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第05話

 事務所で待機しつつ、【紅】対策に動いているチームや裏の仕事に従事しているメンバーに指示を出していたが、ふと携帯の着信履歴に斬場の名前があるのに気付いた。

 恐らく電話で指示を飛ばしていた時にかけてきたのだろう。

 だいたい内容は予想がつくが、放っておくと勝手に動き出しかねないので、ため息をついて通話ボタンを押した。

「俺だ、奴は見つかったか」

「……まだよ」

「ちっ、ならもう器を替えている可能性が高いな」

「ああ、そっちはもう確定。器を替えた現場は発見したわ」

「何? ならばお前ならそこから何か読みとれるだろう?」

「やったわ。でも、向こうの方が上手だったわ」

「どういう意味だ」

「残留炎気から、瀕死だったのは容易に想像できたけど、その状態で現場付近に炎気を撒き散らしてる。

 たぶん、炎術で上書きを狙ったのね。私の炎術の詳細をどこまで知っているかは分からないけど、読まれる事を警戒しての行動でしょう。

 あなたが裏をかかれたのも分かる気がするわ」

「それで、なにか読み取れたか」

「残念ながら現在の器に関する情報は何も。

 瀕死ってところがミソで、断片的すぎて意味をなさない情報がほとんどだった。

 下手すれば自らの消滅すらありえる状態なのに敵ながら天晴れって感じよ」

「褒めてどうする。だが、どちらにしろ瀕死なのはかわらんはずだ。

 どこかで狩りを行うはずだぞ。それも今の状態じゃ、大量に」

「分かってる。今、チーム作って、器を替えた場所を起点として円形の探知網を広げていってる所。

 表の仕事の連中も、準備が整い次第チームを組ませて参加させるつもりよ」


 電話越しにも戸惑いの気配が感じ取れた。


「表のって、おい。やつらを動かすのか?」

「裏はほいほい休めないでしょ。一度切れたコネと信用を取り戻すのは並大抵の事じゃない。裏の仕事は【燈火】の生命線。表の仕事と違って金目的じゃない」

「大丈夫なのか? 元々戦闘に不向きなんだろう」

「分かってる。だけど、ちょっと残留炎気からかろうじて読めた情報、いえ単語というべきかしら。それのおかげで正直ちょっと焦ってる」

「単語? なんだそれは」

「……樹連」


 八識は伝えるべきか一瞬ためらったが、【燈火】での戦闘面でのトップに伝えない事の不利益を考えて言った。

 斬場からは答えが返ってこない。

 絶句してるのか。なぜ、倒し損ねたと自分を責めているのか。


「とにかく斬場。あなたは休んでて。

 あくまで単語として情報を拾い上げただけだから、今回の【紅】とのいざこざに無関係である可能性も否定出来ないから。

 そして、万が一なんらかの係わり合いがあるのなら、あなたの力が必要になる。

 かつて”同族狩り”と呼ばれ恐れられたあなたの力がね。

 必要なら裏の仕事を回すから直接あっちに連絡とって頂戴。連中には私から連絡を入れておく。

 後、新たな情報が入り次第、必ず一報入れるわ」

「裏の仕事は必要ない。強がりで言っている訳じゃない。樹連と聞いてやせ我慢などできんからな。

 後は自然治癒で十分な状態だ。情報は必ずいれてくれ」

「ええ、勿論よ」

「それから……”同族狩り”はやめてくれ。あいつを思いだす」

「悪かったわ。ん? 別の電話が着信してるわ。切るわよ」

「ああ」


 八識は一端電話をおいてため息をつき直に携帯の着信ボタンを押した。


「はい、八識。どう?」



*---*



 補習を終え、予想通りのたっぷり課題を頂いて暗い表情の健太郎は、智子が時間を潰しているはずの図書室を目指していた。


「やっぱり、手伝ってくれないんだろうなぁ。

 でも、今日のはちょっと多すぎ――」


 廊下に肩を預けてこちらを手招きしている女生徒がいる。

 知っている顔だ。

 というか、補習前に智子に紹介されたばかりだ。


「えっと、……吉田恵さん……だったよね」


 補習の内容で頭がいっぱいなので、少々自信なさげに呼びかける。


「ええ、吉田恵。それがこの私を表す名前である事に間違いないわ」

「……妙に回りくどい表現だね」

「そう? まぁ気にしないで。ちょっと話があるんだけど」


 健太郎はゴクリと唾を飲み込んだ。

 なぜだろう。空気がヒリつくのを感じる。

 彼女は智子の友人のはずだ。何も恐れる事はないのに。


「話って? 智子の出鱈目な暴露話の事とか?」

「さぁ? でも、ここじゃちょっと……」


 彼女がちらっと視線をずらすのを見て、同じ方向を見るとなるほど健太郎と同じように補習を終えて出てきた生徒達がこちらを見ている。


「長くかかるの? 智子が待ってるからあまり長くは……」

「たぶん、短くて済むと思うの。あなた次第だけど」


 ぎくりと心臓が凍りつく。

 何気ない仕草で軽く恵が人差し指を一振りするとその軌跡を追って黒い閃光が宙を走る。


「ま、さか……」


 目の錯覚でも手品の類でもない。

 見たもの、そして感じた炎気。それは間違いなく健太郎がもっとも関わりたくないものだった。


「言っておくけど、下手な動きはとらない事。あなた程度でも私の器が安定していないのは感じ取れるでしょうけど、あなたを待つ間に少々狩っておいた。今の私には延命ぐらいにしかならないでしょうけど、炎術に力をまわせば、あなたなんか敵じゃないわ」


 ……器? 狩る?

 健太郎は内心で首を傾げる。

 あるいはDF達だけに通ずる用語なのか。

 だが、今はそれを考えている時ではない。


「それとも、今、ここで、消滅する?」


 焦げた匂いが鼻をつく。

 恵が軽くコンクリートの壁を擦ると、まるで油性ペンを押しつけたように指の軌跡を黒く描く。

 健太郎の心臓が早鐘を打つ。

 状況の理解がおいついていないが、少なくとも今目の前にいる少女が危険な存在なのは本能が察知した。


「待って。分かった。分かったから。話を聞くよ」

「素直にそう言えばいいの。優柔不断な男はモテないわよ」

「……間に合ってるからモテなくていい」


 脳裏に一瞬だけ智子の顔が浮かんだ。


「付いて来て」

「どこへ?」

「向こうに空いてる教室があるからそこで」


 そう言って恵は先に歩きだした。

 健太郎は一瞬だけ迷ったがいまさら後に引く訳にもいかないので素直についていった。

 いざとなったら……。

 握りしめた拳の内側にじわりと汗がにじみ出る。


「ほら、入って」


 確かに教室は空いていた。誰もいない。

 だが、それも当然だ。

 健太郎は教室の引き戸の鍵が破壊されているのに気付いていた。

 やったのは勿論、恵だ。

 微かに戸の周りに漂う炎気からあらかじめ壊してあった訳ではない事が分かる。

 つまり、入る直前に破壊したのだ。そして、その事に健太郎は気づけなかった。

 恵の身体からは2度の炎術を行ったせいか、微かに漏れる炎気をようやく感じ取れるようになった。

 だが、鍵を破壊した瞬間に感じるはずの炎気を感じとれなかった。

 だからこそ恐ろしい。

 気を抜けば今度破壊されるのは鍵ではなく自分なのかも知れないのだから。


「入ったら閉めてね」

「……鍵はかけられないけどね」


 精一杯の皮肉のつもりで返して、言う通りに戸を閉めた。


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