第03話
『へぇ…………、大したもんだ』
感心したような男の声にそちらこそな、と胸の内で呟いた。
元々どこかのグループに属した事はないのでトラブルは日常茶飯事だったが、ここまで出鱈目な炎術を使うDFに出会った事はなかった。
”同族食い”。なるほど、この男の二つ名の通りだ。
『まさか、俺の《捕食》の炎術を食い破るとは思わなかった。
昇華してからは負け知らずだったんだぜ、一応』
『まだ、負けてはいないだろう。君のその炎術の属性を考えれば互角ですら勝利に等しい。
噂には聞いていたがなんて炎術だ』
『攻撃がこっちに届いてる時点ですでに互角じゃねぇよ。そっちこそ、噂通りだな』
『……ちょっと待て。なんだその噂って言うのは』
『あん?』
『僕は噂になった覚えはない』
『何を言ってんだ。お前が牙翼だろ?』
『確かにそうだが……』
『あちこちのグループを潰して回っている事で有名だぜ? 知らないのか?』
『ちょ、ちょっと待て。なんだそのグループを潰して回っているって言うのは。
僕は降りかかる火の粉は払った事はあってもこっちから仕掛けた事はないぞ』
そうだ。僕をそこら粗暴なDFと一緒にしてもらっては困る。
……ただ、少々忘れっぽくてグループの長への挨拶を忘れる事はあるけど。
『……たしか、このまえ【雷陣】を潰したよな?』
『あれはグループに加わるまで帰さないと言われて包囲されたから実力で突破したまでだ』
『【五光】の幹部が全滅したのはいつだったっけ?』
『せ、正当防衛だ。確かにテリトリーに入ってそこのグループの長に挨拶しなかったのは礼儀知らずだったかも知れないが何もグループ全体で攻撃して来る事ないだろう』
『【煌宝】の幹部をぶち殺したのは?』
『一気打ちを申し込んできたのは向こうだ。
そ、それに殺すつもりはなかった、それなりに加減はしたんだ。
……まさか仮にも幹部を名乗る奴が昇華してすらいなかったなんて誰が思う』
最後の方はしりつぼみになる。
男はクックックと堪えきれない風に声を漏らす。思わずムッとしたのが表情に出たのか、男が片手で制する。
『面白い、実に面白い奴だ。【紅】にもお前みたいな奴がいれば少しは退屈せずに済むんだがなぁ』
『僕はごめんだ。【紅】の刃烈の噂は嫌って程耳にしている。”同族食い”の刃烈』
『簡単に食われる方が悪いのさ。だが、お前ならそんな事はないだろう』
『……正気で言ってるのか?』
『この上なくな……ま、この街にいる間でもじっくり考えてみるんだな。
その間は他の連中には手出しはさせねぇよ』
『まるで君が【紅】の長であるかのようだな』
『はっ、つまらねぇ地位に興味はねぇよ。居てくれって言うから居てやってるだけだ。
俺の意思が通らないならぶっ潰し食らい尽くすまでさ』
『……なるほどな、どうやら多少は君に興味が出てきたよ、我ながら物好きだ』
*---*
「夢?」
「うん、八識さんが言っていた名前が出てきていた」
補習の為の通学途中、健太郎は昨夜見た夢の内容を智子に説明していた。
「確か……牙翼と」
「刃烈。夢の中ではお互いそう言っていた……気がする」
智子は思案するように首を傾げた。
数秒経過。
「……で?」
「で? とは何の事?」
「何とかじゃなくて。続きは?」
「……それだけだけど」
智子は額を押さえて溜息をついた。それはもう大きく。
「起承転結の起承だけ話されてもどうしようもないじゃない」
「い、いや。僕は別にそんなつもりは」
「だいたい、その夢になんの意味があるの。あんた、そいつらに会った事ないはずなんんでしょう?」
「それはまぁ。……八識さんに聞くまで名前も存在も知らなかった訳だし」
本当はビル建設現場で名前を聞いた時、記憶の琴線に触れるような感覚はあったが、智子を心配させるだけなので黙っている事にした。
「だったら、それは単なる夢に決まってるじゃない」
「……いや、だから始めに僕の見た夢の話と言ってるし」
大振りなスイングでカバンの角が強襲する。
「おわっ」
「口答えしないの。
それで、あんたの夢って単にあの女の話を聞いていたから見たってだけじゃないの?」
「……何もカバンを振り回さなくても。
い、いやっ、えっと。それはちょっと違うと思うんです、僕」
第二撃の構えをとった様子を見て身構えながら健太郎。
「違う?」
「う……ん。
実は、さ。その夢に出てきた名前だけど、知っていた気がするんだ。前から」
「前から?」
「そう、八識さんに会うそれ以前に」
「知っているってそんな訳ないじゃない」
「そうじゃなくてさ。智子も言っていたじゃないか」
意味ありげに見つめると、智子は当惑したがすぐに何の事を言っているのか気付く。
「全部を話している訳ではない?」
「たぶん……。だって……さ、DFというのが不特定多数がその力を持っていて時間をかけてとはいえランダムに目覚めるという類なのだとしたら。
その事をまったく考慮に入れていないってのはおかしいんじゃないかな?」
「私もそれは考えたわよ。だから、あの女は信用出来なかった。
あの女の言う事を鵜呑みにしていたらずるずると向こうの良いように引っ張られるだけ」
「僕はたぶん……刃烈、牙翼を含めていくつかの情報を知っていた。か、あるいは知る事が出来る手段があった。
あの夢は知っていた情報が形になったものか、その逆に情報が夢という形で入ってきたか」
「入ってきたって……。まさか、それもDFの力なんて言わないよね」
「……可能性は否定出来ないと思う。
僕の力が単なる発火能力みたいなものでしかないとは思えないし。
あのお店でウェイトレスさんが使った炎術みたいに突拍子もない事も出来るみたいだし」
「……やっぱ、さ。関わっちゃだめだよ。健太郎は。
どんどん普通の日常から離れていっている気がするよ。考え方がさ」
「うん。でも、いざという時の心構えくらいはいるんじゃないかなと思うんだ。
【燈火】と【紅】が争っている以上、僕た――僕が巻き込まれる可能性は皆無じゃないし」
思わず僕達、そう言いかけて直に訂正する。
これは僕の問題だと健太郎は自分に言い聞かす。智子は単に巻き込まれたに過ぎない。
だから、【燈火】がどんなにあやしくても、智子を守る為に利用するのだ。
「それでも、私は反対よ。
健太郎、あんたは普通の人間よ。誰がなんと言おうと。ずっと一緒にいた私が知ってるから」
「智子……」
それっきり二人は黙り込んでしまった。すでに学校の敷地を囲む塀まで来ていて、後はそれにそって校門まで歩くだけだ。




