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第03話

「それじゃ、私は帰るけどちゃんと補習のところ復習しておくようにね。それと課題の方も」


 玄関で靴を履きつつ健太郎に釘を刺す事を忘れない。


「送っていくよ、智子」

「そんな距離じゃないっていってるでしょ。

 いいから、あんたはさっさとお風呂に入る」


 いつもの事なので、健太郎もそれ以上は言わなかった。

 送ると言ったのは、心配というよりも智子のそばに少しでもいたいだけだったのだが。

 それを察しているのか、いないのか。

 少なくとも健太郎の気持ちは伝えているはず。

 確かにそう記憶に残っているから。


「じゃ、また明日」

「……うん」


 閉じられたドア。磨りガラスの向こうで彼女の姿が消えるのを見届けてから健太郎は廊下を振り返る。

 彼以外には誰もいない家。

 もう記憶に残っていないほど小さい時に引っ越してきたこの家。

 リビングに引き返して、写真立てに写る家族の姿を見る。

 半年前のあの時よりたった数ヶ月前に撮ったもの。

 父親、母親、そして自分自身。

 何かが違うように感じる。

 何よりも、もう10年以上暮らしたはずのこの家が、自分の家とは思えなく感じている。

 記憶は確かにある。

 半年前に失った記憶はたった数ヶ月。

 なのに、まるであの日を境に自分が別人になってしまったかのように感じる。

 ただ、智子への想い。

 それだけはなぜか変わらない。

 あの日の前後に関わらず彼女が大切な事だけは実感出来た。

 いや、むしろ彼女を想う気持ちが強くなった気もする。

 だから、彼女がいなくなってしまったこの家は、まるで健太郎には映画のセットのような作り物の中にいるように感じてしまうのだ。

 ふと、時計を見る。

 夜はまだ始まったばかりだ。

 何かを考えての事ではなかったが自然と足が玄関へと向かった。



*---*



 さて、これからどうするか。

 暗闇の中で彼は腕を組んで自問する。

 思ったよりダメージの回復は早かった。

 それは助かったがなまじ行動可能になってしまうと、ただ時を待つのが苦痛になって来る。

 他のグループのテリトリーにまで進入して来た理由は二つ。

 そのどちらも、手がかりが掴めない。

 そもそもがいまさらな話なのだ。半年前ならいざしらず。

 だからこそ、今回の作戦の指揮は彼の知る化け物の一人が執っているのだ。

 恐らくはかなり強硬に幹部達にねじ込んだのだろう。

 幹部達すらもてあます相手だ。このまま手ぶらで戻ったのでは身の危険すらある。

 が、同時にチャンスでもある。

 ここで、手柄を立てればのし上がれる可能性も大きい。


 ん?


 思索にふけっていた彼の表情が引き締まり、反射的に自らの気配は絶った。

 ここは作りかけビル建設現場。

 それも、周りを覆うシートや足場、鉄骨等の汚れから長期間放置されている現場だろう。

 だからこそ、彼はここに身を潜めていた。

 誰もおらず、誰も来ないと思って。

 しかし、彼のいる位置から遥か下、恐らくは一階部分、コンクリートの床を歩く足音を捕らえた。

 時刻は夜とはいえ、まだ人が出歩いてもおかしくはないが、それは表の道の場合であり、こんな場所にいったい何の用だ?


 (一人か。このビルの関係者? にしてはライトぐらいもっているはず)


 並の人間には見つけるだけ困難な距離と闇の中を、彼は苦もなく侵入者を観察する。

 だが、それはすぐに打ち切られた。

 彼の放つ気配。

 思わず声が漏れた。


「同族かっ」



*---*



 灰色のシートをめくって中に入る。

 途端に鉄のにおい、錆びのにおい。

 長らく中途半端に放置されたのが原因か床のコンクリートにヒビが入っているところもある。

 ここはビルの建設工事現場……だった。

 半年前、ここの作業員や責任者と連絡がとれなくなり、不審に思った工事を発注した会社の社員が様子を見に来たところ、知っているものは誰一人いなくなっていた。

 そして、一階部分のフロアにたった一人気を失っている少年を発見した。

 以来、このビルの時間は止まっている。

 何が理由かは分からないが、いまだ行方不明者が分からないような現場を引き受けたがる業者がいないのかも知れない。


「確か、ここだったっけ」


 コンクリートの床に仰向けに寝転がり大の字になる。

 天井がないので夜空が見える。ただ月が雲に隠れて細部はよくわからない。が、別に上を見たくてこうしている訳ではない。


「何があったんだ?」


 言葉にするが、問いかける先は自分だった。

 医者に聞かれ、警察に聞かれ、何度も自分に問いかけた。

 ここで何かがあった。大量の人が消えた。たった一人を残して。

 こうする事は今日が始めてではなかった。

 警察からもマスコミからも開放されてからは度々ここに来ては、自分に問いかけた。

 答えはいつも一つだった。


「分からない」


 自分の声ではなかった。

 体を起こしてそちらを見ると、シートをめくって入ってくる智子の姿があった。


「健太郎、まだこんな事してるの。

 答えなんてない、そう言ってたのは健太郎自身じゃない」

「……そうだね」


 自嘲ともとれる笑みを浮かべて健太郎は立ち上がった。


「良く分かったね。僕がここにいるの」

「家に入る前に妙な予感がしたから引き換えしたのよ。そしてら、あんたが出てく姿が見えたから」


 ずっと後を付けられていた訳だ。

 もっとも、智子は行き先は承知の上だったろう。

 こんな事は今日に限った話ではないのだから。


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