第04話
二人は昇降口で靴を上履きに履き替える。
学年が違うので健太郎と智子の靴箱は少し離れていた。
「きゃ?!」
智子の悲鳴に廊下を覗き込む健太郎。
そこには恐らく出会いがしらにぶつかったと思われる智子とこの学校の女生徒が尻餅をついていた。
「あれ? 恵?」
「……え?」
先に立ち上がった智子が顔見知りらしい女生徒に手を差し伸べているが、相手は不思議そうに見上げている。
「どうしたの? 夏休みはバイト三昧って言ってたのに」
「………………」
話しかける智子の顔を相変わらず不思議そうに見ながら、それでも差し出された手をとって立ち上がる。
「恵? どうしたの?」
「……前畑……智子?」
まるで確認するように、フルネームを口にする。
「そうよ。ちょっと大丈夫? さっき変なところ打った?」
心配そうに智子は恵の顔を覗き込むが、途端に彼女はニコッと笑った。
「ごめんごめん。朝から熱っぽくて頭がぼうっとしてるの」
「ちょっと、なんでそんな状態で学校来てるの」
「教室に忘れ物があったから取りに来たのよ」
「は? いまごろ?」
「ど忘れしてたのー」
状況が見えない健太郎はツンツンと智子の背中をつつく。
「……誰? 智子の友達」
「あー、うん。去年同じクラスだったの。
あ、恵。そういえば会うの初めてよね。これが従弟の健太郎」
恵は記憶を辿るように沈黙するがややあってぽんと手を叩いた。
「ああ、あの悲惨な話題の数々の当人かー」
「……智子、いったい僕の事をどんな風に話していたの?」
「え、いやその。普通、そう普通よ」
疑わしそうな健太郎の視線に、智子はあさっての方向をむいた。
恐らく、面白おかしく健太郎の過去を暴露していたに違いない。
しかも、彼女一人に限った事ではないのかも知れない。
「えっと、恵さん?」
「吉田恵よ。下の名前で呼んでくれていいけども」
「じゃぁ恵さん。いったい、智子から僕の事をどういう風に聞かされていた――」
「け、健太郎。あんた補習があるでしょ。ほら行った行った」
ぐいぐいっと強引に健太郎の背を押して恵と引き離す智子。
「じゃ、またね。恵」
「うん、健太郎君も話の続きは今度ねー」
「話の続きなんてないのっ」
強引に健太郎を押しやりながら智子は恵と別れた。
*---*
「ふぅ……」
安堵したように恵はため息をついた。
不幸中の幸いとでも言うのだろうか。
消耗しきった今の状態ではあんな間近な距離でさえ炎気を隠し切ることが出来た。
「前畑健太郎……」
吉田恵の記憶を探れば確かにその名前は記憶にある。
しかし、これはどういう事?
「まさかDFだったなんて」
動揺を隠すのに苦労した。
炎気を抑えている様子はなかったにもかかわらず微弱な炎気だったので、恐らくは大した炎術の持ち主ではなかったのだろうが、それでも今の恵には無視できないリスクだった。
「でも、弱いというよりは不安定……まるで――」
今の私のように。
もしかしてそうなのか?
前畑健太郎もまた自分と同じ状況なのか?
「もしそうならどっちのグループ? 判断を誤ると面倒な事になるけど」
敵か、それとも味方なのか。
いや。いやいやいや。
そうではない。今考えるべきは敵か否かではない。
自分が生き残る為の障害かどうか、だ。
「っ?!」
一瞬、意識がブラックアウトした。
辛うじて転倒は免れたものの壁によりかかる。
「さすが斬場と言ったところか。あの程度の補給では追いつかないか」
器を替えて、記憶に基づき吉田家に帰ると、丁度一家がそろっていた。
父、母、姉、弟。残留炎気を気にして可能な限り短時間で済ませたので、彼らは自らの身に何が起こったのか分からなかったろう。
だが、それでもなお受けたダメージが己が存在を狂わせ崩壊していく。
もはや、自然回復など期待するべきではない。
騒ぎになるのを恐れて狩りは避けていたが、このままでは【燈火】に発見されるのも時間の問題だ。
残された手立ては限られている。
積極的に狩りに出るにしてもかなりのハイペースで狩らないといまの消耗に追いつかないだろう。
そんな事をすれば【燈火】に察知されるのは確実だ。
今の状態でまともに戦えるのかどうか。
そして、もう一つの手立ても思い当たるのだが、それはDFにおいては禁忌。彼女の知る限りそれを行っていたDFは一人。だが、そのDFこそが彼女の崇拝に近い忠誠の対象だった。例え全てのDFから侮蔑の対象になろうとも、その行為には甘美に惹かれるものがある。
「健太郎君か……、運が良かったのかも」
彼にとっては不運だろうけど。
苦しげな表情のまま、歪んだ笑みを浮かべるその表情は、かつて智子のしっている彼女のそれでは決してなかった。




