王城
煌びやかな長い廊下を歩くと、すれ違う人々が、こちらに気づいて腰を折る。団長に対する礼儀なのだが、平民出の自分としてはそれがなんだかむず痒くて、登城するのが実は苦手だ。
「これはこれは。紅の団長どの。相変わらず埃まみれでいらっしゃる」
だが、苦手な理由はもう一つある。それが、嫌な笑顔で近づいてくるこの男だった。ベロア男爵…ユーリを見つけると、何かと近づいてきては嫌味を言ってくる。
「さすが、出自の違う方は登城の仕方も違っているようだ」
なぁ、といつも従えている取り巻きに目配せし、皆でクスクス嗤う。団長の位は貴族の伯爵に値するため、これは不敬にあたるのだが、孤児院の出は貴族の社会で不利になるのは分かっているので、ユーリはいつもこれを黙って受け流していた。嫌味など、別に痛くも痒くもないが、そろそろ開放してもらわねば約束の刻限に遅れてしまう。こういった場面の切り抜け方が、彼は苦手だった。
「やぁ、ユーリじゃないか」
うんざりしている所へ明るい声が響いた。
「クロード」
その声に安堵する。クロード•ラントレット卿、近衛騎士団こと白の騎士団団長だ。プラチナブロンドに白の近衛の制服が物語の中から出てきた王子様みたいだ、と恋心を抱く女性も少なくない。その容姿の美しさから近衛に抜擢されたが、腕も確かだ。伯爵家の出身からか、社交界でも人当たりがよいが、ユーリは彼の腹の中が実は真っ黒ということを知っている。
「これは、ベロア候じゃないか。そういえば、僕が団長に取り立てられたのは家柄の所為だ、とかなんとか触れ回っているそうだけど、貴族の出でも平民の出でも文句を言う君は、一体誰になら役職を任せていいのかな?」
婦女子なら頬を染め上げてしまうような綺麗な笑みも、男には恐ろしく見える。男爵たちはそそくさと去って行った。
「全く。いつも何で言われるがままなんだい?君はその出身の教会に誇りを持っているのだろ?」
並んで歩きながらクロードが言う。あんなバカ達に付き合っていたら、君の誇りが穢されてしまう。そういいながら、彼はいつも助けてくれる。めんどくさいから、と返すと呆れた顔をされたが、
「こうして庇ってくれる仲間がいるのは嬉しいものさ」
ユーリは笑って廊下を急いだ。
二人が急ぐ先。それは円卓の間だ。この国では国王が政を行う際、4人の騎士団長と相談して重要なことを決めている。騎士の力の均衡を保つため、彼らの席は丸い机を囲むようにある。ここで彼らとその主はごくごく内密な話をするのだ。
「今日集まってもらったのは他でもない、隣国ドーセットのことだ」
はじめに口を開いたのは国王だった。目配せを受けて蒼の団長が書類をめくる。
文官でありながら剣の腕を持つ彼は、年若くして即位した少年王の補佐役でもある。
「密かに兵を集めているようです。各地の農村から男手が消えている。密偵からの報告では武器を大量に積んだ船が港に入ったとのことです」
そうか、とユーリが腕を組んでイスに持たれかかった。
「最近国境の小競り合いも増えてきてるし、きな臭いと思ってたが…。他に奴らが動きそうな情報は?」
「そうですね、関係あるのかは分かりませんが、国境付近で人身売買を行う組織が動いているとの報告も上がっています。もしかすると兵力としてドーセットに連れて行かれた可能性もありますね」
それを聞いて少年王の眉間のシワが深くなる。
「武器を積み込んだ船に人身売買か。嫌な響きだ。」
隣国ドーセット。リトランドが山に囲まれているのに対し、ドーセットは海に面しており、貿易が盛んな国だ。先代国王の時代までは良好な関係が続いていたが、後継者を巡る争いの中で王太子が命を落とし、代わりに王弟が即位してから国内の様子が変わり始めた。新国王の性格は残虐で、王太子を暗殺したのではないかとの噂がまことしやかに国内外でささやかれている。不穏な動きのないよう、リトランド前国王の妹君である公女リリアーヌが輿入れし和平を結んだが、リトランド王が病で崩御したのを契機として、リトランド領の国境近くの鉱山を狙ってしばしば国境線を越えて兵が侵入してきていた。
「叔母上が輿入れしてから2年も経たないというのに。御身が心配だな」
王のつぶやきに一瞬身体をこわばらせたように見えた白の団長だったが、それをすぐに隠して不敵に笑った。
「それを何とかするために我々がいるのでしょう、陛下」
「その通りだ。いつでも出動できるよう、隊の配置をもう一度練り直しておこう」
ユーリの相槌に、頷きながら王が立ち上がる。
「そうだな、おそらく敵が動くのは近い。紅は国境警備の強化、蒼は人身売買組織について。白はこの王都にドーセットの侵入者を入れないように。そして黒はドーセットに入り、叔母上を守れ」
「「「「御意」」」」
会議中一言も発言の無かった黒の団長がマントを翻し、姿を消した。
「相変わらずだな、あいつも」
少年王が苦笑する。
「密偵としては最高なんだが、相変わらず愛想ないのな」
つられてユーリも笑った。