戦い
隣国からの宣戦布告があったのは会議の日から数日のことだった。曰く、鉱山を含む一帯はそもそも我らの土地であるからそれを取り戻すため武力を用いる、との内容だった。
「全く、悪趣味な言い分だよ。ドーセット国王は頭に虫でも沸いてるんだろうね」
戦場へ向かう道すがら、ユーリはクロードと馬を並べて進んでいる。今回は大きな戦のため、団長自ら志願して白の騎士団も紅とともに戦地で戦うことになった。めったに感情を表に出さないクロードが、先程からなかなか辛辣な言葉を放っている。とはいえ、ユーリも同じ意見だ。鉱山を含む一帯にはナディアの教会も含まれているのだ。
「何が何でも食い止めるさ。ガキどもの笑顔を消し去るわけにはいかないしな」
そう答えたユーリの顔をまじまじと見て、クロードが意地悪そうに笑った。
「愛しのシスター殿の笑顔、だろ」
「んなっ…!あいつはそんなんじゃ」
ユーリの顔に朱がはしる。とたんに慌てふためく彼をみて、白の騎士様は吹き出した。
「遠征の度に会いに行って、君はなかなか王都に戻ってこないじゃないか。騎士団の人間はみんな知ってるよ。彼女が君の大切な人だと」
純愛だねー、青春だねー、と心底嬉しそうにニヤニヤ笑う友人をみて、ユーリは思う。これは、あれだ。猛獣が獲物を見つけていたぶっている、そんな目だ。この状態になるとユーリに勝目はない。開放されるまでどれだけかかるんだ、と頭を抱えそうになったが、ふとクロードが真面目な顔をして言った。
「今回の戦のこと、彼女には伝えているのかい?」
「ああ、手紙で一応、な。」
直接会ってしまえば、教会から離れがたくなってしまう。ナディアの心配そうな瞳が、会いに行った時のほっとしたような笑顔が、いつも心をざわめかせる。あいつはただの幼馴染で、一生を神に捧げるシスターだ、と何度自分に言い聞かせても、心に湧き上がってくる感情を抑えきれなくなってしまいそうになる。けれど。
「あいつのために戦うと思えば、誰よりも強くなれる気がするんだ」
はみかみもせずに言うから、クロードも今度は茶化さなかった。
「ならば、この命をかけて我がリトランドを守り抜こう」
二人は顔を見合わせてうなづき合うと、手綱を握る手に力を込めた。
戦を先に仕掛けたのはドーセットだった。その敵に向かって先頭を行くのは、ユーリだ。敵兵をなぎ倒しながら、声を張り上げる。
「狼煙が上がるまでの辛抱だ、敵を一歩も領地にいれるな!」
そして、お前ら一人たりとも死ぬんじゃねぇぞ、と笑う。戦場で笑みを浮かべる大胆不敵さに敵は気圧され、味方の騎士たちは活気づく。兵の数でいえば、リトランド側が不利だったが、精鋭を集めた騎士団に、徐々にドーセットは押されていった。
今回、紅の騎士団の役目は敵を領地に入れないことだ。紅が敵を食い止めている間に黒の騎士団がドーセットの王城に潜入し、直接王を叩く。同時に白の騎士団がリトランド王の叔母であるリリアーヌを奪還する、というのが計画だった。王を捉えれば黒の狼煙を、リリアーヌを救助すれば白の狼煙を上げる手はずになっている。そろそろ狼煙が上がる頃合か、と思って天を仰いだ瞬間、草むらからユーリに向かって小さな人影が転がり出た。それが振り下ろす剣を軽くかわして、その手首をつかみ腕をひねり上げる。戦いに慣れたユーリにとっては容易いことだったが、相手の顔を見て彼は驚いた。
「おまえ…ライか?」
名前を呼ばれて少年の肩がびくりと震える。
「ユー…リ?おれ、おれ…」
言葉にならずガタガタ震えだしたライの背中をユーリはそっと撫でた。
「ごめんな、怖かったろ。まさかお前とは思わなくて…。でもなぜこんな所に…?」
その時、彼は剣を振り上げ近づく影に気づいていなかった。
「団長!!後ろ!」
部下が声を上げ、走ってくるが、わずかに敵兵の方が早い。ザシュ、という音と、自分の血で視界が真っ赤に染まるのを見たのを最後に、ユーリの意識は途切れた。