。


『力を注げば注いだほど、反動もまた大きくなるわ』


 だが、全力でなければあの網を破れたかどうか。


「さぁ、いつまで耐えられるかな?」

「くっ」


 次々と火点が生まれる。

 足元から頭上から。

 背後から正面から。

 火点と火点が火線で結ばれ網と化す。

 もう一度全力で炎術を放って破られれば耐えられないかもしれない。

 ならばっ


「うわぁぁぁっ!」

「いやぁぁっ、健太郎っ!!」


 智子の悲鳴が耳を打つ。

 やはり加減した炎術は通用しなかった。

 網は破れず、放った炎術ごと健太郎を包み込む。

 皮膚が熱に食われていく。

 健太郎は無我夢中で手を振り回し地面を転がり火を消そうとする。

 だが、そんな事では黒い炎は消えない。

 そんな事は当に分かっていたはずなのにパニックでそこまで考えが及ばない。

 熱い熱いアツイアツイ。

 ただそれだけが頭の中を駆け巡る。

 耳に入ってくる嘲笑と嘆願の声すら届かない。


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