第02話
健太郎達と別れて、さてタクシーにするか電車にするかと帰路を迷っていた八識は携帯電話の着信に気付いた。
健太郎達と話している途中に自分の趣味で設定した着メロを聞かれたくなかったのでマナーモードにしていたのだが。
液晶に斬場の名前が出ていたのでマナーモードを戻すのを後回しに携帯を耳に当てる。
「はい、八識。どうしたの?」
「よぉ」
電話の声の主は心なしか、声が重い。
「……どうしたの? 急用? いまから事務所に戻るところだけど」
「すまん」
「はぁ?」
突然謝られ、さすがに八識は面食らう。
「どうしたのよ、いきなり」
「ドジッた」
「……なにを?」
「【紅】のDFとやり合ったんだが取り逃がした」
八識は思わず息をのむ。
「斬場、あなたが取り逃がしたの?」
念を押す。
八識の把握している限り、斬場の戦闘能力、経験共に【燈火】では最強であり、彼に限っていえば、他のグループの少々の腕自慢くらいなら束になっても敵わないはずである。
戦闘向きのDFが少ない為、弱小グループとみられている【燈火】が今の地位を確保出来ているのも、彼の存在あってこそなのだ。
「どれほどの相手だというの?」
「いや……。確かに手強い奴だったが。恐らくお前が今思っている程には強くない」
「それは確かね?」
「昇華はしていないようだったが、かなり変則的な炎術の使い手だ。あるいは昇華を放棄していたのかもな」
「【紅】クラスのグループでそれを選択しているとすると面倒な奴ね」
昇華はDFにとって強さのランクを大きく引き上げる。
基礎的な炎術の力は底上げされ、昇華の象徴といえる炎術の型という新たな武器を得られるからだ。
しかし、炎術の型とは奇しくも型との呼び名の通り炎術を一種類の方向性のみ収束させたものである為、稀にそれを忌避し、昇華を拒絶するものがいる。
当然、昇華の型は得られず、また昇華しているDFにくらべて相対的に炎術の威力は低くなるが、その分応用力に富んだDFが多い。
「いや、さっきも言ったが俺がドジっただけだ。
油断していた訳じゃないが止めを刺そうとした所で裏をかかれた」
「……まるで素人みたいな言い訳しないでよ」
「だからすまんと言っている。それに相手はかなり手負いだ。器が保てないはずだ」
「替えられると面倒ね」
「分かってる。今から特徴を言うから探してくれ」
「【紅】の侵入者はそいつだけじゃないのよ。あんたが居ると思って、そっちは手薄なのに」
「動かせる奴だけでいい。
それともあのガキと同じ様に記憶障害起こす事を期待してこっち側に取り込むつもりか?」
「馬鹿言わないで。
……分かった、私が直接行くわ。
手負いならそんなに炎術に長けている必要もないわね。後方要員も何人か声をかけておくわ」
「ああ、頼む」
微かに電話の向こう側で浅い息をしているのにようやく八識は気付いた。
「斬場? もしかして、あなた……」
「大したことはない。
ただ、あまり人のいる所には出られそうにないがな」
「ダメージがあるなら、先にそっちをいって頂戴?!
場所はどこ、治療部隊を向かわせるからっ」
「すまんな」
「あなたも【燈火】の運命を背負っているって事を自覚して頂戴。
ここに来る前のDFと見れば襲い掛かっていた頃とは違うのよ」
「昔の事だ。持ち出すな」
斬場の居場所、敵の特徴を聞いて八識は携帯をきった。
健太郎達のいた方向に目を向けるが二人の姿は見えない。
「器を代える……か。さすがにこれ以上ややこしいのは勘弁してほしいわね」
*---*
胃液がコンクリートを打つ。
肉体のコントロールが効かない。次から次へと胃液、さらには血液が吐き出される。
その度にうめき声が響き渡るが、ここはデパートの屋上。何か催しものがあるならともかく、普段は人は滅多にこない。
それどころか屋上へ出る扉へは鍵がかかっていたが、そんなものは炎術で破壊した。
ただ、それすらも今の状態では無茶だったのだろうか。
彼女は壁に横たわり己の状態を見る。
半身が焼け爛れ、片手にいたっては末端は溶けて棒のようになっている。
それでも、まだ命があるのは奇跡に近かった。
「まさか、あの斬場とぶつかるとは……ね」
かつて噂に聞いた”同族狩り”の斬場。
どこのグループにも属さず、DFでありながら何故かDFのみを殺し続けた異端。
【燈火】の軍門に下ったという話は聞いていたが。
「ふふっ、”同族食い”ほどじゃなかったわね。噂なんてあてにならな――」
再び、咳き込みながら吐瀉物を撒き散らす。
「どっちでも同じか。私には荷が勝ちすぎたわ」
もう少し早くあの炎術の《剣》の意味に気付いていたら、こうなる前に退いていただろう。
やぶれかぶれの奥の手が思った以上に効果を挙げたためにここまで逃げこめたが。
「終るのか、私は」
この器はもう持たない。あらたな器が必要だ。
だが、どうやって調達する? もう一歩も動けないというのに。
人目を避けてここまで来たがそれが裏目に出た。
「ちくしょう。せせら笑うだろうな、奴は」
同じ”同族食い”に忠誠を誓ってはいても反目しあっていた。
盲目的に従っていた奴、昇華を捨て可能な限り炎術の形態を近づけ”同族食い”を理解しようとした彼女。
こんな形で決着がつくのか。
「い、きゃぁぁっ!」
え?
「な、何コレ。え、生きてる? 生きてるの?!」
ウェイトレスらしい服を着た少女がすぐそばで真っ青になっている。
扉を破った音に気付いてここまできたのか?
なんて、
「なんて、なんたる重畳」
「ちょ、ちょっとまってて下さいね。
人を呼んでっ、違う、その前に警察、じゃなくて救急車っ、救急車っ!!」
少女は混乱のあまり携帯を取り出したまま、ボタンを押そうとして何度も頭を振っている。
「きゃっ」
少女の悲鳴は、変死体と見紛わんばかりの状態の女性がかろうじて形を保っている手で彼女の足を掴んだからだ。
その姿からは想像できないほど、強く硬く指が皮膚に食い込む。
「え、え、何々、何なのっ」
「あなたは何もしなくていいのよ――」
ただ、そこに居さえすればいい。
「……うそ」
それは唐突に起きた。
女性の身体が突然発火したのだ。なんの火元もなく。
だが、それだけではない。その炎は黒く、まるで意思を持つように燃え続ける女性の上をゆらゆら揺れている。
少女は後ろにさがろうとした。
しかし、片足が動かない。
視線を向けると未だしっかりと掴んでいる女性の手。
そして、黒い炎はまるで腕が導火線のように、燃える面積は狭くなっているはずなのに勢いを増しつつ彼女に近づいてくる。
「いや……いやよいやよ、うそ、うそだ、こんなのうそだよ……」
これから、何が起きようとしているのか。
朧気ながら少女が悟った時には、すでに黒い炎は彼女を包み込む寸前だった。
「こんなのうそよぉぉぉぉっ!!!!」
少女が完全に黒い炎に包まれたとき、少女を掴んでいた手ごと女性の肉体はぐずぐずとその形を崩していった。




