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聖母の微笑み

ナディアがその報せを受けたのは、子供たちを寝かしつけた直後のことだった。夜更けに突然扉が乱暴に叩かれる音が響き、こんな時間に何事かと神父がつぶやきながら開けると、そこには満身創痍の姿で一人の騎士が立っていた。よほど急いで駆けて来たのか、息が上がっている。尋常ではないその雰囲気に、ナディアも奥の部屋から身を乗り出した。落ち着いて聞いてください、と行って続けた騎士の言葉に、彼女の思考は静止した。


それから何をどうしたのかあまり覚えていないが、ナディアは馬車に揺られていた。衝撃のあまり呆けていた彼女に、王都に向かうように神父が言ってくれなければまだその場に立ち尽くしたままだったかもしれない。報せを持ってきた騎士が言うには、ユーリは敵に後ろから切られて瀕死の状態だという。

いつかこんなことになるのではないかと思っていた。いくら強いといっても死と隣り合わせの戦場。彼がその道を行くならば、せめて彼のために祈っていられるよう、帰る場所となれるよう、教会にとどまるために修道女となることを選んだ。けれどただ待っているだけというのはやはり辛い。現にユーリがこうして傷ついたと聞くだけで、胸が張り裂けそうになる。神よどうか、と祈る彼女の手は、力を込めすぎて真っ白だった。


王城に到着したのは空が白んできたころだったが、城の中は騒々しかった。戦いに勝利した喜びに沸く人々や、けが人を介抱する人々でごった返している大広間を駆け足で抜ける。案内された部屋は、そんな喧騒とは打って変わって、しん、としていた。

「ユーリ…」

ベッドで眠るユーリは、よほど出血したのか、いつもより青白い顔をしていて、まるで人形のようだ。思わず駆け寄って手をとると、血の通ったぬくもりが感じられ、安堵のため息がもれた。その場にいた医者に病状を聞くと、処置は施したがいつ目を覚ますかは分からないという。

「早く目を覚まして…」

祈るようにつぶやいた彼女の願いは、重苦しい空気のなかに掻き消えた。


それからの数日間、ナディアは寝る間も惜しんで看病にあたった。ユーリを見舞う人は跡を断たず、彼の人望の厚さが伺い知れる。国王もそのうちの一人で、日に一度は部屋にやってきてユーリのそばに座ってなにかと話しかけていたが、ある日突然ナディアに向かって頭を下げたのには、彼女も驚いた。

「こうして彼の命を危険に晒してすまない。戦争になる前に食い止めるのが私の仕事だというのに、本当に申し訳ない」

あわてて顔を上げてくれるよう頼んだが、陛下はなかなかそうしてはくれなかった。大切な人を失う怖さは何事にも耐え難いものだ、と彼は言う。

「それを今回の戦いでどれだけの民が味わったのだろう。こんなことはもう二度と起こさないと誓おう」

こんな国王の統べる国だからこそ、ユーリも守りたいと思ったのだろう。彼が騎士団に入った理由が少し分かったような気がした。

「陛下のお人柄に惹かれて、彼も命をかけようと思ったのだと思います。わたくしも、陛下にお会いしてまだ数日ですが、命を差し出しても構わないと思いますもの」

そう言ってナディアは柔らかく微笑む。少年王は、なるほど、と呟いて笑った。

「あなたはまるで聖母のようだな。ユーリが大切にするのもうなづける」

その言葉にナディアは赤面したが何も言えなかった。大切に、とはどういうことだろうか。ユーリの気持ちが知りたかったが、一国の王にそんなことを聞くのははばかられて、彼女は静かに腰を折ることしかできなかった。


他にも、四騎士団の団長や紅の騎士団の部下たちが入れ替わり立ち替わり部屋を訪れたが、ユーリが目覚めることはなかった。このまま目を覚まさずに逝ってしまうのではないか、と、ともすれば心を支配しそうになる暗い気持ちを頭を振って追い払って、彼女はユーリの傍に居続けた。何度も同じ毎日を繰り返して、気がつけば半月が経とうとしていた。


その日もナディアはユーリの傍にいた。包帯の取り替えをしたり、汗をふいたりしてすることがなくなると、ベッドの傍に置いた椅子に腰掛けて彼の手を握る。窓から入る日の光がぽかぽかして気持ちよくて、寝不足の疲れも手伝ってうとうとしていた時だった。

「…ナ、ディア?」

驚いて顔を上げると不思議そうにこちらを見つめる瞳と目があった。途端にナディアの両目が潤む。そして、思わず彼に抱きついた。

「ユーリ!おかえり!」

「えっ、ちょ、…え??」

いつもより大胆なナディアの行動に、状況がよく分からずユーリが赤面する。その瞬間に扉が開いて、入ろうとしていた人物たちと目があった。少年王や白の団長がこちらを見て、何か言いたげにニヤニヤ笑っている。それを見てさらに彼は顔を赤くした。




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