教会
書こうと思っている四つの騎士団物語のうち、第一弾です。
そんなに長くはならないはず、です。
お楽しみいただければ幸いです!
修道女の朝は早い。
まだ薄暗いうちから肌を刺す寒さに耐えて法衣に腕を通し、礼拝堂へと向かう。神の御前で感謝と祈りを捧げ、併設された孤児院の子供たちのためにご飯を作る。子供たちに勉強を教えたり、一緒に遊んだりしながら夜を迎え、寝かしつけた後は年配の神父と一日の出来事を話したり、静かに本を読んだりして眠りにつく。こうして毎日は穏やかに過ぎて行く。だが、ときどきその平穏が破られる時がある。
「ナディア‼帰ったぞー!」
それは、子供たちと祈りを捧げている途中のことだった。ドアを勢いよく開いて立っている人物。彼の名は、
「ユーリ…」
呟くナディアの声を、かき消すように子供たちが騒ぎだす。
「あっ!だんちょーだ!」
「ユーリ!おかえり!」
「おー、ガキども。元気にしてたか?」
祈りもそっちのけで駆け出した子供たちの頭をわしわしと撫でながら笑う、その笑顔をナディアは眩しい気持ちで眺めた。
「おかえりなさい」
安堵で涙が出そうになるのをこらえて、彼女も笑った。
遷都300年の歴史を持つ花の都リトランド。そこには国を守る四つの騎士団があった。
尊き王族を守護する美しき近衛、白の騎士団。
文官として王に仕え、尚且つ武芸も身につけた冴え渡る、蒼の騎士団。
隠密行動を得意とする精鋭部隊、黒の騎士団。
最前線で民を守る、獅子の如き、紅の騎士団。
騎士団に入ることはこの国の少年達の憧れであり、誇りだ。ナディアが働く教会に併設された孤児院の子供たちも例外を見ず、みな一様に騎士に憧れている。ユーリもまた、そんな少年の一人だった。
ナディアと彼は共にこの孤児院で育った。その頃も、都から少し外れた村にあるこの教会では穏やかな時が流れていたが、一度だけ、隣国の軍が攻め込んできたことがあった。村に火が放たれ、幾人もの村人が犠牲になった。子供たちは教会の祭壇に隠れていたが、ナディアだけが逃げ遅れ、敵兵に見つかってしまった。
「っ!ナディア!」
ユーリはとっさに駆け出し、両手を広げ彼女を庇ったが、敵兵はニヤリと笑うと
「ッハ!ガキに何ができる。くたばれ!」
思い切り剣を振り下ろした。殺される、そう思って目を瞑った瞬間、ガキィン、という硬い音と、敵兵の呻き声が聞こえた。恐る恐る目を開けた子供たちが見たものは、燃え盛る炎のなかではためく紅のマント、紅の騎士だった。
それからというもの、ユーリの騎士団への憧れは強くなり、村の復興が大体終わる頃には、都に戻った騎士団について行ってしまった。
紅の騎士団は隣国と何か問題が起こった時、最前線で戦う騎士達。だからこそ、死の危険も隣合わせだ。四つある騎士団のうち、一般市民が入隊できるのは紅だけだったから、ユーリも必然的にそこに入ったのだが、いつ死ぬかも分からない、そんな場所に行ってしまう幼馴染が心配で、周りが入隊を祝福していても、ナディアはとても喜べなかった。
14歳で入隊したユーリは、孤児院の出身ということから辛い目に会うことも多かったが、それをバネに努力を重ね、異例の早さで団長まで上り詰めた。
近頃、隣国との小競り合いが増えているせいか、騎士団の遠征も多くなっているようだが、その度、帰りにはこうして教会に顔を出してくれる。彼の元気な姿を見るまでは、いつも不安で押しつぶされそうになるナディアだが、彼がこうして帰ってきた日は、ほっとできるのだった。
「近々、大きな戦いがあるかもしれない」
子供たちが眠ってしまった後ユーリが言った。こうして暖炉の前でゆったりと話をするのはいつぶりだろうか。けれど、話の内容はあまり穏やかではない。
「隣国の動きがこのところ活発化してきているらしい。間者も送り込まれてきているみたいだが、あんまり詳しく話すとナディアを巻き込んじまうしな」
巻き込まれるかどうかよりも、とナディアは思った。
「そこにはユーリも行くのね」
うなづく彼を見て思う。いつまでも、この穏やかな時が続けばいいのに。そうすれば、貴方を思うこともこれほど苦しくはないのに。
けれど、そんな彼女の心とはうらはらに、こちらに身を乗り出してユーリが笑う。
「大丈夫だ。俺は必ず戻ってくる。」
そう言って頭を撫でられると、まるで小さな頃に戻ったような気がして、何も言えなくなるのだった。
それにしても、と椅子に座り直しながら彼は続けた。
「こっちで変わったことはないか?ガキどもも元気だし、見たところ問題はなさそうだが」
そうね、と相槌をうちつつナディアは考えた。問題、とまではいかないが気になっていることならあった。
「ライっていう男の子がいたのを覚えてる?この前、都の商家に住み込みの働き口を見つけてここを出たんだけど」
ユーリがうなづくと、彼女は話し始めた。
ライはいたずらっ子でやんちゃな少年だった。ナディアの裾を引っ張ったり、服を泥だらけにして手を焼いたこともあったが、多くの子供たちと同じように、騎士に憧れ、ユーリが教会に立ち寄る度、目を輝かせながら騎士団の話をせがんだものだった。
孤児院は15になると、里親の見つからなかった子供は働き口を見つけて出ていかなければならない。なかなか良い働き口は見つからないものだが、彼は運良く大きな商家に住み込みで働けることになったのだった。
出発の時は、今までのやんちゃぶりが嘘みたいに、両眼に涙をいっぱい貯めて泣くまいと必死に我慢しているものだから、ナディアの方が泣いてしまった。
「シスター、おれ、みんなに手紙書くから。ここで育ったこと、ずっとわすれないから」
そういって迎えの荷馬車に乗り込んだ。
「それから何通も手紙を出したのだけど、全然返事が帰ってこないの」
忙しいのかもしれないと思ったが、流石に一通も手紙がないまま音信不通になるのはなんだかおかしい。
ユーリが何が言おうと口を開きかけた時、控えめなノックの音がして、神父が顔を覗かせた。
「話に花を咲かせているところ悪いね。寝る前にホットミルクでも飲みますか?」
「あ、いえ。夜遅くまでうるさくしてすみません。明日も早いですし、もう切り上げるところでしたから」
ユーリが申し訳なさそうに言うと神父はとんでもない、と手を振って、それでは、と扉を閉めて自室へと戻って行った。
「新しい神父さまも優しそうだな」
俺がいた頃は院長先生怖かったもんなー、とユーリが身震いする。
「それはユーリがいたずらばっかりしてたからでしょ」
「そうなんだが…。」
ナディアがからかうと、彼も苦笑した。
「でも、先生が亡くなってもう三年か。あの時はどうなるかと思ったけど、新しい神父さまもいい人みたいで良かったな」
さて、そろそろ寝るか、といって二人は席を立った。
「まあ、ライのことは俺も調べてみるし、都の事情に詳しい奴にも当たってみるよ」
いつも気遣ってくれる、その優しさに甘えられることが嬉しくて、ナディアはありがとう、とつぶやいた。