第02話
「ちっ、まずったな。オレ様とした事が」
鉄骨に背を預け、周囲の安全を確認しつつ彼は呟く。
ダメージはそこまで深刻ではない。
幸い敵も深追いして来る気配もない。
だが、問題が発生した。
「これじゃぁな」
眉を潜めて摘み上げたのは半壊した携帯電話だ。
念の為にボタンを数回押してみるが、何の音も発しない。
鼻を鳴らして男はそれを投げ捨てた。
それは放物線を描いた後、遥か下に落下した。
地面との激突で粉々になったろうがその音すらここには届かない。
「普通の電話じゃねぇんだ。そこらのコンビニで借りるって訳にもいかねぇしな」
呟きながら微かに苦しそうに呻く。
想定外だった。
敵無し等とうぬぼれるには、彼は化け物を見すぎていた。
だが、そういった例外を除けば、彼は強者の部類に属すると自他共に認めていた。
何よりも、今回の作戦の指揮を執っているあの化け物が、彼の単独行動を許すぐらいだ。
しかし、現実はこのザマだ。
相手を狂った思想をもった弱者の集まりと侮っていた。
いや、正しくは平均すれば弱者なのだろう。
本当に弱者しかいないのであれば、とうの昔に自分達や他のグループに吸収あるいは淘汰されていただろう。
弱者を守り、己たちのテリトリーを守る強者の存在。
それを失念していた。
相手との力量差はほぼ互角だったろう。このダメージは始めから舐めてかかったツケだ。
「ちくしょう。どうしてやろうか」
恨みの言葉を漏らしながらも、同時に彼の戦士として冷静な部分が最善の選択肢を模索していた。
他の仲間と合流するのがもっとも安全なのだが、肝心の連絡手段がない。
定時連絡が出来ないので何かあった事はいずれ分かるだろうが、捜索隊が来るはずもない。
ここは敵のテリトリーの上、そもそもが彼の任務が仲間の捜索だったからだ。
「定時集合まで身を潜めるしかないな」
まだ丸一日以上先だがが、他に手段がない。それまでにダメージをどこまで回復させられるか。
今の状態じゃ集合地点まで移動するにもリスクがともなう。
「一人でも狩るのが手っ取り早いんだが……、まだ早いか」
それはどうしても痕跡を残してしまう。ここを離れる前に居場所を知られ包囲されてしまえば最悪だ。
どうせ、狩るのならば集合地点までの移動直前だ。
「それまでは見つからないよう祈るしかねぇか」
言ってから自分の台詞の馬鹿馬鹿しさに唇の端がつり上がった。
祈るって誰に?
神様か?
人間じゃあるまいし。
*---*
「たくっ、あいかわらず残すんだから」
不満の呟きと共に食器を洗う音が聞こえる。
健太郎はリビングの床に直座りし、ソファーを背もたれ代わりにTVの画面をずっと眺めている。
ソファーの座面に放置された手でリモコンを弄び、無感動に液晶画面を眺める。
番組はごく普通のニュースで、最近あった放火事件の続報や、高速道路での玉突き事故が報道されていた。
「はい、終わりっと」
洗い終わった食器を乾燥機の中へ入れた智子は、エプロンを外して健太郎の隣に来て、ソファーに座る。
「いつも、ごめん」
「いいわよ。私が勝手にやってるだけだから」
夕食は健太郎が自宅に戻ってからは智子が作りに来ている。
健太郎の家から彼女の家まで徒歩でも5分とかからない距離にあるので時間的な問題はないし、彼女の両親も、健太郎の事情を知っているからだ。
健太郎と同じようにTVに目を向ける彼女。
「見てるの?」
「ううん。でも、他に見たいのないし」
「あいかわらず、ソファがあるのに座らないのね」
「……うん。何か居心地が悪いから」
「床の方が居心地いいの?」
「どこでも一緒かな? この家に居場所がない気がして」
「あんたの家でしょ。あんたの家なのよ、ここは」
「分かってる。でも、あれ以来なにか違うんだ」
健太郎は手にしていたリモコンの電源スイッチを押した。そして、部屋全体が静かになる。
「家のどこに何があるのかは覚えている。
……というよりも知っているって感じ。何かしっくり来ない」
「やっぱり、病院とかで見てもらったほうがいいんじゃ」
「病院なら異常はないって言われたよ。智子も知ってるじゃないか」
「そうだけどね」
智子は諦め気味にため息をついて、健太郎の手からリモコンを取って再びTV電源を入れる。
「何か、見るの?」
「ん? 違うけど。ほら」
番組は先ほどまで見ていたニュースのままだった。
内容は駅前付近のビルにて原因不明の爆発事故が起きたというものだった。
「最近、多い気がしない。こういうの」
「そうかも」
まるで、興味がないように健太郎は言った。